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トランスフォーマープライム


放課後の鐘が鳴り、校舎から続々と生徒が帰宅していく。友人と一緒に校舎の扉を出て来たエマは、階段を少し降りた所で立ち止まると「ねえ」と後ろを振り向いて友人を呼び止めた。

「今日、これからあなたの家で勉強会しない?」
「ごめん。今日は予定があるの」

エマの誘いを友人は申し訳なさそうに断る。しかしエマは一瞬辺りを警戒すると、頼み事をするように両手を顔の前で勢いよく合わせた。

「お願い、一時間だけでいいの。家がだめなら近くのカフェとか」
「悪いけど今日はちょっと……それにエマの親って門限に厳しいんでしょ? いつも放課後はお兄さんが迎えに来てるじゃない」
「お兄ちゃんは今日来ないよ。親も仕事が忙しくて遅くまで帰ってこないんだ。だから家には私一人しかいなくて。ねえ、本当に一時間もだめなの?」

エマはずいっと体を乗り出して粘り強く交渉を続けてくる。
友人はやけにしつこく訊ねてくるエマに困惑しつつ、視線を泳がせて口ごもった。

「まあ、だめじゃあ無いけどさ……」
「本当? よかった! じゃあ今すぐ――」

あまりのしつこさにとうとう友人も折れて、渋々エマの願いを承諾する。それを聞いたエマは顔色を明るくさせて友人の手を引いた。
しかしエマが喜ぶのもつかの間、校舎を去ろうとした彼女の背後から大きなエンジン音が近付いてくる。先にそれに気付いた友人は、エマの背後にあるものに視線を映すとそこへ指をさした。

「なんだ。お兄さん来てるじゃん」

え、と友人の言葉に思わずエマは呟く。彼女に示されるがままエマはゆっくりと背後を振り向いた。そこにあった物を視界に捉えた瞬間、エマの背筋に冷や汗が伝った。
校舎を出たすぐ目の前の道路には、いつの間にか先程までは無かった真っ赤なスポーツカーが停車していた。車はアイドリング状態のまま、心地よいエンジン音を吹かしている。ピカピカに磨かれた車体から強烈な視線を感じられた。
エマはばつの悪い表情になると友人に顔を戻した。

「あ、あれは違う人の車。きっとシエラの彼氏か何かでしょ」

ははは、とエマは乾いた笑い声をあげる。友人はそんな彼女に片方の眉を上げた。

「あれがうちのお兄ちゃんだなんて絶対あり得ないから。言い忘れてたけどお兄ちゃんは今仕事で遠くに行ってて――」

エマが言葉を言い終える前に、ププ、と車からクラクションが鳴らされる。

「エマ。お父さんが待ってるぞ。早く車に乗れ」

車から男の声が名指しでエマを呼ぶ。それを聞いた友人は更に疑いの目を強くしてエマを見てきた。
これ以上言い訳のしようがないと悟ったエマは静かにため息を吐いた。

「じゃあまた明日、学校でね……」

エマは心底残念そうに友人に別れを告げると、とぼとぼと車の方へ向かっていった。
助手席へ乗り込み、エマはフロントガラスから助けを求めるような目で友人を見つめる。しかし彼女の期待も空しく、車は大きなエンジン音を響かせてすぐに発進した。

「エマのお兄さんって、本当にいい趣味してるわね……」

颯爽と走り去っていった車を見送りながら友人は呟く。こんな田舎町でもあれほど格好いいスポーツカーを走らせているなんて一体どんな人物なのだろう、と彼女は密かに気になっているのであった。

「おかえりなさい。学校は楽しかったですか?」

走る車両の中で男はエマに話しかける。しかし運転席には誰もいない。まるで幽霊が操作しているかのようにハンドルが勝手に動いているだけだ。肝心の声はハンドル脇の車内ラジオから発せられていた。
助手席で腕を組んだエマはそのラジオを横目で睨み付けた。

