洋ゲー
Apex Legends
少し肌寒さを感じてエマは目を覚ました。ふと見やった窓は半分開けられており、そこから柔らかく朝日が差し込んでいた。季節はすっかり夏だというのに今朝は薄布団一枚でも涼しいくらいだ。
まだ少しまどろみの中にいるエマは布団をかけ直して二度寝に入ろうとした。しかしすぐに重要な事を思い出す。そう言えば、昨夜は恋人のブラッドハウンドと同じベッドで眠ったのだった。次いで、互いの汗が混じりもはや暑苦しい程に愛し合った昨夜の事を一瞬にして思い出す。触れた肌の感触、体中に落とされた口づけ一つ一つすら鮮明にフラッシュバックしていき、エマは思わず下腹部を熱くした。
だが今エマの隣に当の恋人の姿は無い。代わりに、耳を澄ますと部屋の外から時折カチャカチャと物音が聞こえてきた。
先ほどまでまだ少し眠気が残っていた意識はすっかり覚醒し、エマはベッドから体を起こすと音のする方へ向かった。
物音がしていたのはどうやらキッチンだったようだ。1LDKの小さなその場所ではベッドから消えていた張本人、ブラッドハウンドが何やら料理をしていた。
「おはようブラッド」
「ん?ああ。起きたのか、エマ」
声をかけるとブラッドハウンドはコンロに向き合ったままこちらへ振り返った。ガスマスクは外している。
エマはうーんとだけ間の抜けた返事をして一旦そのまま洗面所へ顔を洗いに行った。
再びキッチンへ戻ってくると、ブラッドハウンドはその間に調理を終えて皿に盛り付け始めていた。ちょうど二人分だ。
エマは廊下からキッチンを覗き込み、丸くした目を何度か瞬かせてその様子を見ていた。
「ブラッド、もしかして朝ごはんを作ってくれたの?」
「ああ。昨夜は無理をさせたのだし、せっかくだからな」
ふふ、と笑ってブラッドハウンドは珍しく冗談を言って見せる。その意味を理解した時、エマは耳まで顔に血が巡っていくのを感じた。
確かに昨夜はブラッドハウンドから熱烈な攻め技を浴びせられた。お互いに酒が入っていたからというのもあるだろうが、そのテクニックがあまりにも気持ち良いものだったのでエマは何度も絶頂を迎えたのだった。容赦なく注がれる快楽で恥ずかしい程乱れてしまった昨夜の自分を思い出し、エマは恋人の前であろうと肩を縮こまらせた。
エマがそうしている間にもブラッドハウンドは料理の盛り付けられた皿をテーブルに並べ、慣れた手つきで用意したそれぞれのカップに紅茶を淹れる。エマがブラッドハウンドのために買っておいたハーブティーだ。
「そら、いつまでそこで突っ立っている?朝食ができたぞ」
「わ、あ、ありがとう」
ブラッドハウンドの言葉に促され、エマも席に着く。置かれた皿の上には質素なスクランブルエッグと厚い焼きベーコン二切れが盛られていた。エマの口から思わず感嘆の声が漏れる。
原始的な料理をするイメージのあったブラッドハウンドだが、こういった家庭料理もできたのは正直意外だ。少し紅茶をすすってからスプーンでスクランブルエッグをすくい、エマは黄色くふわふわに炒められたそれをまじまじと眺めた。
「これ凄く美味しそう!そういえばブラッド、よく家のキッチンが使えたね」
「以前アンドラーデの邸宅で世話になった時、ついでに現代の調理法をいくつか教えてもらってな。簡単な物くらいなら作ることができる」
「え、ローバの家に行ったことがあるの……?」
聞き捨てならない台詞に思わずエマはスプーンを口へ運ぼうとした手を止めてブラッドハウンドを見た。ローバとブラッドハウンドはいつからか信頼関係にある様で、無意識の内にエマはどこか嫉妬を感じていたのだ。
しかしそれに気付いたブラッドハウンドが慌てたように手を振る。
「世話になったと言ってもバンガロールや他のレジェンド達と一緒だったからな。エマも可能なら誘うべきだったのだが、メディア出演やらで忙しい時期だったものだから」
確かに初参戦のエーペックスゲームで華々しい勝利を納めて以来、エマは一時期テレビに取材に大忙しだった。試合の無い時は様々なメディアからのインタビューに答えたり、何かとプライベートに余裕の無い日が続く事もあった。そんな時期でも自分に寄り添い続けてくれたブラッドハウンドではあったが、それでもやはり自分の知らない所で変わってしまった恋人にエマはほんの少し寂しさを覚えた。
そんなエマの様子を察してブラッドハウンドは励ますように彼女の手に自身の手を重ねた。
「そう拗ねた顔をしないでくれ。エマに何か作ってやれる物ができればと、アンドラーデに無理を言って教えてもらったのだ」
「私に?」
「ああ。いつも家に邪魔するたびお主からもてなされるのも何だからな。それに昨夜の様に付き合ってもらった日は朝食の一つでも作ってやるのが筋と言うものだろう?」
