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Adventure Time
イヤッ、ヤー!。ウー大陸の広大な草原に雄叫びが響き渡る。
一聞するとたくましい勇者が発するそれと何ら変わりないが、よくよく聞けばまだどこか声変わりを済ませていない少年が残っている。その発生源は、今まさにミノタウロスに飛びかかったフィンだ。
「フィン、助けて!」
ミノタウロスの腕の中、必死にフィンへ手を伸ばすエマが叫び声をあげた。
フィンはいつミノタウロスが彼女を握りつぶすか冷や汗を浮かべながら、茶色い体毛に覆われた広い背中を駆け上っていく。そして頭頂で二本の角の内一本にフィンが掴まったのを確認し、今度はすかさずフィンの愛犬ジェイクがミノタウロスの腹に頭突きを食らわせる。
しかしその衝撃でミノタウロスは後ろへブリッジのように体を傾け、フィンも頭から足を滑らせて片手で角にぶら下がる形になった。
「ジェイク!わき腹だって言っただろ」
「すまねえ、ミノタウロスが俺の方に体を向けるのを止めないからよう」
「なら僕が引きつけるまで待ってた方が良かったじゃないか!」
「なんだと、そんなの待ってられっか!……って、おい、フィン!」
フィンとジェイクのささいな言い争いが幕を開けそうになった所を、ジェイクが指を指した事で止めさせた。
フィンがその指先に何があるのか目線を移動させると、ミノタウロスが先程の体制のまま角にぶら下がったフィンに手を伸ばし、掴み取ろうとしている。だが幸いに、ミノタウロスが拳を握ったと同時にフィンは軽く弧を描きながらぶら下がっていた角の上に飛び乗ると、落とさずにしっかり握りしめていた剣を両手で頭上にかかげ。
「イヤーッ!」
ぶすり。ミノタウロスのこめかみに深く突き刺した。
途端にミノタウロスは苦痛の声を絞り出し、エマを空に放り投げた。
フィ―――ン!。エマの絶望的な叫び声が響き渡る。
「今行くよエマー!」
こめかみに剣の刺さったミノタウロスから地面に飛び降り、急いでフィンは空を泳ぐエマを追いかける。しかしフィンの脚では、どんどん彼女と距離ができるばかりだ。
するとフィンの後ろから四つん這いになったジェイクが走り寄ってきた。
「フィン、お前じゃ間に合わねえ!早く俺の背中に乗るんだ」
「サンキュー、ジェイク!」
フィンが背中に飛び乗ったと同時にジェイクの体が数倍大きく膨らんだ。そのままぐにゃりと形を変え、ジェイクは華奢なユニコーンに化ける。
おかげでエマとの距離はみるみるうち、立ち上がれば脚を掴めそうなところまで縮んだ。しかし丁度そうしようとした時、フィンの顔は再び焦りに染まった。
エマが降下し始めたのだ。重量に従い、着々と。
「ジェイク、もっと早く!」
「む、無理だ、フィン。これ以上は上げられねえ!」
「でもエマが…!」
エマから目を離さず、文字通り頭を抱えて嘆くフィン。
エマはもうジェイクの首の根元程の高さにまで降下していた。空中で何もできないエマはもはや胸の前で指を組み、神に祈るばかりだ。
その祈りが届いたのか否か。フィンはとっさに顔を上げると、決心がついたと言うように顔を強ばらせた。そしてユニコーンになったジェイクの首をよじ登り、頭に両脚をつけて落下しないよう踏ん張る。
「フィン、何する気だ?」
「ここから飛び降りてエマを受け止める」
何だって!?。ジェイクがあんぐりと口を開ける。
しかしフィンは真剣な顔をやめない。腰を少し曲げ、脚に力を入れている。
さすがのお前でもそれは死んじまうぞ。そう言おうとしたが、その前にフィンはジェイクの頭から飛び降りた。
「フィ―――ン!」
「エマー!」
ジェイクはフィンの名を叫んだが、フィンはエマの名を叫んでいた。
フィンの体はエマに向かって降下しながらも一直線に向かっていく。
そしてとうとう、フィンの両腕がエマの体に抱きついた。その柔らかい体に触れた時、フィンは今まで味わった中で最高の喜びを覚えた。
しかしもう二人と地面の距離は一メートルと無い。すかさずフィンは空中で体を回転させ、エマを上に、自身を下にさせる。
エマ!。失いたくない存在の名を心の中で叫び、フィンは地面に跳ねた。
二回、三回と増えるにつれその合間は短くなり、最終的にフィンの背中は地面にこすれ、軽く掘り起こした跡を引いていく。
落下場所である丘を坂まで引きずられ、フィンはエマをぎゅっと抱きしめたまま坂を転がり降り、平らな草原をしばらくいったところで二人はようやく止まった。
既に意識を失ったエマの体がフィンの上にぐったり沈む。フィンのエマを抱く腕も、力なく芝生に落ちた。
「あ…うぅ…エマ…」
かたく閉じられていたフィンの真っ黒な視界に、雲が流れる空の線が細く引かれる。それは徐々にぼやを強くして、また真っ黒に戻った。
そこでフィンの意識は途切れた。
次にフィンの視界に映ったのは、ツリーハウスの天井だった。茶色い木が窓からさす夕日でオレンジに輝いている。どうやらベッドに運ばれたらしい。
まだ襲う鈍い痛みに唸り声を上げながら、ゆっくりとフィンは体を起こす。自分の家にいる事がフィンに唯一安堵感を与えた。
しかし周りを見渡した時、フィンは目を見開いた。エマとジェイクがいない!
