海外アニメ

Dick Figures


※擬人化です。
レッドとグレーの容姿に縛りあり。










ホールは予想通り人々に溢れていた。
周りを見れば女性は皆派手で大胆な衣装纏い、お酒や男を片手に大笑いしている。まるで私を嘲笑う様に。

「こんなところ来なければ良かった…」

私の呟きはあっさりと周りの騒ぎ声にかき消された。
ポケットを見れば少し皺のついたチケットが自己主張を続けている。
その貰った本人である友人は「一緒に楽しもう」と言っておきながら私ほっぽらかしで男漁りに励んでいた。
もちろんこういう雰囲気に不慣れなただの庶民の私が周りに乗れるはずもなく。
いつの間にか話し相手すら見つからず、こうして隅でワインをちびちび飲むようになっていた。

―隣の子はさっきから一人ね。

―相手がいないからああして眺めているしかないのよ。

―かわいそうだわ。

クスクスと隣の小規模な集団から笑い声が飛んできた。重低音響くホールでも聞こえるような、わざとらしく中途半端な声量が余計に腹立たしかった。
キッと睨めば彼女達はそそくさとその場を去っていった。それはつまり"かわいそうな子"が私だということである。

もう、帰ろうかな。
熱くなる目頭を我慢し、私も恥じらいに俯きながらその場から逃げようとした。

「よう、レディー」

しかしワイングラスをカウンターに置いたとき、隣からかけられた妙に馴れ馴れしい声が私におもりをくくりつけた。
見ると同い年くらいの男がカウンターに片肘をついて寄りかかり、もう片手を腰に、誘うような目でこちらを見ている。
前後反対に被った赤いキャップとだらしない格好で分かる、彼はまさにチャラ男だった。
関わりたくない。そう思い私は男を一瞥した後足早に席を離れようとしたのだが。

「おいおい、どこ行くんだよ。まだ来て五分くらいしか経ってないぜ?」

「…見てたの?」

「だってそんな場違いな格好してたら逆に目立つし」

げらげらと笑いながら男の腕が伸びてきたため後ずさる。

「そんなに警戒しないでくれよ。あ、もしかして名乗ったら良いの?俺はレッド。でもディックって呼んで良いぜ」

「エマよ、あっ」

一人突っ走るレッドと名乗った男につい巻き添えをくらい、気づいた時には口元を押さえていた。
しかしレッドは関心の声を絞り出すと「可愛い名前」と口角を上げた。
そんなことを言われたのは初めてであったため、つい頬に熱が溜まっていく。

「ねえこの後暇?ていうか今も暇じゃなきゃダメなんだけどさ。あ、俺酒奢ってあげる。マスター、ワイン二つ!」

そうカウンター席に座りながら長く喋り出すレッド。

「ちょっと、勝手に注文しないで」

「どして?」

「私はこれから帰るところだったのよ」

「何だよ、もっといれば良いじゃん」

「私は場違いなんでしょ?それに、別に来たくて来たわけじゃないし」

私の言葉にレッドは怪訝そうに目を丸くした。レッドみたいな人間には私の言っている意味がわからないのだろう。
しかしワインが目の前に置かれると、レッドは先程のことは嘘だったように目を輝かせ、グラスを一気に呷った。

「はー、うっめえ。エマちんも呑んだら?」

「エマちんって…」

「あだ名の方が親近感湧くし、だろ?ほらほら座れよ」

「ち、ちょっと」

その時のレッドは実に巧みだった。
まず椅子に手をやり、掴んだ私の右腕と同時に後ろへ引く。椅子とは反対に前へ引き出された私の体はバランスを崩し、よろめく。そこへレッドは不安定な二足に滑るような蹴りを入れ、椅子を元に戻せばいつの間にか私の尻は硬いクッションについていた。
未だ状況が掴めず瞬きを繰り返す私にレッドはにやにやと歯を見せて「ほらエマちん」と私の分のグラスを差し出した。
武術でもできそうだな。そう思いながら仕方なく縁に唇を付け、一口。
それを見たレッドがにんまり笑う。

「美味しい?」

「まあ…ね。ちょっと強い気がするけど」

「へへ、実はこの店でワインっつーとテキーラって意味なんだぜ!」

まだ口内に注ぎ込まれた液体をすんでのところで抑える。

「嘘だけどさ」

そしてごくんと喉を震わせて飲み込んだ。
目を見開いた先にいる赤い悪魔は私の反応を見てとうとう吹き出し、下劣な笑い声と共にカウンターを二、三度叩いた。無論こちらは全く面白くない。

「あー…エマちんの顔おっかし…ぐふっ…」

「止めてよね。あんたが言うと嘘なのかわからないわよ」

「大丈夫大丈夫、ぶふふ、本当に嘘だよ」

「信じて良いの?」

「良いよ」

そんなやり取りがしばらく続いた。

レッドは積極的に私のことを質問し、私も少しの冗談を交えつつ答えていった。
レッドが笑い、私も笑う。私が笑い、レッドも笑う。
そうする内に、自分の口元が緩むのを感じ始めた。
何故だかレッドに対して親近感や、もっと一緒にいたいという感情が私の中で沸き起こっていた。

