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Adventure Time



突如夜中にバブルガムの城の戸口を叩いてきたのはエマだった。
外の雨にうたれ、扉の先のエマは全身が雨水に濡れていた。
急いでバブルガムは眠い頭を覚ましてエマをバスルームへ連れて行き、嫌な予感から服を脱がせた。しかし彼女のドレスを腹までたくしあげた時、バブルガムの手が止まった。
膝を落としたバブルガムが顔を上げてエマを見ると、彼女は顔をそらしていた。

「痣が…増えてるじゃないの」

バブルガムの声は震えていた。
エマは今にも泣きそうな顔のままかたく目を瞑って何も答えない。
しかしバブルガムはエマに痣をつけた人物がすぐに思い当たった。

「レモングラブね」

エマの顔がぴくりと震える。
それでもエマは首を横に振った。

「隠しても無駄よ、前も彼だったんでしょ」

「…違うわ」

「ねえ、お母さんに話してごらんなさい」

バブルガムはエマの腕をなで下ろしながら、極力柔らかい口調で言った。
エマは細く目を開けて、バブルガムではないどこかを眺めていた。そして「ねえ」とバブルガムが再び腕を撫でた時、とうとうエマは顔を歪め、大粒の涙を流した。
それを見てバブルガムは瞬時に悟った。
途端、バブルガムの目に怒りの炎が灯る。発火原因は言わずもがなレモングラブだった。

エマはレモングラブのために、バブルガムによって作られた。
后が欲しい。レモングラブの愛らしい要望に、彼の生みの親であるバブルガムは快く了承した。バブルガムとしてもレモングラブに女を与えてやりたいのは事実だったからだ。
エマを与えられたレモングラブはバブルガムがかつて見ない程に喜び、彼女に感謝した。后を連れて国へ帰って行くレモングラブを、バブルガムは彼の姿が見えなくなるまで見送っていた。母としてバブルガムは歓喜した。
しかし、最初にエマがバブルガムのもとへ戻ってきたのはそれから三日後の事だった。彼女が見せてきた薄黄色の腕に、不釣り合いな青い痣が何ヶ所かにできていた。

「どうしたの」

バブルガムはエマに問いかけた。
しかしエマはただ苦く微笑みながら。

「階段から落ちてしまったの。痛みが収まらないから骨が折れてないか見てくれないかしら」

そう弱々しい声で告げた。
結局骨折は見られず、その日はエマを国まで送り届けたが、それからエマは一週間に一度バブルガムのもとへ来るようになった。転んで痛みが収まらない、よそ見して目をぶつけてから視界がぼやける…そんな口実を上げて顔や体中についた痣を連れながら。
バブルガムは薄々感づいていた。エマはレモングラブからDV行為を受けているのではないか。レモングラブとは関係ない口実で密かに私に助けを求めているのではないか。
しかしその事を本人にきいてみても「違うわ」の一点張りだった。バブルガムは一度レモングラブの王国へ行って彼を問いただそうかとさえ思ったが、エマの秘密のSOSコールを踏みにじる行為になるためできなかった。

だが今夜、バブルガムは確信付いた。
自分の娘へ容赦ない暴力を振るうレモングラブに、バブルガムはたとえ彼が息子であったとしても強い殺意を抱いた。それは急激に膨らみを増し、バブルガムにバスルームの壁を殴らせた。もはや痛みも感じない。

「お母さん」

涙混じりの声でエマがバブルガムを呼んだ。
はっとして顔を上げれば、次々に透明な涙を流すエマがバブルガムを見下ろしていた。
バブルガムはその瞳にどこか深くどろどろとした暗黒を感じた。レモングラブと初めて対面した、あの日の純粋な愛に満ちたものではない。

「彼は悪くないの。ただ寂しいだけなのよ」

「寂しい?寂しければあなたに暴力を振るっても良いの?」

「暴力じゃないわ!」

突然怒鳴りだしたエマにバブルガムは一瞬怯んだ。

「この痣は彼からのSOSコールなのよ。こんなに沢山、彼は私に助けを求めているの…」

「エマ、でもこのままじゃ…」

「それに、彼は叩いてきた日は必ず私を抱いてくれるの。ごめんなさい、なんて何度も痣を撫でながら私を叩いた分だけ愛してくれるのよ」

それから、それから…。エマは定まらない目でバブルガムに語った。
しかしそれはまさにDV被害者の言う言葉そのものだった。
エマの語りを唖然と聞くバブルガムは思わず耳を塞ぎたくなった。エマの声は恐怖と狂気に震え、生々しい体験談を淡々とバブルガムに投げかけていった。
バブルガムはいつの間にか涙を流していた。自分の娘のこんな姿は見たくなかった。

彼を救えるのは私だけ。彼を愛せるのも私だけなのよ。
そう言ったエマは確信付いていない、がむしゃらに信じようとする心でその言葉にしがみついていた。
しかし外から馬の足音が近づいて来た時、エマの体が確かに一波震えた。それに気付いたバブルガムはとっさに掛けてあったバスタオルでエマを掻き抱くと、急いで寝室へと向かっていった。
お母さん、怖い。自制の鎖を食いちぎり、やっと絞り出されたエマの言葉はバブルガムの耳にしがみついて離れなかった。

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