洋ゲー

Apex Legends


オリンパスのエリジウムを通り掛かった時、エマは眼下に広がる景色に口笛を鳴らした。

「すごおい、空中都市なだけあって下は何にも見えないね」
「ベイビー、その細い足を滑らせて落ちたりしないでよね」

隣接した水耕施設に繋がっているジップラインがある場所から少し体を乗り出すエマ。エリジウムは他の施設から切り離されて空中に浮かんでいるため、取り付けられたジップラインと水耕施設の間に地面は無かった。吹きすさぶ風がエマの髪の毛を大きくなびかせる。興奮して遠くを叫んだエマに、彼女と同じチームのローバは肩をすくめた。
しかしそんな二人の背中からブラッドハウンドは少し距離をとって立ち尽くしていた。その様子に気付いたエマが怪訝そうに振り返る。

「ブラッド、どうしたの?貴方もこっちに来て一緒に見てみなよ!」
「い、いや、私はいい」

明るい笑顔で手招いたエマだったが、ブラッドハウンドはすぐに首を横に振った。よく見るとブラッドハウンドの肩は強ばり、緊張している様子だ。
どうしたのだろうとエマが心配していると、ローバは意外そうな視線を彼女に送った。

「あら、エマ、貴方知らないの?」
「何を?」
「ブラッドはこういった高い場所が苦手みたいなのよ」

アンドラーデ、とブラッドハウンドは声を荒らげてローバを呼んだ。そんなブラッドハウンドにローバは許してねとでも言いたげな苦笑いを見せた。
一方、ローバから告げられた意外な言葉にエマは目を丸くさせていた。

「ブラッド、高い所が怖いの?」

単純に無知なだけなのだろうが、エマから放たれた鋭い指摘にブラッドハウンドは小さなうめき声をあげた。

「怖いとか、苦手だとか、そういうわけではない。足元に地面が無いのが気に入らないだけだ」
「それってやっぱり怖いんじゃないの?」
「説明が難しい、これは複雑なのだ。そのような不名誉な言い方は止してくれ」

そう言い終えるとブラッドハウンドは二人に背を向けた。

「私はあのジャンプタワーから水耕施設に向かうことにする。上空から偵察もできるからな」

そのままブラッドハウンドは歩き去ってしまった。
エマは丸くした目のまましばらくその背中を見送っていたが、ローバに顔を向けると彼女と見つめあうのだった。

「……さて、そろそろ私たちも移動しましょうか?ベイビー」

ローバは空に両手を伸ばして体をほぐすと、エマにウィンクをして一足先にジップラインで下降していった。
ちょうどブラッドハウンドもタワーを昇ったようだ。一番上まで到達した後にジャンプキットで上空を飛んでいくブラッドハウンドを見やり、エマも遅れて二人を追うのだった。

それから数マッチ重ねて本日分の試合が終わり、エマとブラッドハウンドは会場から帰宅した。エマの誘いで二人は彼女が生活している高層マンションに向かった。
エレベーターに乗り込んでスイッチを押し、エマの部屋がある階層へ到達するまで二人はガラス張りの壁に寄りかかってどんどん下へ遠ざかる夜の町並みを眺めていた。
ふとエマが視線だけでブラッドハウンドを見やる。ガスマスクをしているため表情こそ分からないものの、ブラッドハウンドは先ほど試合中に見た様子とは打って変わって落ち着いていた。肩も強ばっていないし、リラックスしたように背中を壁にあずけて腕を組んでいる。まるであれは何かの見間違いだったのかとすらエマは思うのだった。

エマの部屋に入るとブラッドハウンドはガスマスクを外して背後から彼女を抱きしめ、唇を奪った。急な行為にエマは一瞬戸惑うものの、元々彼女もその気であったため抵抗することなく身を委ねた。
お互いに服を脱ぎ、明かりも点けていない室内で二人は乱れ合う。ベッドの上に止まらずソファーやそのまま床に寝転がったり等、今夜はいつもよりも忙しく場所を変えていった。
エマが一部ガラス張りになった大窓に両手をついて前屈みに寄りかかる。その後ろからブラッドハウンドも背中に抱きついてきた。すぐに硬い指先が体に這わされ、エマは快楽に喘いだ。
エマが顔を上げる。窓の外は高層階なだけあって、空を走る輸送船や遥か下に広がるネオンの夜景しか見えなかった。
ふと彼女の頭の中で今日の試合中の出来事が過った。

「ね、ブラッド……」

少し息を荒らげたまま背後に呼び掛けるとブラッドハウンドはエマの肩にキスを落としながら「ん?」と応えた。

「ブラッドは、こういうのは平気なの……?」
「どういう意味だ?」

エマからの問いかけが理解できずブラッドハウンドはキスを止めて顔を上げた。それにエマは窓の外を指して続けた。

「ほら、今日の試合でブラッドは高い所が怖いって。こういう高層マンションからの景色は大丈夫なのかなと思って」
「だから、私は高い所が怖いというわけでは……」

言い終える事はなく不服そうにブラッドハウンドは再びエマの体にキスを落とす。指先でわざと敏感な箇所を弄られ、エマは思わず甘い吐息を吐いた。

「あ、んっ……ご、ごめん……ただ、なんだか意外だったの。ブラッドはいつも冷静で、あんな風に取り乱すところは見たことが無かったから」
「ああ、そうだな。だがこの話はもう終わりだ。今はこっちに集中させてくれ……」