「エマの目ってキレイだよね」

酒の酔いがまわってきた頃、ふいにレッドがそんなことを口にした。
今までちん付けだったのが何の前触れも無く呼び捨てになり、どきりと心臓が痛む。

「どうしてそう思うの」

「どうしてかなあ。俺がエマに惚れたからかも」

「今度の嘘は下手ね」

「嘘だと思ってる?」

「思ってる」

そう返すとレッドは「ひっでー」と椅子の背もたれに寄りかかりながら前脚を浮かせた。

「嘘じゃない、って言っても信じないの?」

「そうね、信じたくないわ」

「でも嘘じゃないぜ」

カウンターに乗せていた手にレッドの手が重なる。
驚いてレッドに顔を向けると、凛とした瞳で私を見つめていた。

「俺、エマが好きだ」

「やだ、冗談は止めてよ…」

「冗談なんかじゃない、本気でエマが好きだ」

指が絡まり、私が体を退ければレッドもぐっと近付いてきた。

「そんなこと言われても、私どうしたら良いかわからないよ」
「もし俺を受け入れてくれるなら、目を閉じてじっとしていれば良い。ダメなら…帰っても良いさ」

「受け入れた後は?」

「エマが俺の彼女だ」

レッドはそう言ったきり押し黙り、両方の瞳を私にただじっと合わせてきた。
私の耳は聞く者を失い、ホールに響き渡る重低音が私の鼓膜を通り、脳髄を震わせる。その頭の中で私はレッドから与えられた選択肢を選んでいた。
私が目を瞑れば恐らくレッドの温もりを感じながら唇に祝福を受ける。反対に席から立ち上がればレッドに追いかけられることなく家の玄関を開け、ベッドに体を沈められる。
イエスかノーか、急かすように辺りの声は騒がしかった。
そして私が出した答えは。

「また今度にさせて…」

イエスでもノーでもない、臆病な逃げ道であった。

レッドは依然私を見つめていたが、重ねられた手をほどくと目を伏せ、何事もなかったかのようにカウンターに向き直った。
私も同様、一刻も早くこの胸苦しさから解放されるために席を立ち、まだ遠方で踊り狂う友人を無視して足早に店を出て行った。





ホールは今回も人々に溢れていた。
周りを見れば女性は皆派手で大胆な衣装纏い、お酒や男を片手に大笑いしている。だが、それは私も同じだ。ミニスカートのポケットに収めたチケットをポリエステルの布越しに二、三度叩く。
今回は友人の誘いではなく、完璧な独断で再びこの店に足を踏み入れている。
服装も前回から一変、事前に買い漁った物だが肩下まで襟の開いた半袖と、ミニスカートにガーターベルトといった出で立ちだ。

ちらほらと目をやってくる人々を横切り、お目当てのカウンターへ一直線に進んでいく。
「ワインちょうだい」と言いながら椅子に座り、私は彼がいないか必死に周りを見渡した。しかし、目に映るのはありふれた人々だけだった。
嘆息するうちに目の前に置かれた細いグラスに手を伸ばし、一口呷る。以前呑んだものとは味が違かった。

もう一ヶ月以上前だから当たり前だろう。
思えば次にここへ来る日付を教えていなかったし、あれからずっと待っていたとしてもその内諦めているに違いない。そう思うと胸がずきりと痛んだ。
だが彼がいなくとも今回はそれだけが目的ではない。純粋に周りの雰囲気を楽しもうと思っている。
そうワインのグラスをもう一度傾けた時だ。

「やあ、レディー」

「っ、レッド?」

その時の私は一瞬の内に沈んだ顔を笑顔に変え、あの日の巧みな彼のように体を後ろへねじ曲げた。

「…じゃ、ない」

しかしそれは期待を遥かに下回る人物であった。
赤いキャップも被っていないし、服装も乱れていない。ただ灰色のスーツを着て、髪をリーゼント調にまとめたぼんぼんのような輩だった。
男は「レッド?俺の知り合いにもそんな名前の奴いるよ」と腹立たしい笑みを浮かべながら私の隣に座り、カウンターに肘をついてこちらに体を向けてきた。

「俺はグレー。君は?」

「どうして名前を言わなくちゃいけないの?」

「ただ君のことが知りたいだけさ。いいだろう?」

グレーと名乗った男はにやっと歯を見せてウインクをした。
今すぐその顔に拳を食らわせたいところだが抑え、私はこれ以上無視を決め込んで最後の一口を飲み干した。

「おいおい、無視しないでくれよ」

「…」

「もしかして俺のセクシーな見た目に欲情して声が出せない?」

「っ…黙って。あんたと仲良くする気なんてないわ」

「へえ、随分と反抗的じゃないか。良いねえ…」

「やっ、ちょっと!」

グレーが体を乗り出し、立ち上がると同時に私を椅子ごと壁に閉じ込める。端の席を好む私を恨んでも仕方ないが、今はそうしたかった。
気付けば片手で両手をまとめて壁に押さえつけられ、グレーの気取った顔が接近してきていた。