「メディックノックアウト、そんなこと聞いて楽しいの?」
「おや。少々馴れ馴れしかったかな?」
「言っておくけど私はディセプティコンの事なんて信用してないから。あいつの命令に従ってやっているだけなのは知ってるのよ」
「おお怖い。私はただあなたと仲良くしたいだけなのですがね」

言葉とは裏腹にメディックノックアウトという名の男はくすくすと笑う。エマを嘲笑しているのだろう。彼にとってエマは牙を出した子犬同然なのだ。
エマはノックアウトの反応を苛立たしく思いながら窓の外を見た。段々と周りから建物が無くなり、車は荒野の只中を走る。いつもは大体十五分程で目的地に着くが、その十五分間がエマにとっては最も憂鬱な時間だ。
エマを乗せたこの無人車はトランスフォーマーと呼ばれるエイリアンで、数年前に遠いサイバトロン星から地球へとやって来た。
トランスフォーマーはさまざまな乗り物に変形することのできる超ロボット生命体だ。赤いスポーツカーにトランスフォームした彼の名はメディックノックアウト。そして彼の所属している組織はディセプティコンと呼ばれている。残念ながら決して人類に友好的とは言えない連中だ。
数日前、ディセプティコンはとある人間の男を捕らえた。彼は腕の立つ科学者で、特に軍の科学技術に精通していた。ディセプティコンはそこに目をつけたのだ。彼らは男を拉致すると自分達の戦艦に監禁し、ディセプティコンのためにその科学技術を使わせようと働かせた。男には一人娘がいた。男はディセプティコンに協力する代わりに娘だけは自由にするよう、彼らのリーダーであるメガトロンに懇願した。しかしメガトロンは冷酷ゆえに男の弱みを巧みに利用し、彼らに協力しなければ娘を殺すと脅した。そして娘が自由に出来るのは学校に通っている間だけにしたのだ。放課後になるとメガトロンの部下は学校へ娘を迎えに行き、そのまま父親のいる戦艦へ連れ去る。その娘こそエマであり、彼女を迎えに行く役目に選ばれたのがメディックノックアウトであった。ディセプティコンの中でも人間に興味があるのは彼だけだからだ。戦艦へのグランドブリッジは規定の合流地点で開かれるため、目的地へ着くまでに十五分間は彼と二人きりにされると言うわけだ。
車内はしばらく無言だった。ノックアウトはサイドミラーを内側に動かしてエマの顔色を伺った。椅子に深く腰掛けて窓の外の景色を退屈そうに眺めている。そんな彼女の様子を見てノックアウトはふと思い立った。

「エマ、今日は少し寄り道でもしませんか」
「え? でもバレたらメガトロンがお父さんに何をするか……」
「エネルゴン信号の調査と言えばメガトロン様も怪しまないでしょう。それに十分程到着が遅れるだけですよ」
「何を考えているの?」

ノックアウトの目的が分からずエマは怪訝そうな目で問いかける。そんな彼女にノックアウトは含み笑った。

「毎日学校と戦艦を往復するだけでは窮屈でしょう? たまには外の空気も吸わなくてはね」

ノックアウトの言葉を聞いてもエマはまだ彼が何を言っているのか理解できていない。
「とにかく私に任せてください」そう言ってノックアウトは少しスピードを上げた。
辺りは渓谷が多くなってきた。しばらくして山道に差し掛かる。
ノックアウトは殆ど塗装されてない道を走る。石ころがタイヤに当たって車内はガタガタと揺れた。エマはシートベルトに捕まりながら揺れに耐えていた。
やがて渓谷の頂上につき、ノックアウトは車を止めた。

