洋ゲー
Apex Legends
※公式ビジュアルブック「パスファインダーズ・クエスト」のネタバレが含まれます。
未読の方やこれから読む予定の方はご注意ください。
暗闇の中をブラッドハウンドは進んでいた。遠くには小さく光が見えており、その方向から男の大きな語り声がぼやけて聞こえている。光が広がっていくごとにその声もよりはっきりと聞き取れるようになっていった。そして完全に光の先に出ると、そこはサンダードームのアリーナで、大勢の群衆が騒がしくひしめきあっていた。
そのアリーナの中央に声の主である男――ブーンがいた。ブーンは上空から繋がれて降りてくる巨大なケージの上に立って、集まった人々に壮大な物語を聞かせていた。
群衆を掻き分けながらブラッドハウンドはブーンの声がする方へ向かっていく。そして先頭に出るとブーンの名を叫んだ。
ブラッドハウンドにはこの先の結末が分かっていた。全身を駆け巡る嫌な予感に苛まれながら、ブラッドハウンドは彼を呼び止めるのではなくその場から逃げてもらうために叫んだのだ。
ブラッドハウンドに気付いたブーンはあの日見たのと全く同じ表情でこちらへ微笑みかけた。謙虚に、まるでブラッドハウンドに謝罪をしたいとでも言いたげな微笑み。
次の瞬間、緩んだケージの扉を抜けて中にいた獣が脱出した。不可視の獣はそのままケージに登り、それに一切気付いていないブーンの体を鷲掴んだ。
ブラッドハウンドはブーンの名を再び叫び、なんとかそこへ駆け寄ろうとした。しかし何故だか体が思うように動かない。必死に足を走らせるがぬかるみの上にいるように上手く前へ進めない。
「やめろ――――!」
ブラッドハウンドの叫び声も虚しく、ブーンの体はまばたきの間に二つに引き裂かれた。
「――ッ! はあっ、はあっ、……」
カッと両の目を見開いてブラッドハウンドは夢から覚めた。呼吸がかなり乱れ、全身から汗が吹き出している。
テントの中はまだ真っ暗だった。息を整えながらブラッドハウンドは天井を見つめた。
しばらくして呼吸が安定してきた頃、ブラッドハウンドはおもむろに隣を見やった。こちらへ無防備な寝顔を晒して、エマは気持ち良さそうに寝息をたてながら眠っていた。よく見るとその顔に一房の髪の毛が垂れて掛かっている。ブラッドハウンドはエマを起こさないようにそっとそれをどかしてあげた。少し身をよじらせたエマにブラッドハウンドの口元が緩む。
ブラッドハウンドもまた寝返りをうち、そのまま目を閉じて再び眠りについた。
翌朝ブラッドハウンドが目を覚ますとテントの中は既に明るくなっていた。僅かに開いた入り口から外の朝日が漏れてきている。体の汗はすっかり乾いていた。
ブラッドハウンドは二度あの夢を見なかったことに安堵しつつ、未だ鮮明に覚えている内容に胸を締め付けられた。最愛の人が不名誉な死を遂げたあの日から実に二十回以上もの冬を越してきたが、ブラッドハウンドの記憶から当時の出来事が忘れられたことは一度も無かった。
軽く掛け布団をたたみ、起き上がったブラッドハウンドはテントの外に出た。
鬱蒼とした木々に囲まれた小さな広場は周りの木から漏れる朝日に照らされていた。どこか遠くから鳥達のさえずりが聞こえている。ブラッドハウンドは風に乗って運ばれてくる森の匂いを楽しんだ。
ふと辺りを見回すと起きた時に隣から消えていたエマの姿が無かった。きっと森のどこかにはいるだろうと納得してブラッドハウンドは水浴びのために近くの湖へ向かった。
エマはすぐに見つかった。湖のすぐ側にある低く切り立った岩の上に裸の状態で座って濡れた髪の毛を絞っていた。彼女の豊かな髪が日の光に照らされて美しく艶めいている。たった今水浴びを終えたのだろう。
岩のすぐ隣でブラッドハウンドは屈み、澄んだ湖の水を両手ですくって顔を洗った。エマもその音に気付いてブラッドハウンドの方へ振り向いた。
おはようブラッド、とエマが声をかけるがブラッドハウンドは「ああ」とだけ静かに返した。それをエマは不振がった。
「どうしたの?顔色が悪いわよ」
「悪夢を見たんだ。気にするな」
洗顔を終えたブラッドハウンドは服を脱ぎながら答えた。
「あの事故の夢?」
「いいや」
服を脱ぎ終えてブラッドハウンドは湖に入る。夏とは言え早朝の湖はまだ少し冷たかった。
「本当に些細な夢なんだ、気にしないでくれ」
体に水をかけながらブラッドハウンドは言った。
エマはまだ何か聞きたそうにしていたが、やけに壁を作るブラッドハウンドに怪訝そうな眼差しを送るだけにした。
「そう。先に朝食を作って待ってるね」
エマはそう言って服を着るとその場から立ち去った。ブラッドハウンドはそれを背中で見送った。
髪の毛を洗いながらブラッドハウンドはブーンと過ごした昔の日々を思い返していた。