「いや、離して」

「大丈夫さ、人混みに紛れてバレやしないよ」

「いやっ!」

首筋を舌が這い、そこを中心にぞわりと体がうずく。グレーの体が密着し、空いていた手が肩、腰、太ももへと滑らかに滑り、ガーターベルトを伝ってスカートの中へ侵入してくる。内股に脚を閉じるも手は下着の紐を掻き分け尻を弄ってきた。
グレーは私の体を味わうように舌を徐々に上へ移動させ、私は初めて味わう恐怖から指一本動かせず固まっていた。
生暖かい塊が頬を、顎を、そして最後に下唇を陵辱した時、とうとう私は硬く目を閉じた。

しかし結果は思っていたよりも私の心を不愉快に満たした。というより、意外性から安堵することすら忘れていたのである。
恐る恐る開いた視界にグレーはいなかった。腕と下半身にまわされた感触も無かった。

視野を広げようとした時、ふいに何か肉を殴るような重たい音が重低音に紛れて聞こえた。続いて女性の悲鳴と、決して娯楽的ではない騒ぎ声。
ようやくその出所を発見した頃にはグレーは周りに少量の血痕を散らし倒れていて、傍らで彼を無関心に見下ろす青い男が一人、さらにその周りを囲む人々がいた。

唖然としてその様を眺める私に青い男が気付くと、深く被った帽子をさらに鼻先まで下げながら足早にこちらへ近付き、私の腕を掴んだ。
え、何、と言う間にそのまま腕を引かれ、自然と道を開く野次馬を通り抜けていきながら、男は私を扉を隔てた先、ホール外の真っ白な通路へ連れ去った。

「あの、助けてくれてありがとう…でもあなた誰?」

白い壁に背中をよりかけスカートを整える私に男は無言で帽子を取った。
現れた顔は無表情ながらもまだ収まりきらない憤怒を匂わせており、見覚えのあるものだったが、青い服がその確証を払い去った。

「あんたが俺を覚えていなくとも俺はあんたを覚えてる、エマ」

薄い唇を動かして男は言う。
その声色を伺った後、私の確信はまだ不安ながらもただ一言

「…レッド?」

欲していた彼の名を呟かせた。
男は途端に顔を緩ませ、小さく頷いた。
私も同様、目の中に星が溜まり、口元が徐々に笑んでいくのを感じた。そして短く笑い、嬉々としてレッドの首もとに腕をまわし抱きついた。レッドも確かめるように私の髪をなで上げる。

「じゃあ本当に、レッドなのね?」

「そうだ」

「だけどどうしてそんな格好してるのよ?」

「店でジッとしているとよく女の子達が誘ってくるんだよ。俺はここの常連だし、その、エマが来る直前まで女漁りに励んでいたからさ。だからなるべく目立たず地味な格好でエマを待ってなくちゃならなかった」

「もう充分目立つようになったみたいだけどね?」

レッドの鼻先についた血痕を指でぬぐい去ってやると、レッドは苦く笑った。

「エマは逆に凄く目立つ格好で来たみたいだな」

「そう言ってもここの子達と同じよ」

「俺はすぐエマってわかったぜ」

どんな格好だろうとエマはエマだ。レッドの腕が私の顔横に置かれ、額と額が触れ合う。
大胆な行動に相変わらず慣れない私の体はすぐに火照り、レッドの吐息が欲するように唇を愛撫すれば背中を電気が走った。不快感ではなく、同様の愛情から。

「ここに来たってことは答えをくれるってことだよな?」

「ええ、それが大元よ」

「聞かせてくれ」

レッドの瞳が不安と期待に染まる。

「もしも私が網にかけた大量の小魚の内の一人じゃないなら」

こっちにするわ。期待に応え、今回の私は目を瞑ることを選んだ。

レッドは間髪入れず私の頬を両手で持ち上げ、硬い唇を深く重ねてきた。初めてにもかかわらず舌が割入られ、しかし私もまたそれを待っていたかのように絡ませた。
互いの酒の味が混じり合い、唇を離す度に酸素を与え、貪るような口づけはしばらくしてどちらからともなく収まっていた。

「これでエマは俺のものだね」

「あなたも私のものよ」

「私のもの、か…良いね、興奮する」

レッドの腕が腰へまわされ、火照った体に冷たい指が這う。しかし私はその腕を掴み、ここではダメ、と彼の顔を見上げた。レッドは口角を上げ、そのまま私を再びホール内へ連れ戻させた。
ちらほらと怯えた目で見てくる人々とは対照的に私達は笑っていた。
ワイン二つ、とカウンターの椅子に腰掛けながら注文するレッド。マスターは先ほどの事があったにも関わらず顔色一つ変えず酒を注ぎ、それぞれの目の前にグラスを置く。

「これを飲んだら、すぐに店を出て俺のアパートに行こう。いいだろ?」

ゆらゆらとグラスを軽くまわすレッドに、私はええと返した。

「君の瞳に」

「今までで最低の口説き文句ね」

笑いあいながら呑んだそのワインはあの日と同じ味だった。

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