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Apex Legends


「エマ。さっきの試合、ありがとうね。お疲れさま」

午前の試合が終わり、午後に行われる分に向けてロビーで休憩を取っていたエマは先程同じチームとなったホライゾンに声を掛けられた。
試合で流れた汗や汚れをスポーツタオルで拭いていたエマはホライゾンに気付くと、そのまま明るい笑顔を彼女に向けた。

「あ、ホライゾン! こちらこそいいチームプレーだった。また一緒になった時はよろしくね」
「もちろんさ。でも、最後は惜しかったねえ。あたしがあの時あんたをサポートしてやれれば……」

そう言ってホライゾンは申し訳なさそうに俯く。
実は午前の試合でエマたちのチームは惜しくも二位止まりとなってしまったのだった。
最後の局面でいち早く最終安置に近い場所を確保しておこうと率先してポジションを展開していたエマだが、そうして孤立した僅かな隙を狙われて敵部隊から集中砲火を受けてしまった。ホライゾンら他のメンバーもすかさずエマの援護を行ったが、残念ながらそこでワンダウンを取られてしまいそのまま人数不利で詰められて敗北といった形だ。
先の試合ではどちらかと言えばホライゾンたちよりも孤立してしまったエマ自身に非があると思えたため、自分の代わりに謝ってきたホライゾンに対してエマは慌てて首を横に振った。

「ううん、最後は私が前に出すぎていたから気にしないで。こちらこそごめんなさい」
「ふふ、ありがとね。でもあんたの判断は悪くなかったよ。次からは気をつけていけば大丈夫さ」
「うん、そうするよ。ああ、そうだ……」

ふとエマは会話を中断させると辺りをキョロキョロと見回し出した。
「どうしたんだい?」ホライゾンが怪訝そうな顔でエマに問いかける。
「いや……」とエマはそのまま辺りを見回しながら口を開いた。

「アッシュにも挨拶をしておこうと思って。同じチームだったから」

「ああ……」ホライゾンの眉間に皺が寄り、表情が暗くなる。「あいつには必要無いよ。どうせ必要とも思ってないだろうしね」そう続けてホライゾンは彼女にしては珍しく冷徹な声色で吐き捨てた。
ホライゾンとアッシュと言えば周知の通り犬猿の仲だ。彼女らが試合で同じチームになると必ず辛辣なやり取りを繰り広げている。最近ゲームに参加したばかりであるエマは二人の詳しい事情について殆ど知らないが、残虐に振る舞うアッシュに対して何やらホライゾンが憎しみを抱いている事だけは試合中の様子からも察していた。
とは言え元来お人好しな性格であるエマはそんな周りも近寄りがたい雰囲気を出しているアッシュにさえ一応は仲間意識を持っており、大切なチームメイトだと認識している。最もその事がホライゾンの頭を悩ませているのだが。
やがてエマは試合会場に通じる通路からアッシュが静かにロビーに入ってきたのを目撃すると、「あっ」とそこに目を止めて顔色を明るくさせた。
「アッシュだ。ちょっと行ってくる!」そう言って彼女のもとへ駆け寄ろうとしたエマだが、咄嗟にホライゾンがその腕を掴んで引き留めた。

「エマ、待ちな! 口うるさく言いたくは無いけど、あんまりアッシュには深く干渉するんじゃないよ」
「どうして? そんなに悪い人なの?」
「ああそうさ。あいつは人の心なんて一切持っちゃいない。まだレヴナントの方が可愛く思えるくらいだよ。挨拶程度なら問題無いだろうが、それ以上は交流を図らないこと、いいね?」

そう言ってホライゾンはじっとエマの目を睨み付けた。緑色の瞳にきょとんと目を丸くさせたエマの姿が反射している。まるで親に強く言い聞かされるがその理由を全く理解できていない幼子のようだ。
「ええと……」エマは困惑したように目を泳がせると再びホライゾンに視線を向けて苦く笑った。

「……分かった。よく知らないけど、気を付けておくよ」
「ああ、そうしておくれ。とにかくアッシュにはあんまり関わらない方がいいからね」

ホライゾンはようやくエマから手を離すと申し訳なさそうに微笑んだ。
じゃあまた後で、と手を振ってその場から去っていったエマの背中にホライゾンも手を振り返す。そのままアッシュの方へ向かった彼女にホライゾンは段々と笑顔を崩していき、最終的に心配そうな眼差しで見送るのであった。

「アッシュ!」

突然背後から呼び止められたアッシュは足を止め、ゆっくりと後ろを振り向いた。見るとそこには柔らかく微笑んだエマが立っていた。
「……何か?」そう言ってアッシュが怪訝そうな視線を送ると、エマは少し躊躇いながら人差し指で頬を掻いた。

