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Apex Legends



――バラの周りで輪を作ろう。ポケットに沢山の花束を入れて。灰だ、灰だ。みんな倒れた。

「その歌は? 妙に懐かしさを感じますね」

隣にいるアッシュから声を掛けられてエマは「え?」と彼女の方へ顔を向けた。
周りは閑散としたキングスキャニオンの荒野で、丁度エマとアッシュは物資を求めて小さな空き家を探索していたところだ。ふと先ほどの歌を小声で口ずさみ出したエマを怪訝に思い、アッシュは声を掛けたのであった。

「ごめんなさい、うるさかった?」

エマは恥ずかしそうに微笑むとそう言った。所詮は人が二人歩き回れる程度の広さしか無い小さな屋内では案外声が響いてしまうようだ。
エマはアッシュに鬱陶しく思われるだろうと一瞬心配したが、そんな彼女の杞憂とは裏腹に意外にもアッシュはまだ穏やかな雰囲気を漂わせていた。
アッシュは小さく含み笑うと首を横に振った。

「いいえ、構いませんよ。不快な物ではありませんでしたから」
「そう、良かった。いつもなら集中力を途切れさせるなって怒られる場面だから」
「ただの歌一つで私は怒りません。それよりも、もう一度先ほどと同じものを歌ってもらえますか?」

アッシュからの意外な要求にエマの目が丸くなる。そもそもアッシュから何かを命令ではなく要求されたことなんて初めてだ。
「先ほどのって、さっき私が歌ったやつ?」と念のためエマが訊ねるとアッシュは頷いた。やはり聞き間違いでは無かったようだ。
エマはどうしてアッシュがこんなものに興味を示すのか不思議だったが、珍しく彼女からお願いされたのだからその要求に応えることにした。
目を瞑って深呼吸をすると、エマは再び歌い始めた。

「……バラの周りで輪を作ろう。ポケットに沢山の花束を入れて」

狭い屋内にエマの歌声が静かに響く。自分から口ずさむ時とは違い、アッシュのためだけに歌うのは正直かなり緊張してしまう。そのせいかエマの声は僅かに震えていた。

「灰だ、灰だ。みんな倒れた……」

しかし元々のフレーズが短いため、エマのリサイタルは数秒と経たない内に終わった。
二回繰り返して歌い終えたエマがゆっくり目を開くと、彼女は目の前に広がった光景に思わず驚愕した。そこにはエマと向かい合うように音もなく跪いているアッシュの姿があった。まるで中世の騎士のように、目の前の人物に敬意を表するように。アッシュがそんな風に誰かを――少なくとも――慕う様子を見せるのは初めてだった。
アッシュは目を開くように暗点していたセンサーアイを再び黄色く点灯させ、エマを見つめた。エマもじっとアッシュを見つめ返していた。
アッシュはいつものように悩ましく唸ると声帯モジュールを開いた。

「とても面白い歌詞ですね。幼げで、けれどその節々に残虐性が散りばめられていて。興味深い」
「ええとね、昔からある有名な童謡なんだ。未だに歌詞の意味については議論されていて、ただのわらべ歌だと言う人もいれば厄災で人々が死んでいく様子だと捉える人もいるらしいよ」
「ただのわらべ歌でも愛らしいですが、私は後者の解釈の方が好きですね」

「ああ……」とエマはさして驚かない様子で納得した。「厄災の方?」
アッシュは静かに頷いた。「灰だ、灰だ、みんな倒れた。灰だ、灰だ……」そのまま彼女は後半のフレーズを何度か真似して口ずさむ。やがて歌い終えるとアッシュは満足げに含み笑い、その場から立ち上がった。

「行きましょう、エマ。私たちで戦場に災厄を振り撒くために」
「う、うん。なんだか凄いやる気だね」
「ええ。あなたの面白い歌のおかげですよ。さあ、早く」

アッシュは顎でエマを誘うとそのまま背を向けて小屋を後にした。
エマは珍しく機嫌のいいアッシュに目を丸くさせつつ、その背中に頷くと急いで彼女の後を追いかけた。
静かだった荒野がやがて銃弾飛び交う激しい戦場へと変わる。その只中でアッシュは敵部隊を次々と葬りながら、同じフレーズの鼻歌を繰り返し奏でていた。それはエマから教わった厄災の歌であった。

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