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Apex Legends


最近どことなくエマとクリプトが親しげだ。ミラージュは思った。
試合前のドロップシップ内でミラージュは備え付けのソファーに座っていた。しかし彼自身は全くくつろごうなどとは思っておらず、本当の目的は兵舎の様子を誰にも不審がられず覗くためであった。今ミラージュが座っている場所は一番クリプトの兵舎を見やすい位置なのだ。
あくまで体面としてはくつろいでいる様子を装ってミラージュはちらりとそこへ目をやった。兵舎内では部屋主のクリプトと、ミラージュの恋人であるエマが何やら談笑をしている。ミラージュは彼らが互いに笑顔を見せ合うたびに鋭い針で胸をチクチクと嫌らしくつつかれる感覚に陥った。いや、会話にはワットソンも加わっているためエマとクリプトの二人きりという状況でもないのだが、それでもミラージュは我慢ならなかった。

観戦者の間で戦略的観点からクリプトとエマは相性が良いと話題になってしまったのが恐らくすべての始まりだ。二人のスキルは組み合わせると有利な戦況ならば何者にも止められない驚異に、不利な戦況ならばそこから大逆転の勝利を招くことにもなりかねないというくらいとにかく凄いのだ。そのこともあり直近の試合では殆ど二人が一組としてチームに選抜されるようになった。ミラージュも何度か試合で二人のいるチームに当たった時、なるほど話題になるわけだと敵ながら納得してしまう程見事なまでに打ちのめされてしまっていた。近いうちに主催側からこのことについてなんらかの制約が入ってしまうのは明確だが、そんな縁あって二人はよく会話を交わすようになり、誰の目にも―特にミラージュ―止まる程親しくなったというわけだ。
ミラージュにとってクリプトは唯一の好敵手とも言える存在だった。そんな彼があろうことか自身の恋人であるエマと仲を深めてしまっている。数歩譲って、仮にも相手が他のレジェンドだったならばミラージュはここまで胸を痛めなかっただろう。だが不幸にも、実際には相手は彼が最も敵視しているクリプトであり、さらには観戦者側からの支持も得てしまっている組み合わせということにミラージュは妙に対抗心を燃やしてしまうのだ。
ちなみにミラージュとエマの戦略的な相性はと言うと、ミラージュがどのレジェンド相手でもそうであるように可もなく不可もなしといった評価であった。同じチームとして組ませても特に問題は無いが、チャンピオンを狙うならばあえて組ませる意味は無い。それならばやはりミラージュの代わりにクリプトを選んだ方が良い、という意見が観戦者の間では通例だ。それがミラージュの一種のコンプレックスを加速させてしまう原因ともなっているのであろう。

「ちくしょう、クリプトの奴。エマに気安くしやがって」

ミラージュは唇を曲げてぼやいた。心なしかエマがクリプトと話している時の表情は自身といる時よりも穏やかそうに見えた。
もちろん、ミラージュはエマが軽々しく鞍替えするような人物であるとは思っていない。実際、昨日はエマを自身の家へ招いたが彼女と触れあってみてどこにも異常は無かったと断言できる。むしろいつも通り熱い夜を過ごしたばかりだ。
エマはそんな女ではない。そうだとはミラージュも頭では分かっているのだが、それでもやはり不安なものは不安なのであった。
そんな風にばかり考えていたためか、ミラージュはいつの間にか隣にランパートが座ったことにも全く気が付かなかった。

「ああ、最近あの二人って仲がいいよなあ」
「うわあ、ラムヤ!お前いつからそこに……」

突然隣からかけられた声にミラージュは驚いて文字通り飛び上がった。その隣でラムヤことランパートはソファーの上にも関わらずどっしりと胡座をかきながら片手で頬杖をついていた。彼女の視線も先程のミラージュと同じく、兵舎で楽しげに会話をしているクリプト達へ向けられている。

「いやさ、親友が怖い顔であいつらを睨んでいるもんだから様子を見にきてやったんだよ」
「え、俺、そんなに怖い顔だったか?」
「ああ。こんな風に眉間に皺なんかつけてじっと向こうを見つめてるんだもん、バレバレさ」

ランパートは露骨な変顔でミラージュの表情を真似た。明らかにそれは誇大表現だが、ミラージュは少し真に受けてしまうのであった。
「そ、そんな顔してたのか、俺……」とミラージュは思わず自分が恥ずかしくなった。
「ウィット、あんたあの男に嫉妬してんのか?」そんなミラージュへランパートは容赦なく問いかける。
「はあ?」とミラージュは語気を強めて彼女を見つめた。