「あの、さっきの試合、お疲れさま。私のせいで負けちゃってごめんなさい」
「ああ、その事でしたら気にしないでください。あなたの判断力ではああするしかなかったのでしょうから」
「えっと……それは慰めてくれているって事でいいのかな」
「そう捉えたいのでしたら、どうぞ」

相変わらず一貫して冷徹な態度を取るアッシュに翻弄されるも、エマはなんとか友好的に接しようと努めることにした。
確かにホライゾンが言うように、部類としてはかなり接しづらい人物だ。そう思いつつもエマは変わらずアッシュに笑顔を向け続けた。

「あのね、試合では負けちゃったけど、でも、アッシュと同じチームで戦えて色々勉強になったよ。立ち回りとか戦闘中の動きとか、さすがはレジェンドとして選ばれただけあるなって」
「そうですか。まあ、あなたのような凡人からそんな事を言われた所で何も感じませんが。私の技能を見られる良いチャンスを与えられた事にはむしろ感謝をして頂きたいですね」
「ふふ、そうだね。本当にアッシュの戦いっぷりは凄かったよ。私も早くあなたみたいに強くなりたいな!」

にっこりとエマはアッシュに笑い掛けた。彼女の言葉は皮肉でも何でもなく本心からのもので、実際先程の試合ではついアッシュにばかり目がいってしまうことが多々あった。
華奢な体で軽やかに戦場を駆け、次々と敵を屠りながらその場を蹂躙していくアッシュの姿は正にエマがずっと憧れてきたレジェンド像そのものだ。だからこそ彼女はここまでアッシュに興味が湧いているのかもしれない。
エマの眼差しからアッシュも彼女がこちらへ向けてくる憧憬しょうけいを感じ取ることができた。真っ直ぐで、とても純粋な目。それは何も知らない無垢な輝きに満ちている。
その目をじっと見ていたアッシュは不意に何やら例えがたい感情を覚えた。所詮はリードの脳を移植された機械である彼女には感情と呼べるものなど本来は存在しないのだが、それはアッシュの加虐性を強く刺激するものであるのは間違い無かった。
アッシュのメモリーにいくつか過去のデータが甦る。彼女ほどの実力者であれば、かつてエマと同じように自分に憧れを抱いてきた者は何人かいた。しかしアッシュにとってはそんな渇望の眼差しなど、どうでもいい。むしろ他人から慕われるよりも恐れられる方が好きだ。特に、自身に対して絶対的な崇敬の目を向けていた者が、そんな自身の手に掛けられ一瞬にして瞳の色を絶望に染め上げた時は、体中を駆け巡る神経系全てに強烈な電流が走る。それは人間で言うエクスタシーに最も近い物だった。
今のアッシュにとってエマは正に過去の者達と同じように見えた。彼女もまた自身に対して強い憧れを抱いている。アッシュの強さにだけ惚れ、自分が本当は何を見ているのかも分からないまま崇拝している。そのヴェールが取り払われて内側にいた物の正体を知った時、果たしてエマはどんな目をこちらへ向けてくるのだろうか。

「……ふ、ふふ」
「アッシュ? どうしたの?」

不意に顔を逸らして口に手を添えながら小さく笑うアッシュを今度はエマが怪訝そうに見つめてきた。
「……いいえ、何でもありません」しかしアッシュはすぐにいつもの調子に戻ると、エマに顔を戻した。

「あなたは面白いですね、エマ。珍しく興味が湧きました」
「そ、そう? よく分からないけど、それも褒め言葉だと思って受け止めるね」
「ええ、そうしてください。いつかあなたの努力が報われるといいですね」

アッシュからの労いの言葉が意外だったのか、エマは一瞬目を丸くさせるとすぐにその顔を嬉しそうな表情に変えて「うんっ」と大きく頷いた。そんな彼女をアッシュはただ静かに見下ろしていた。

「では、用が済んだのなら私は行きます」
「あ、そうだよね。まだこの後も試合があるし、アッシュもゆっくり休んでね」
「ええ。次は敵として対峙できることを願っていますよ」
「敵、か……ちょっと怖いけど、私もそうなったらアッシュと戦えるのを楽しみにしているよ」
「はい……私も、楽しみです」

決意のこもった表情でエマは真っ直ぐアッシュの顔を見据えた。アッシュも口元に微笑を浮かべた仮面でエマを見つめ返す。ふとその顔に不適な笑みが漂うも、それにエマが気付くことはなかった。
アッシュは先程からこちらを睨み付けてきているホライゾンを見やった。遠くからじっとアッシュを監視していたホライゾンは彼女と目が合うのを感じ取ると、その瞳に宿る憎悪の色を濃くさせた。それを見てアッシュは小さく鼻で笑う。
――安心してください、ソマーズ博士。少なくとも、あなたの目の行き届く場所でエマに危害を加える気はありませんので。
アッシュは視線だけでそうホライゾンに語り掛けると、そのまま踵を返してロビーから立ち去っていくのであった。

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