洋ゲー

Apex Legends


※公式ビジュアルブック「パスファインダーズ・クエスト」のネタバレが含まれます。
未読の方やこれから読む予定の方はご注意ください。
※ブーンの口調は捏造です








その夜、寒さを凌ぐためブラッドハウンドとブーンは狭い洞窟の中で寄り添って火に当たっていた。まだ"未知なる者"の痕跡を追っていた時の事だ。

「ブロスフゥンダル。俺と一緒に来てくれないか」

そう言ったブーンにブラッドハウンドは初め、胡桃のように丸くした目を向けた。

「俺はハンターだ。この獣を狩った後はまたすぐに次の獲物を探しに旅に出ようと思っている。だが俺一人で行くよりも、隣に愛する人を連れて行く方がずっといい。どうだ、ブロスフゥンダル?」
「ブーン……」

ブラッドハウンドはブーンを見つめたままマスク越しに唇を噛み締めた。そうしなければ恥ずかしい程に吊り上がりそうな口角を抑えきれないと思った。
ブーンがその人を側に置きたいとまで言ってくれるほど自身に信頼を寄せている事にブラッドハウンドはこの上ない喜びを感じた。
ブラッドハウンドはブーンと二人で広い宇宙へ旅立ち、彼と共に様々な星で見知らぬ獣たちを狩る事を想像した。ある時には極寒の雪山で、またある時には恐ろしい植物が蔓延る密林で。愛しきブーンに背を預け、体中の血が熱く猛る程の狩りをする事を。それはブラッドハウンドが考え得る中でも最高のひとときだった。
形の良い唇を緩ませてブーンがブラッドハウンドを見つめる。そんな彼の微笑みはいつも見惚れてしまいそうなほど美しかった。
ブラッドハウンドは瞳を潤ませ、やがて自身もとうとう抑えきれず笑みを作るとブーンへ力強く頷いた。

「ああ……ああ、もちろんだ、ブーン。君と一緒にいられるのなら私はヴァルハラへも付いていく」
「ありがとう、ブロスフゥンダル。お前ならそう言ってくれると思っていた」

ブーンとブラッドハウンドは互いに顔を見合わせて微笑んだ。
不意にブーンがその人の肩に腕を回して抱き寄せてくる。ブラッドハウンドが息を飲む暇も無く彼にマスクを剥がされると、そのまま指先でそっと顎を摘ままれ、次の瞬間二人は口づけを交わしていた。
焚き火に照らされて洞窟の岩に写った二人の影は燃えるように揺れ動き、やがて一つとなって地面に倒れ落ちていくのであった。

次にブラッドハウンドが意識を取り戻すとそこは夜の森だった。どうやら見張り番をしていた最中にうっかり寝てしまっていたようだ。
目の前で燃える焚き火の勢いは殆ど無くなり、もう燃えカスしか残っていない。淡い琥珀色の灯りが焚き火を囲むように敷かれた寝具と狩猟道具を照らしていた。
ブラッドハウンドが隣を見やるとその人の傍らでは寝袋に横たわったエマが静かに寝息をたてていた。長い睫毛を落として眠る彼女の顔はブラッドハウンドの隣にいて安心し切っており、とても穏やかだ。
少しだけ身をよじらせたエマにブラッドハウンドは思わず含み笑う。彼女がよく眠れている事を確認できたブラッドハウンドは側にストックさせておいた小枝の束をいくつか手に取り、それを焚き火へ投げ入れた。しばらくして消えかけていた炎が再び立ち上る。
薄い布のようにゆらゆらと揺れる炎を眺めながらブラッドハウンドは先ほど見た過去の夢を思い返していた。
ブーンと分かち合ったキャンプサイト。そこで話した二人の将来の事。交わした肌の温もり。それらは既に何十年も昔の出来事だが、未だにブラッドハウンドはその全てを鮮明に覚えていた。
ブラッドハウンドにとってブーンほどあんなに強く愛した人物はいない。そして同時に強く憎んだ人物も。彼を恋しく思わないと言えばそれは全くの嘘になる。
それでも、とブラッドハウンドは再び隣にいるエマを見た。
今の自分にはこの苦痛を一人で背負わなくても良いのだと気付かせてくれた人がいる。
ブラッドハウンドが鳥ならばエマはそれが飛ぶのを助けるように吹く風だった。その存在はもはやブラッドハウンドにとって掛け替えの無いものになっている。
もちろんエマはブーンの代わりになどなれないしなってくれとも思わないが、彼女が隣に寄り添ってくれるだけでブラッドハウンドは心安らぐのであった。
ふとブラッドハウンドはエマに手を伸ばすと彼女を起こさないように注意しながら指先で優しくその頬を撫で下ろした。ほんのりと人肌を感じさせる体温と柔らかい感触が伝わり、それだけでブラッドハウンドの胸はエマへの愛おしさで一杯になった。
ブラッドハウンドの口元が自然と緩む。そのままガスマスクを外すと、目を閉じたブラッドハウンドはエマの方へ体を屈ませて彼女の頬にそっとキスを落とした。目蓋を開けてエマの顔を眺めると心なしか彼女の表情は幸せそうだった。それを確認してブラッドハウンドは体を起こし、再び見張り番の仕事へ戻った。
叔父にしろブーンにしろ既に去っていった者はもう二度と戻ることはない。だから今はエマさえ傍にいてくれるのなら自分はそれで十分だ。彼らとの昔の日々を懐かしみつつ、エマとの今を愛おしむこのひとときさえあればそれだけで幸せなのだ。そんなことを思いながら穏やかに過ごすブラッドハウンドを焚き火の灯りは静かに照らすのであった。

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