「嫉妬? 俺が? クリプトに? プッ、まさか。そんな子供じみた真似するかよ」
「ふうん。でもさ、実際エマはあんたとなんか別れてそろそろ新しい男とくっつきたいんじゃないのかい?」

息を吹いて唇を鳴らし余裕ぶるミラージュだったが、ランパートのその言葉で途端に顔色を悪くさせた。ランパートにしてみればいつもの悪い冗談のつもりだったかもしれないが、実のところミラージュには心当たりがあったのだ。
いつだったかほんの少しエマをからかってやるつもりでデコイをけしかけたところ、やり過ぎて彼女の手を骨折させてしまったり。高級レストランでエマとディナーを共にした時、サプライズのつもりで指輪をケーキの中に混ぜたものを出させたら誤って指輪ごと彼女が飲み込んでしまい、危うく窒息死させてしまいかねなかったことがあったり―運が悪いことに、ミラージュの給料三ヶ月分もの値段をした指輪はエマが吐き出した際に紛失してしまった―。特に直近で覚えているものでは、エマと付き合ってちょうど一年経った記念日をうっかり忘れてしまい、仲の良い男友達とボーイズナイトと称して一晩中遊び倒してしまったことがあった。些細なことから大きなことまで、ミラージュはこれまでに何度もエマに対して失態を犯してしまっていたのだ。
ミラージュはそれらを思い出して自分の不甲斐なさに頭を痛めた。こんな男では確かにエマのような素晴らしい女性とは釣り合わないだろうとさえ思った。クリプトは自分とは反対に物静かで聡明だし、悔しいが顔も悪くない。仮にも二人が付き合うことになればエマは今よりもっと幸せな人生を送れるのかもしれない……。
ミラージュの心をまたいつもの不安が支配した。頭を抱えているミラージュに対し、ランパートはそのあまりにも深刻そうな状態に困ったように歯を食い縛った。

「まったく情けないねえ。あたしの言葉なんか信じちゃってどうすんのさ?」
「そうだけどさ……実際、俺はエマに対して何もしてやれていないし」
「それはエマが決めることだろう? あんたがどう思おうが、彼女も同じように考えているとも限んないぜ」

ランパートは少しでもミラージュを励まそうと彼女なりに明るく取り繕おうとした。沈んだ表現で俯いていたミラージュだが、そんな彼女を見やると苦しく笑った。

「そうだ、エマに直接聞いてみたら? あの子があんたをどう思っているのか、さ」
「ええっ、今さらそんなことを聞くのも恥ずかしいんだがな……」
「あの子の気持ちを知りたくないのかい? ずっと独りよがりな状態でありもしない不安に苛まれながらあの子との関係を続けていくつもり?」

ランパートからの説得にミラージュは思わず唸った。ランパートの言葉は鋭いだけあってミラージュの心へ真っ直ぐに響いた。ここまで真剣にランパートから詰め寄られたのは彼女の商売道具を紛失させてしまった事件以来だ。
「な、ウィット……」とランパートは神妙な面持ちでミラージュの顔を覗き込みながら彼の背中を叩いた。親友と称してくるからには彼女も純粋にミラージュを心配してくれているのだ。

「……ああ、お前の言う通りだな、ラムヤ」

ミラージュはしばらく考えていたが、やがて顔を上げると笑顔でランパートに頷いた。それにランパートも安心したような笑顔で返した。
確かに自分ばかりこんな風に悩み続けるのは気持ちの良いものではない。ここはひとつ、思いきってエマの話しも聞いてみよう。ミラージュは決心した。

本日分の試合が終わるとミラージュはエマを自身のバーに誘った。彼女はいつも通りそれを承諾し、二人はパラダイス・ラウンジに向かうこととなった。
今夜ばかりは貸切状態にしたラウンジ内はミラージュとエマ以外誰もおらず、リラックスして飲めるように控えめなジャズが流れていた。
カウンター席に座ってエマはミラージュから出されたカクテルを呷る。その向かいでミラージュはいくつか酒のつまみを作るため材料を切っていた。二人はしばらく今日の試合中の出来事などで談笑した。
「……ところでさ、最近お前ら仲がいいみたいだな」慣れた手付きで食材を刻みながらミラージュはおもむろに話題を変えた。エマはカクテルをもう一口飲もうとした手を止めて「え、誰のこと?」と問いかけてきた。