かつてブーンが自分を引き込んで一緒に楽しむためだけに極寒の池へ飛び込んだこと。そのときに自分が今まで知らなかった喜びを覚えたことも。
濡れた髪をかき上げてブラッドハウンドは空を見上げた。あの特別な秋の出来事は何度思い出してもブラッドハウンドの心を穏やかにさせる。
しかし懐かしいブーンの笑顔が一瞬にして彼の死に顔に置き換わった。獣にズタズタに引き裂かれ、アリーナの地面にボロ雑巾のように捨てられたブーンの亡骸。駆け寄って見た彼の目からは既に生気が無くなっていた。
ブラッドハウンドは先ほどまで浴びていた水がとても冷たくなったのを感じて湖からあがった。
テントを建ててある広場に戻るとエマは焚き火の側に寝かせた丸太に座って肉を焼いていた。ブラッドハウンドも彼女の隣に腰を下ろす。
「はい。丁度焼けたところよ」
エマが木の枝に刺したリス肉を渡してきた。ありがとうと言ってブラッドハウンドはそれを受けとり、こんがりと焼き目のついた肉にかじりついた。
「……ねえ、何か私に話したいことがあるんじゃない?」
しばらく焚き火を眺めていたエマがブラッドハウンドに切り出す。
「なんだか今朝の貴方は様子がおかしいみたいだし」
気まずい気分を誤魔化すように木の枝で火元をつつきながらエマは続けた。
ブラッドハウンドは口の中の肉を飲み込むと同じく焚き火を眺めて少しの間沈黙した。
「昔の出来事を思い出しただけだ」
「それって……恋人でも話せないこと?」
「今は、少し難しい。すまない」
何かを隠そうとしているブラッドハウンドをエマは心配そうに見つめた。それから焚き火に顔を戻して少し考えるが、「そっか……」と無理やり口元を緩ませて自分を納得させた。焼きあがったもう一本を地面から抜き取り、エマは肉をかじった。
ブラッドハウンドは焚き火を見つめたままだった。
エマにはこれまで自分の両親に起きた事故、そして叔父のアルトゥルの死について既に話してある。優しくも彼女はそれらに敬意と理解を示してくれた。
しかしブーンの話をしたら彼女は何を思うだろう。頭に血が上り冷静な心を失った自分を責めるだろうか。ブーンを救えなかった自分を哀れむだろうか。それとも彼女以外にもそんな人がいたと知って嫉妬するだろうか……。
「――めちゃうよ」
エマの一言でブラッドハウンドはハッとした。エマに顔を向けると彼女はブラッドハウンドの手元を指差して「お肉、お肉」と知らせてきた。先ほどの言葉が「冷めちゃうよ」と言っていた事を瞬時に理解する。
「あ、ああ。そうだな」
ブラッドハウンドはもう残り少ない肉にかじりついて一気に枝から引き抜いた。
そんなブラッドハウンドにエマは微笑ましく笑う。
「私、貴方が一人で苦しんでいるのを見ているだけなのは嫌よ。だから、近いうちにまた話してね」
「……約束する」
表情は笑顔でもどこか寂しそうな声色のエマにブラッドハウンドは静かに返した。
近いうちに、とは言うもののブラッドハウンドにとっては正直いつ話せるようになるかは分からなかった。
インタビューの際に結果としてブーンの話を聞かせることになったパスファインダーは「君だけが重荷を背負うことはないよ。僕は重い物を持つのも得意だから」なんて軽く言ってみせたが、エマも同じように思ってくれるとも限らない。むしろ彼女を傷つけてしまう事にもなるかもしれない。
「ああっ!」
そんな事を悩んでいたとき、突然隣でエマが大声をあげた。
「ど、どうした?」
驚いたブラッドハウンドが丸くなった目でエマを見る。
エマは丸太から立ち上がるとテントの方へ駆けていき中で何かを探った。ブラッドハウンドは困惑してその様子をうかがっていた。しばらくして彼女は何やら白い物が詰められた透明なビニール袋を手に、急いでこちらへ戻ってきた。
「マシュマロ、焼くの忘れてた!」
少し呼吸を荒くして膝を支えながら、エマは手に持ったマシュマロの袋をブラッドハウンドの目の前に見せた。
ブラッドハウンドは丸くした目のまましばらくその袋を見つめていたが、途端に吹き出すと何かが切れたように大笑いした。
なんだ、先ほどあんな事を考えていた自分が馬鹿みたいじゃあないか。ブラッドハウンドは笑いながら思った。
エマはこういう人だった。相手に対して真摯で、一緒にいるといつも自分を楽しませてくれる。なら、彼の話しにもきっといつものように優しく理解を示してくれるのだろう。
そんな事を思いながら笑っているブラッドハウンドを今度はエマが困惑して見つめた。
「ふふ、ははは。エマ、お主のそういう所が私は好きだ」
「え?あ、ありがとう……?」
ブラッドハウンドからの突然の愛の告白にエマは思わず頬を赤くさせた。しかし先ほどとはうってかわって明るい表情を見せるブラッドハウンドにエマも段々とつられて吹き出すのだった。
日がこぼれる森にはしばらくの間二人の楽しげな笑い声が続いていた。
Back to main Nobel list