洋ゲー

Apex Legends


息を切らし、全身傷だらけの状態でエマは必死に脚を走らせていた。既に仲間がやられてしまった今、エマに出来ることはただひたすら敵の目の届かない場所まで逃げる事だけだ。弾も回復も底を尽きた彼女にとって一人で三人の相手をする事はあまりにも無謀すぎた。
逃走経路の途中に人一人分くらいは入り込めそうな隙間を見つけ、エマはそこへ身を隠す。中は殆ど真っ暗だがそれゆえに敵もこちらに気付かないだろう。
もうワンマガジン分しか弾の込もっていない武器を抱きしめ、エマはようやく深く息を吐いた。
あまりにも早すぎた展開のため仲間のバナーはどちらも回収することが出来なかった。あの時こうしていたら、なんて彼らに対する後悔を延々頭の中に浮かべながらエマは狭い隙間の中で両膝を抱いた。
すると、ふと外から誰かが慌ただしく走る足音が聞こえてきた。それはガシャガシャと金属っぽい音を鳴らして真っ直ぐこちらに向かってくる。
まさかさっきの奴らが追いかけて来たのか。エマの体が恐怖で固まった。無意識のうちに息が詰まり、今にも発狂してしまいそうな中で必死に耳を澄ませる。心臓が破裂しそうな程激しく鳴り響いていた。
お願いだからどうかこっちに来ないで、とエマは強く祈るが足音はもう彼女のすぐ目の前に迫っていた。
とうとう黒い影がこちらを覗き込んできた時、エマは覚悟して両目を固く瞑った。

「ふう、危なかったぜ」
「え?」

そのあまりにも気の抜けた声に思わずエマは閉じた目を開けた。見れば、ちょうど彼女のすぐ隣にオクタンが体を押し込んでいるところだった。
誓って言うがこのオクタンはエマのチームメイトでは無い。ならば本来、彼は敵側の人間のはずだ。しかしオクタンは今正に隣に敵がいるのにも関わらず、まるで彼には見えていないかのように平然としていた。挙げ句の果てには走って汗まみれになった服を扇ぐ始末だ。エマは何が起きているのか状況を全く掴めず、丸くなった目をじいっとオクタンに向けていた。

「まったくあいつらときたら容赦しねェ。せっかく一部隊壊滅させたと思ったのにどこからともなく漁夫の利を狙ってきやがって。おかげでシェの姉貴もマギーのおばさんも秒でやられちまったぜ」

「お前は?」と、唐突にオクタンが顔を向けないまま隣のエマへ声を掛けてくる。
エマもまさか話しかけられるとは思わなかったので「え? ああ、ええと……」と困惑を隠せないままとにかく口を開いた。

「私の部隊も仲間が二人やられちゃって」
「そうか、そいつは気の毒にな。ったく、敵も卑怯なことしやがるぜ」
「ねえ、私のこと撃たないの?」
「ん? おわあっ、なんだよ先客がいたのか!」

オクタンはエマの方へ顔を向けると、ようやく彼女の存在に気付いて飛び上がった。
本当に隣に敵がいたことが分からなかったとでも言うようなオクタンの反応にエマはつい小さく吹き出す。彼のこういったユーモア溢れるところはやはり面白いとすら思えた。
驚いた体勢のままオクタンはクスクスと笑っているエマをしばらく見つめた後、ため息と共に体の力を抜いた。

「お前も俺と一緒か。仕方ねェ、ここは一時休戦といこうぜ」
「うん、良かったあ。私、物資が底を尽いてたからきっとオクタンに撃たれたら呆気なくやられてたよ」
「俺も漁る暇も無くあいつらに襲われたからなあ。残ってるのはシールドセル一本、注射器一本、それと……」

オクタンは胸ポケットの一つに手を入れると何かを探りだした。
「ああ、あった!」それからお目当ての物を見つけ、引っ張り出す。オクタンの手にはエナジーバーが一本握られていた。

「オクタン、試合にお菓子を持ってきてるの?」

エマはまたしても予想外な事に思わず笑った。

「いつもじゃないぜ? 今日はたまたま腹が減ってたから、余裕があったら食べようと思って持ってきたんだ」
「あはは。それ、ちゃんとバレないようにした方がいいよ。支給品以外は試合への持ち込み禁止だから」
「分かってるって。たく、エマは姉貴みたいなこと言うなあ」

少し不機嫌そうな口調でオクタンはエナジーバーの包装紙を破る。エマはそんな彼を困ったように、けれど微笑ましく見つめていた。
すると包みを開けたオクタンはバーを半分折ると、そのまま「ん」とこちらに顔を向けないままぶっきらぼうに片方を差し出してきた。エマは一瞬目を丸くしたが、すぐに目元を緩ませると素直にそれを受け取った。

「ありがとう。ちょうどお腹空いてたんだ」
「いいってことよ。ここはリング内だし、次の移動までもうしばらく隠れていられるだろ」
「じゃあ、せっかくだし話し相手になってくれない? あんまり試合以外で会話する機会が無いからさ」
「へへ、まあ付き合ってやってもいいぜ。どのみち俺も暇だしな」

オクタンの返事にエマは嬉しそうに微笑むとバーを一口噛った。
もはや敵同士と言うことすらも忘れて二人は狭い隙間の中で肩をくっ付け合い、それからしばらく談笑を交わすのであった。

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