「ほら、あいつだよ。お前とよく同じチームになる……」
「もしかして、クリプト? 彼のことならあなたも知っているじゃない」

エマは怪訝そうな顔でミラージュを見やったが、すぐにカクテルを飲み直した。
ミラージュはエマの口からクリプトの名を聞いただけでも胸を痛めたが、すぐに冷静さを取り戻そうとした。自分から話題に出したのにも関わらずミラージュは既に後悔し始めていた。
「ははは、そうだよな……」とミラージュは愛想笑いで誤魔化す。エマは片方の眉を吊り上げて彼を見つめた。

「彼がどうかしたの?」
「いや、よくお前らが話しているのを見るからさ」
「ああ……そうね、よく一緒に組むから自然と交流するようになったの。彼、話してみると結構面白い人よ」

そのようだなとミラージュは心の中で返した。
もちろんミラージュもクリプトとは何度かオフレコで話したことがある。彼の性格については知っている方だし、なんなら好敵手ともあってお互いに冗談で罵り合うような仲だ。それにも関わらずまるで自分に見せない部分をエマは見ている、いや見せられているような口ぶりにミラージュは少し苛立ちを覚えるのであった。
「ねえ、大丈夫?」カウンター越しに顔を覗き込んできたエマにミラージュはハッと意識を戻した。自分でも気付かない内に沈黙してしまっていたようだ。
「あ、ああ。悪い悪い」とミラージュは止まっていた手を動かした。そんな彼にエマは首を傾げた。

「なんだか今夜のあなたは様子がおかしいわよ。何かあったの?」
「え? いや、別に? どこもおかしな所なんかないぜ、あはは」
「もう、誤魔化さないで。さすがに分かりやすいわよ」

笑って済ませようとするミラージュをエマは睨み付けた。騙しを得意としているとはいえ、一年もミラージュと付き合ってきたエマにとってこういったことはすぐ顔に出てしまうということは分かっていた。だとすれば、今の状況でミラージュが懸念していることは一つしか無いだろう。
「……もしかして、あなたクリプトに嫉妬しているの?」エマは自ずと答えを導き出すと容赦なく問いかけた。
う、と唸ってミラージュの肩が強ばる。その様子にエマは口元を緩ませた。

「ふふ、図星でしょ」
「な、ば、ばか言うなよ! 誰があのおっさんなんかに」
「やたら私達が一緒にいるから妬いているのね? もう、かわいいんだから」
「違うって!」

どれだけミラージュが反論しようともエマはただ可笑しそうにそれを笑い飛ばすだけであった。
もちろん図星と言えば図星なのだが、いとも簡単にエマに言い当てられてしまってミラージュは不服だった。まるで自分を小さい子供か何かのような目で見てくる視線もいけ好かない。自分はこんなに悩んでいるのにエマにとってそれはまるで些細なことだとでも言いたげな態度がミラージュは一番許せなかった。彼女はそう思っていないのかもしれないが、実際ミラージュにはそう受け取られた。

「彼はただの友達よ。あなたも分かっているでしょう?」

そのため、エマのそんな一言でミラージュはとうとう調理の手を止めてしまうのだった。
「ただの友達、だって?」ミラージュは手元にやっていた顔を上げてエマの方を向いた。その表情は怒りを含んでいる。

「毎日、毎日、お前ら二人が楽しげに話しているのを見せつけてきておいてそんなことを言うのか?」
「え? 何を言っているのよエリオット……」

突然のミラージュの豹変にエマも思わず困惑する。そんな彼女はお構いなしにミラージュは続けた。

「いいか、俺はな、エマがクリプトの体を触っていたのを見たことがあったんだ。俺と話すよりも楽しそうに笑いながらあいつの肩を叩いているのを見たことがあるんだ。そんな様子を見せられて、俺がどれだけ悲しくなったか……そんなことにも気が付かないのか?」
「そんな……あの時はただ、いつも友達にするみたいにやっただけで」
「ああそうかよ。なら先週の試合でチャンピオンになった時、あいつに抱きついたのも友達にするみたいにやっただけなのか?」

「それは……」とエマは思わず口を噤んだ。
あの時は最後の部隊と不利な状況でやりあった末、クリプトの機転によってなんとか勝利を掴みとった試合だった。今回はチャンピオンは逃したかとすら考えていたエマはその衝撃的な逆転勝利に思わず感極まって、人目も憚らずクリプトに抱きついてしまったのだ。もちろんそれは彼への最大の感謝を表しての行為でありそれ以上の意味は無かったのだが、恋人であるミラージュからそのことを指摘されて何も反論ができなかった。確かに、今となってはあれは不適切な行為であったかもしれない。
申し訳なさそうに押し黙るエマを見つめてミラージュはため息を吐いた。ミラージュにだってあの時の状況は観戦用のモニターで観ていたので分かっている。ここまで感情的になるつもりは無かったが、ついエマの言葉にカッとなって今まで抑圧していた彼女への不満を爆発させてしまった自分を悔いた。
本来の目的は二人きりで話し合う時間を設けるということだったのに、結果的にはミラージュがエマを尋問することになってしまった。これではせっかくのランパートのアドバイスも意味を無くしてしまう。
ミラージュは気まずそうに顔を逸らすと頭を掻いた。そして少し悩んでおずおずと口を開いた。