急いでフィンはベッドから飛び上がろうとするが、体中が痛くてとてもそんなことはできなかった。たまらずベッドにうずくまる。
その時、下へと続く階段から黄色い脚が伸びてきた。続いて胴体が引っ張られ、片手にスープの入った皿、もう片手にスプーンを持ったジェイクが現れた。
「ジェイク…うぅ…」
「ようフィン。調子はどうだ?」
床に脚を下ろしてベッドに座ったフィンのもとへ、ジェイクは心配の色が無さそうな声で近づいていった。
最高な気分、とそれにフィンは弱々しく笑って答える。そいつはよかった、とジェイク。
「エマがお前に飯を作ったぞ」
「わあ、この豆スープをエマが?凄い!」
「あ?いや違ぇ、これは俺の飯だ」
甘い期待に伸ばしたフィンの腕から、ジェイクは豆スープを遠ざけた。
それに缶詰めだしな。ジェイクはスプーンでスープと豆を掬い取って口に入れ、くちゃくちゃと噛みながら言った。
なあんだ、と落胆するフィン。豆スープは好物だったため、余計に気持ちが沈む。
「あらフィン、起きてたの」
そこへまた一人、食べ物の入った小包を持った人物が上がってきた。
その姿をとらえた途端、フィンの瞳に潤いが増す。
「エマ!」
とっさにベッドから腰を上げてエマのもとへ向かおうとしたフィンだったが、やはりすぐに痛みが襲い、再びベッドに座りこんだ。
心配したエマがフィンに駆け寄り、ふらつく体をジェイクと共に支える。ベッドへ横たわらせようとしたが、フィンは手をのけて拒んだ。
「フィン、私を抱きしめて衝撃から守ってくれたんでしょ?ありがとう」
「死ななかったけど体ボロボロにして、本当お前は無茶するよな」
「エマを守れるなら僕は何だってするよ」
フィンがエマに笑みを見せる。
エマは応えるように微笑みながら、自分を守った代償として包帯をまかれたフィンの体を痛々しく見ていた。そのままエマは無表情でフィンの前に膝をつく。手を伸ばし、エマの細い指先がフィンの胸に触れた。
「エマ?」
気付いたフィンの頬が淡いピンク色に染まる。
エマはかまわず手を左右に動かし、包帯の質感を確かめていた。愛おしむように。
何かを察したのか、空の皿を頭に乗せたジェイクは両手を頬に当てて驚いた顔をすると、そのまま後退して二階から去っていった。
「ごめんなさい」
静まり返った寝室に、ぽつりと聞こえたエマの声。
え?、と首を傾げたフィンにエマはフィンの胸元を見ながら続ける。
「私のせいで、あなたの体がこんな…酷いことになってしまった」
「エマのせいじゃないよ!僕の体がもろすぎたんだ」
「だけど、私がミノタウロスから逃げていれば…」
「エマ」
自分の失態を責めるエマにフィンは名前を呼ぶことで歯止めをきかせた。
エマの両頬に手を添え、フィンは彼女の顔を上げさせる。口を少し開けたまま、今度はエマが頬を赤らめる番だった。
そんなエマへフィンは静かに言う。
「僕は君のナイトだよ」
「私の…?」
「そうさ。命をかけて君を守るのが仕事。だからこうして包帯ぐるぐる巻きになって君に看病されるのも、それはまた君を守れた証なんだ」
「でも、痛いでしょう?」
エマが俯き、フィンの腕を撫でる。
しかしフィンはエマの言葉に笑い声をもらすと、もう一度顔を上げさせて、優しく言った。
「エマ、愛は痛くて当たり前なんだよ」
フィンの手がそっと離れていく。それがなくともエマは顔を上げたままでいた。
夕日に照らされながら、二人はしばし互いに見つめ合っていた。
「フィン…キスしてもいいかしら」
先に声を出したのはエマだった。
フィンの帽子をなでおろし、エマは少し恥ずかしそうに囁いた。
もちろん、フィンの答えはイエスだ。
「愛してる、僕のプリンセス」
抱擁して、フィンは目を閉じたエマに顔を近付けた。
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