それ以上は止めろとばかりにブラッドハウンドは先ほどよりも強引にエマの体を求めてきた。荒っぽいとも思えるその行為にはブラッドハウンドの苛立ちも含まれているようだった。
エマはこの話題を持ち出してしまった事を申し訳なく思いつつ、ブラッドハウンドのそんな一面に胸の内で苦笑いした。事情は分からないが、ブラッドハウンドもこういった人間らしい弱みを持っているという事がエマには微笑ましかったのだ。
どこか子供じみた態度を見せるブラッドハウンドにエマは僅かに笑いながら喘ぎ声を漏らす。その様子にブラッドハウンドは眉を潜めた。

「随分と余裕そうだな。それはもっとペースを早めて構わない、と解釈しても良いか?」
「え、わ、ごめん!ブラッド待って――」

エマの抵抗も虚しく、挑発されたブラッドハウンドはその夜、より一層激しく彼女を掻き抱くのだった。

翌日のキングスキャニオンでの試合でエマのチームは収容所を見下ろせる位置に建てられた監視塔に来ていた。各々が物資を漁る中、一足早くそれを終えたエマは監視塔の屋上から周りの偵察がてら景色を眺めていた。
上空をフライヤーが飛びながら、太陽は燦々と照り、風が自然の流れに沿って渓谷全体に吹いている。エマの髪がそよ風によって僅かになびいた。
オリンパスにも人工的に作られた物ではあるものの、それなりに美しい自然がある。しかしやはりここの景色とはまるで比べ物にならなかった。
屋上から少し身を乗り出してエマはエリジウムでしたように遠くを叫んだ。山びこの一つや二つ聞こえそうかと思ったが、残念ながら自身の声が返ってくることは無かった。

「全く、お主は叫ぶのが好きだな」

突然背後からかけられた声に驚いてエマは振り返る。いつの間にかチームメンバーのブラッドハウンドが近付いてきていたようで、そのまま彼女の隣に並んできた。
腕を組んで真っ直ぐに景色を眺めるブラッドハウンドに微笑みながらエマも同じ方向を向いた。

「この場所はやはり美しい。神々からの恵みに溢れている」
「うん。オリンパスも素敵だったけど、キングスキャニオンの景色は何度見てもいいものだね」
「そうだな。あの場所は人工物ばかりだ。主神から賜った地面や、純粋な自然が一切無い。それが私を……落ち着かなくさせる」

ガスマスク越しにではあるが神妙な面持ちでブラッドハウンドは語った。それにエマは納得していた。なるほど、だからエリジウムではあんなに取り乱していたのか。単に高所恐怖症というよりかは、惑星の要である大地を感じられない事がブラッドハウンドにとっては違和感の塊だったのかもしれない。オリンパスは正に人工の空中都市であるからだ。
そういえば、今こそ平然としているもののエマが初めてブラッドハウンドを自身の住むマンションに案内した際には色々と言われたものだ。なぜこんなにも空に近い場所で生活をするのだとか、この辺りは人工物ばかりで主神の恵みを感じられないとか。当時のエマはブラッドハウンドが慣れない場所で困惑しているだけかと特に気に留めていなかったが、数ヶ月ごしにそれらの言葉に合点がいった。
神々が創造した大地で長い間暮らしてきたブラッドハウンドにとって自然の地面というものはやはり一番馴染み深いものなのだ。
しばらくそうして二人並び合っていた後、十分に景色を堪能したブラッドハウンドはおもむろにマップを開くと次の目的地にピンを指した。

「この辺りでもう少し物資を漁りたい。その後は別部隊を警戒しつつ移動しよう」
「うん、わかった。おーい、オクタン、移動するよ!」

エマはブラッドハウンドに頷くと後ろに振り返ってもう一人のメンバーであるオクタンに呼び掛けた。彼もそろそろ脚を動かしたかったようで、やっとかよと野次を飛ばしてきた。
オクタンは二人のいる屋上に登ってくると収容所が見える方向へジャンプパッドを置いた。先に行ってるぜ、とそれに飛び乗っていったオクタンの後を追うようにエマも続いた。
きれいな放物線を描いて高くジャンプをしながらエマが歓声をあげる。

「ブラッドも早くおいでよ――――!」

地面へ降下する直前に空中でくるりと後ろを振り返り、エマは顔に両手をあててまだ屋上にいるブラッドハウンドへ叫んだ。
ブラッドハウンドは腕を組んだままガスマスク越しに口元を緩ませた。そして呆れたように首を横に振ると遅れて二人の後を追うのだった。
キングスキャニオンの空は今日も透き通るような水色に晴れ渡っていた。

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