「なあ……悪かったな、その、つい……」
「……ううん、私こそごめんなさい」

いくつか言葉を交わす二人だったが、すぐにまた黙り込んでしまった。ラウンジ内のスピーカーからジャズが虚しく聞こえていた。
ああ、本当に、こんなつもりではなかったのに。ミラージュは心の中で頭を抱えた。
エマのことは心から愛している。彼女が自分を実際にどう思っているのかは分からないが、少なくとも愛されてはいる。二人の間にあるものは紛れもない愛情に変わりはないのだ。それなのにただ彼女が他の男と親しげにしていたというだけでこの関係を崩してしまうのか。一年続いた関係を?
ミラージュは先程とは打って変わり、自分はこんなにも些細なことで腹をたてているのかと気付くと同時に自身を恥じた。自分自身にすら騙されていたというのにどうしてエマを信じることができようか。愛しているなら、彼女を理解したい気持ちがあるのなら、その気持ちを信じてそれに従うべきではないのか。
ミラージュは俯いてしばらく目を瞑ると、決心したように目を開けて顔を上げた。頭の中でランパートがすきっ歯を見せながら笑顔で親指を立てていた。

「エマ、俺は……認めるよ。俺はクリプトに嫉妬していたんだ」

エマも俯いていたが、ミラージュが喋りだすと顔を上げて真っ直ぐに見つめてきた。

「わかる、分かっている。俺だっていい大人が我ながら子供じみているとは思うさ。でも、やっぱり嫉妬するものはするんだよ……俺はエマを愛しているし、エマも俺を愛してくれているのは知っているさ。それでも、だ。俺だって一人の男なんだぜ? 恋人が他の奴と自分よりも親しげにしていたら目に止まらないわけがない、だろ?」
「ええ……そうね、あなたの言う通りだわエリオット」
「ああ、そうだろ? 俺はシキョ……シク……"至極"真っ当なことを言っていると思うぜ。まあ、さっきのことはさすがに言いすぎたって反省しているけどな……」

空笑いをしながらミラージュは人指し指で頬を掻いた。そんな彼にエマも苦く笑いながら首を振った。
「実はね、私もちょっと嫉妬していたの」遠慮がちにエマが口を開く。
その言葉にミラージュは「え?」と目を見開いた。

「嫉妬? エマも? 誰に?」
「誰って、その、あなたのファンの女の子たちに。ほら、あなたって女の子からも人気が高いでしょ? 前に試合の後、その子たちに囲まれて嬉しそうにしているあなたを見て……その」
「おいおい、待ってくれよ。エマ、まさか……女の子に囲まれてデレデレしている俺を見ていじけちゃったのか?」

プッ、とミラージュは吹き出すとそのまま大きく笑った。
エマの不満はミラージュにとってあまりにも可愛らしいものだったのだ。まさか特定の誰ということもなく自身のファンに嫉妬をしてしまう彼女がミラージュは可笑しくて堪らなかった。子供じみているのは果たしてどちらなのだろうか。
エマはそんなミラージュの気持ちを知ってか知らずか、頬を染めて彼を睨み付けた。
「何よ、ちょっと笑いすぎじゃないの?」そうぼやくエマだったが、依然笑い続けるミラージュの耳に彼女の声は届かなかった。
「おお、エマ、エマ、エマ……」まだ表情は笑っていながらもようやく収まってきたミラージュは首を振った。涙を拭いて呼吸を整えると、ミラージュは「ああ……」と嘆息した。

「どうやら俺たち、お互いに不満を溜め込んじまっていたみたいだな」
「ふふ、そうね。一年も一緒にいるんだもの」
「ああ、だな……記念日のことは悪かったよ」
「まだそんなことを言っているの? 気にしなくていいのに」

困ったように微笑むエマだが、ミラージュは「いいや!」と強く首を振った。

「デコイで手を骨折させたことや、窒息させそうになったこと……他にも色々ばかなことばかりして本当に悪かったと思っているんだ」
「もう、今さら謝らないで。デコイの件は正直楽しめたし、レストランの件はただプレゼントを贈ろうとしてくれただけでしょ? 確かにあなたは時々変なことをするけど、そんなエリオットが私は好きなのよ。そうじゃなきゃ一年も付き合っていないわ」
「エマ……!」
「エリオット、あなたのことは心から愛しているわ。これまでも、これからも」

