洋ゲー
Apex Legends
試合中に一人孤立したエマは崖の上に隠れながら、ろくに使ったこともないスナイパーライフルのスコープで辺りを見回していた。
マッチ開始早々に味方がやられてしまいソロ戦を強いられたエマはせめて残り部隊が少なくなるまではハイドに徹する事にしたのだ。
やられてしまった味方は「先に待機シップで次の試合に備えて準備をしてくる」と言い残してそのままマッチから抜けてしまった。
試合中は大抵どんな振る舞いも許されるカジュアルマッチではあるが、それでも見守ってくれる人がいないというのはエマに多少寂しさを感じさせた。まだエーペックスゲームに参戦して間もない彼女にとっては特にだ。
すると前方に人影が見えた。敵だ。エマの心臓が緊張によって高鳴る。
若干震える手でスナイパーライフルを構え直し、エマはその人影を確認するためスコープを覗いた。人影の姿がはっきり視認できた時、エマの瞳が思わず煌めいた。
そして躊躇いながらも、エマは辺りに他に敵影が無いのを確認すると崖から飛び降りて真っ先に人影のもとへ走っていった。
「ブラッドハウンド!」
名前を呼ばれてブラッドハウンドはすぐさま声のした方へ銃を向けた。しかし声の主がこちらへ笑顔で手を振りながら走り寄ってくるエマだということに気付くと、何事だろうかと一瞬困惑しながらも銃を下ろした。
「エマ!警戒心も無く敵陣へ突っ込んでくるなど、一体どういうつもりだ」
そう叱りながらもブラッドハウンドは自身の部隊に会話が聞こえないよう、喋り始める前に無線の電源を切っていた。
ブラッドハウンドの目の前で膝を支えながらはあはあと息を切らしつつ、エマは相変わらず笑顔を向ける。
「ごめんなさいブラッド。味方がやられちゃってソロだったから、たまたま貴方を見かけて、つい……」
「試合中にも関わらず、こうして恋人のもとへ駆け寄ってきたのだな」
さすがに全てお見通しとばかりにブラッドハウンドは呆れた様に腕を組んだ。対して図星を突かれたエマは恥じらいながら頭を掻く。
二人は比較的付き合いが浅くまだ初々しい恋人同士ではあるが、どこか気の抜けたエマとは反対にブラッドハウンドは試合中はどの様な場面であろうと真剣さに事欠かない人物だ。カジュアルマッチであろうともそれは変わらなかった。
ガスマスク越しにくぐもったため息を吐いてブラッドハウンドは続けた。
「エマ、もう一度言うがどの様な事情があれど今は試合中だ。プライベートな事は持ち出すべきでは無い」
「う、ごめんなさい……」
唸り声を上げてエマは途端に顔色が暗くなった。そんな彼女はお構いなしにブラッドハウンドはさらに続けた。
「今は私の味方が離れた場所にいるから良いが、合流されたらどうするつもりだったのだ?」
「えっと、そうだよね……運良く撃たれなくても貴方のチームのペースを乱してしまうわよね……」
「それに、どの試合も常に撮影がされていて、我々がこうして話している場面も観客には見えている事すら忘れていないか?」
「わっ、そ、そうだった!」
大事な事実がすっかり頭から抜けていたエマは慌てて辺りを見回した。自分から確認することはできないが、きっとどこかに撮影用のカメラが仕込まれているのだろう。
少なくともエマとブラッドハウンドの関係はこうして公になったに違いない。明日のニュース記事に何か変な事を書かれなければいいが、とエマは一瞬不安になった。
うう、ともう一度唸りながらエマは情けない顔をブラッドハウンドに向けた。
「ごめんなさい、呼び止めるべきではなかった事は分かるのだけど……だけど、やっぱりどうしても我慢ができなくて」
「なら、次からはこの教訓を活かせ。とにかくどの様な事情があれど試合中は――」
続けようとしたブラッドハウンドだが、あまりにもエマが肩を縮こまらせるので思わず言葉を詰まらせた。見れば、目の縁は水気を纏わせて今にも大粒の涙を流しそうだ。それを堪えるようにエマの唇は震えながらもぎゅっと閉じられている。
その様子を無言でしばらく眺めた後、ブラッドハウンドは一旦マップで自身の部隊の位置を確認した。そして再びエマを見やると、仕方の無さを含んだ呆れのため息を吐いてガスマスクを外した。
「エマ、慣れない試合で不安なのはわかるが……」
そう言いながらブラッドハウンドはエマの顎をそっとつまみ、顔を上げさせると硬直した彼女の唇へ優しい口付けを落とした。
え、と突然の事に状況が飲み込めず目を見開いたエマ。ブラッドハウンドは落ち着いた様子ですぐに唇を離すと、エマの顎にやった手を頬へ移動させた。
「お主を案ずる者は常にいるのだ。それを覚えておいてくれ」
ふとブラッドハウンドの口元がほぐれる。
エマは途端に耳まで顔を赤らめると呆気に取られた表情で生唾を飲む事しかできなかった。
そんなエマの頬の片側を「何という顔をしているのだ」と何度か軽くはたき、ブラッドハウンドはガスマスクを被り直した。
「そろそろ行った方がいいぞ。じきに私の部隊も合流する。お主の事は見なかったことにしよう」
「あ、え、えっと、その……ありがとう、ブラッド!」
ハッと集中力を取り戻させ武器を抱えて走り去っていくエマを背中で見送りながらブラッドハウンドはガスマスク越しに微笑んだ。
結局、その後エマは別部隊に呆気なくやられてしまい。ブラッドハウンドの部隊もまたあと一歩の所でチャンピオンを逃してしまう。
それでも試合後のシップ内で、エマとブラッドハウンドは互いに寄り添いながらプライベートの一時を楽しむのだった。
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