「さあ着きましたよ」
「う……ちょっと気持ち悪い」
「吐くならどうか外で。とにかく車から降りてください」

青くなった顔で口元を抑えながらエマはよろよろと車を降りる。
ノックアウトはトランスフォームを解除して本来のヒト型の姿になった。
「こっちです」そう言ってノックアウトはゆっくり歩き出す。その後ろをエマはまだ口元を抑えたまま付いていった。
頂上は石ころしか無いようなまっさらな場所だった。かなり高所で、下までは優に数十メートルはあるだろう。
先頭を行くノックアウトの足が止まる。彼はそのまま前方を手で差し示してエマにその先へ行くよう指示した。
エマはノックアウトの前まで出る。暗く俯いた顔を上げて目の前の景色を見た途端、彼女は思わず目を見開いていた。口元を抑えた手がスルリと下に落ちる。
そこには夕陽に赤く染まる渓谷の姿があった。広大なグランドキャニオンを所々影が覆い、岩肌の凹凸を濃いコントラストで彩っている。空は夕陽と同じオレンジ色をして、よく晴れた空に少し掛かる雲はそれより少し明るい色に染まっていた。
わあ、とエマの口からは自然とそんな声が漏れた。気付けばさっきまでの気持ち悪さが嘘のように無くなっていた。
いつも見てきた景色のはずなのに、見る場所が違うだけでこんなに美しく見えるなんて。エマは素直に感銘を受けた。
ノックアウトは微笑みながら腕を組み、隣からエマの様子を伺っている。感想を待っているのだ。

「すごい。これ、すごくきれいだね、メディックノックアウト」
「そうでしょう。任務の合間に私も時々ここへ夕陽を見に来るのですよ」
「あなたは……他のディセプティコンとは違うんだね」
「私はディセプティコンですよ」

当たり前のように言ったノックアウトにエマは首を横に振る。

「そう言う事じゃないよ。他の奴らは私とお父さんに酷い事をするけど、あなたは違う。なんだかちょっと……親近感がある。それがあなたの策略だとしても」
「ふふふ。私は邪な事は何も考えていませんよ。ただ人間に興味があるんです」

ノックアウトは片膝を曲げて屈み、エマへずいっと顔を近付ける。
「特にあなたにね、エマ」そして怪しく笑みながらそう囁いた。その美しい顔から光る二つの赤い瞳に見つめられ、一瞬だけエマの心臓はどきりと高鳴った。

「ど、どういう意味なの」
「どういうもなにもそのままの意味ですよ」

率直で、だけどまだ何か含ませているような事を言ったノックアウト。
しばらく二人はそのまま見つめ合っていた。しかし段々とエマの方から落ち着かない様子を見せ始め、最終的に彼女はノックアウトからそっぽを向いた。
エマにとってディセプティコンは皆同じだ。冷徹で残忍で、自分達のみならずすべての人間にとって驚異になる存在。
しかしノックアウトだけはどこか彼らとは違う側面を持っている。冷徹な所は変わらないがそれだけでなくどこか親しみある雰囲気も感じられた。
エマはそれまでディセプティコンのメンバー全員を残酷な殺人鬼の集団だと思っていたため、ノックアウトの存在は意外だった。彼らの中で唯一ノックアウトだけは自分たちに優しく接してくれていると言えるのだ。
今日迎えに来たときにノックアウトがエマと仲良くしたいと言っていた事を思い出す。そのときは自分を惑わせているだけだと思っていたが、改めて考えると彼の言葉はあながち間違いではないのかもしれないと思えてきた。エマの中でノックアウトに対する印象が少しだけ変化しつつあった。
「時間です」突然そう言ったノックアウトは車にトランスフォームすると助手席の扉を開けた。「そろそろ戻らないとメガトロン様に叱られてしまいます」
エマは頷いて助手席に乗り込んだ。
車は再び荒野を走る。ノックアウトが付けてくれたラジオからは穏やかな音楽が流れていた。
エマはチラチラとラジオに視線をやると何か喋りたそうに口ごもる。
「あのさ」やがて勇気を出して彼女はノックアウトに声をかけた。

「今日は、その……あ、ありがとう」
「どういたしまして。いい気晴らしになったでしょう?」
「うん」
「また時間がある日には時々外へ連れ出してあげますよ。但しこの事はメガトロン様や他の連中には内緒にしてくださいね」
「……うん」

エマは静かに頷く。彼女の顔はどこか嬉しそうに微笑んでいた。
夕陽に照らされた荒野を車は走る。エマはいつもよりも車内にいる時間が心地よく感じられるのだった。

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