ミラージュは感激してエマを見つめた。彼女から直接その言葉を聞けてミラージュの心はずっと軽くなった。エマはこんな自分を愛していると言ってくれる、大切な女性なのだ。
「俺も……俺も愛しているぜ、エマ!」今度は別の涙が溢れてきてしまったようだ。腕で目元を覆い、ミラージュは大袈裟に泣き声をあげた。
「もう、ばかな人……」言葉とは裏腹に愛おしげな声色で呟くとエマは残りのカクテルを飲み干すのであった。
気付けばすっかり夜も更けており、ラウンジ内のジャズも耳に心地よく馴染んできた頃合いだ。
誤解の解けた二人はその後何杯か酒を飲み交わすとどちらからともなく良い雰囲気になり、バーの奥の寝室へ移動した。
部屋に入る手前でミラージュはエマの腰に手を回すとそのまま彼女を抱き寄せて唇を奪った。エマもまたミラージュの首に両腕を絡め、身を委ねる。そのまま二人は口づけを交わしながらベッドへ倒れ込むのであった。




翌日、試合前のドロップシップ内でミラージュは次の会場へ着くまでの間、少しでも英気を養うためソファーに向かった。ほどよい柔らかさのソファーに腰かけて脚を組み、おもむろにミラージュはクリプトの兵舎の方へ視線を向ける。
今日もクリプトとエマは他のレジェンドを交えて何やら談笑をしているようだ。しかしミラージュはその様子を見ても邪な感情を抱かないようになっていた。少し寂しい気もするが、エマの言葉を信じて割りきることに決めたミラージュには些細なことだった。
「よう、ラムヤ」ミラージュは隣に座ってきたランパートに気付くと彼女の方を見ないまま軽く挨拶をした。目の端でランパートはにやけた顔をミラージュに向けていた。

「ウィット、何だか見違えたようだねえ」
「へ、まあな。お前のおかげだよラムヤ、ありがとうな」
「へへっ、あたしに感謝しろよ? 具体的に言うと今度奢ってくれよな」

そう言ったランパートにミラージュは少し困ったような笑顔で彼女を見やった。実際彼女のアドバイスが無ければ現状を打破することはできなかったため、それくらいしてやるのは当然ではあるのだが。
「はいはい、分かったよ」とミラージュは適当に承諾して再び兵舎の方を見た。ちょうどエマと目が合い、ミラージュは一瞬どきりとしたが柔らかい笑顔でこちらへ小さく手を振った彼女へミラージュも手を振り返した。
それからしばらくして船が会場へ近づくと、船内にアラームが響き渡り今回のマッチで競い合うチームの振り分けが行われた。案の定、今回もエマとクリプトは同じチームとして選ばれたようだ。
試合開始直前、彼らとは別部隊となったミラージュは待機場でドロップシップが開く前に二人の方へ近付いていった。

「お二人さん、せいぜい頑張れよ。今日のミラージュ様は絶好調だからな」
「ふん、そっちこそせいぜい気張っておくんだな。遅れるんじゃないぞ、小僧」
「ああ、チャンピオンは頂いてやるよ、おっさん」
「ミラージュのチームも健闘を祈るわ。戦場でまた会いましょう」

いつも通り嫌みを飛ばし合うミラージュとクリプトに対し、エマは冷静に声援を送った。
再びアラームが響き、ドロップシップがレジェンド達の降下準備に入る。その直前でエマはミラージュの頬へ軽くキスをした。

「頑張ってね、エリオット」

エマがにっこりと微笑む。ミラージュもそれに微笑み返すと、エマは満足げな表情を見せた。
それから間もなくドロップシップの足場が開き、ワールズエッジの冷たい強風が全身を吹き付けてきた。他のチームが次々と飛び降りていく中、エマは最後にミラージュの方へ手を振って彼女のチームと共に自身も降下していった。

「ミラージュ、いつまでたるんだ顔をしているの。あなたがジャンプマスターよ」
「え? ああ、悪い悪い。それじゃあ行くか!」

ふと同じチームのレイスから冷や水を浴びせられるような言葉を受けてミラージュは集中力を取り戻させた。彼女から急かされるようにして、殆どのチームが降下を済ませている中ミラージュもメンバーを引き連れてワールズエッジの空を飛び立った。
ジャンプキットを起動させ、雲を引きながら滑走する。今日の試合は不思議と気持ちが軽い。ミラージュの心はワールズエッジを澄み渡る空のように晴れやかなのであった。

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