再び冗談を言ったブラッドハウンドにエマもようやく笑顔を取り戻した。
今までブラッドハウンドを自宅へ呼ぶ行為に見返りを求めた事は無かったが、わざわざ自分のためだけに新しい事へ挑戦をしてくれたのだと分かってエマは胸を熱くした。嫉妬をしてしまったローバには申し訳ない。
そうだったのかと納得してエマは食べかけていたスクランブルエッグを口に運んだ。仄かに甘味を含んだ優しい味わいが舌の上でふわりと溶けていく。ブラッドハウンドが頑張ってくれたのもあってか、エマが今まで食べたスクランブルエッグの中では今日のが一番だった。
「……うん、凄く美味しい!ありがとう、ブラッド」
「ふふ、そう言ってもらえて私も嬉しいぞ」
いつも通り愛らしく微笑みかけてきたエマに、紅茶の入ったカップを傾けながらブラッドハウンドが幸せそうな表情を見せる。
気付けば窓の外はすっかり日が照って、こうして二人は楽しげに談笑をしながら朝食を共にするのだった。
■
「駄目だ、やり直しだ」
ブラッドハウンドは神妙な面持ちで言った。その手には粉々になった卵の殻が握られており、派手に割ったせいで指先まで中身がべったりとついてしまっていた。
隣でそれを見守っていたローバはふうとため息を吐いた。
「ブラッド、そんなに強く割っちゃ駄目よ。ほら、見てなさい。こうやって……」
ローバは卵の入ったパックから新しく一玉取り出すと慣れた手つきでボウルの縁に優しく卵を打ち付け、割りいれた。その様子をブラッドハウンドは真剣な眼差しでじっと見つめる。
「ね?優しく叩いてひびをいれるだけでいいの。初めは難しいでしょうけど練習していけば簡単よ。さあもう一度やってみて」
ブラッドハウンドは少し悩んだ後パックからもう一玉取り出して、先ほどローバがやって見せた通りに真似をした。慎重に二、三回優しく打ち付けて、僅かに割れたひびを両手でそっと開いていく。そして次の瞬間ぼとん、と生卵がボウルの中に滑り落ちた。殻こそ少し混じってしまったが、今度は上手く割れた事に二人は思わず顔を明るくさせた。
「上手よブラッド!まだまだ練習の余地はあるけど、とりあえず卵を割ることは出来るようになったわね」
「ああ、お主の言う通りだなアンドラーデ。慣れれば簡単だ」
胸の前で手を合わせて控えめに拍手をするローバ。ブラッドハウンドはもう一玉取り出して、今度は少し慣れた手つきで割ってみせた。相変わらず殻は入ってしまうものの、先ほどに比べればかなりの上達具合だ。
すると二人の声を聞き付けてリビングにいた他のレジェンド達もキッチンを覗きに来た。
「ふふ、二人とも随分と楽しそうじゃない」
「ブラッドと料理の練習をするって言ってたけど、卵なんか割って何を作るのさ?」
バンガロールとライフラインはボウルに割られたいくつもの生卵を怪訝そうに見た。
「まずは簡単なレシピから教えてあげようと思って。女の子たち、スクランブルエッグはお好きかしら?これから四人分作るわよ」
「スクランブルエッグ?あは、酔ったシルバが家に押し掛けてきた翌朝にはよく作ってあげたっけ」
「確かに初めてのレシピとしては最適かもしれないわね」
バンガロール達がうんうんと頷く。その間にローバは冷蔵庫から牛乳とベーコンを取り出してきた。
「さあブラッド、私がとっておきのレシピを教えてあげるからちゃんと覚えて帰ってね」
「ああ。感謝する、アンドラーデ」
ガスマスク越しでも喜んでいるのを感じられるブラッドハウンドにローバは優しく微笑んだ。
周りの変化に敏感な彼女がもちろんブラッドハウンドとエマの関係を知らない訳が無い。こうして自分に料理を教わりに頼んできたのもブラッドハウンドは理由を伏せてはいたがきっと忙しいエマに何かもてなしたいからだろうとローバは察していた。
ならば貴方にはディナーよりも、愛しい恋人と迎える朝の楽しみを。
珍しく、ローバは自分が随分と世話焼きなのだと思った。ここまでしてあげるのは果たして単なる女の友情か、それとも自身にもまた同様に愛する人がいるからか。ローバは隣で二人の様子を眺めているバンガロールをチラリと見やって少し考えたがすぐに止めた。
「じゃあ、まずは卵に牛乳を加えるわよ。こうすると焼き上げた時にふわふわで――」
自分を誤魔化すようにローバは早速調理に取りかかった。
そうして、このささやかな料理教室があの日の幸せな朝へと続くのだ。そんなブラッドハウンドとエマを想像してローバは少し羨ましく思いながらも口元を緩ませるのだった。
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