その他
Homestuck
「最悪!」
ユメが叫ぶ。
放り出したカードは床へ不規則に散らばっていった。
「何でいつも負けてばっかりなのよ!」
丸めた両膝で頬杖をつき、 ユメはぷりぷりと頬を膨らませた。
何でだろうね。彼女と向かい合ったタヴロスが言う。しかめっ面なユメとは対照的に、タヴロスの表情は笑んでいる。それがよりいっそうユメの悔しさをつのらさせた。
「タヴロスったら、ちっとも手加減しないんだから」
「だってそしたら、君に悪いだろ」
「私を負かす方が悪いわ」
「そ、そうか……ごめん」
ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向くユメ。
そんな彼女へ申し訳なさそうにタヴロスは俯いた。せっかく得た勝利の余韻を、カードを指でもてあそんで浪費した。
しかしすぐにユメはタヴロスの顔色を伺うと、慌てて両手を振り、狼狽した。
「あ、ご、ごめんね。タヴロスが勝つのはあたりまえね、だってあなた本当にカードゲームが上手だもの」
「ありがとう」
ユメの言葉にタヴロスは顔をあげ、薄茶色に彩られた頬を見せた。自分の得意分野を褒められると、タヴロスはさらに嬉しかった。
床に散乱したカードを拾いながら、ユメはタヴロスに尋ねる。
「ねえ、どうしてそんなに強いの?」
「まあ……」
タヴロスは組んだ脚を直し、続ける。
「一番は、もうずっと遊んでいるからかな。大好きなんだ、このゲーム」
「でしょうね。あなたくらいよ、私と一緒にこのゲームで遊んでくれるモイレイルは」
「それから、これは内緒なんだけど」
ユメに顔を近づけながら辺りをキョロキョロと確認し、タヴロスは片手で口を覆い、囁いた。
「僕にはルフィオーがついてるからね」
「ルフィオー?」
ユメはその聞き慣れない名前に片方の眉毛を上げた。トロールにしては響きが珍しい。東のトロールだろうか。
そう、ルフィオー。タヴロスは頷いた。
「あなたの友達?」
「一番のモイレイルさ。彼は強くて、賢くて、勇敢で、それにすごく優しいんだ」
でも他の友達と一つ違うところは、とタヴロスは人差し指を突き出し。
「彼は僕の頭の中にいるってこと」
その指で自分の頭を指した。
ユメの表情が明るくなる。
「イマジナリー・フレンドね!」
うん、とタヴロスは頷く。しかしその目はユメの反応を伺っていた。
もちろん、ユメはタヴロスを軽蔑することはなかった。しかし特別興味があるわけでもなかった。タヴロスの空想を抱く少年的性格についてはわかっていたし、ユメはルフィオーのことも、一応タヴロスの話にあわせてあげよう、くらいにしか思わなかった。
すてきだわ、とだけ笑んでユメは再びカードを拾い始めた。
一方タヴロスはユメに安心したこともあり、つい口を弾ませた。現実の友達を紹介するのと全く同じように、タヴロスはルフィオーの話を聞かせた。
「ルフィオーってさ……」
タヴロスが息継ぎをした何度目かに、ふいにユメが声をあげた。カードを拾い終わり、彼女は再び頬杖をついて柔らかく笑みを浮かべていた。
「もしかしたら、タヴロスの強さの象徴かもね」
「どういうこと?」
「ほら、あなたが言うに、ルフィオーが側にいるとタヴロスは自信がつくんでしょ。それってつまり、ルフィオー事態があなたの強い心、勇気なのよ」
タヴロスは少し考えてみたが、返事は否定的だった。ジョークを聞いたように、はにかみながら首を振った。
「違うと思う」
「違う?」
「うん。ルフィオーが本当に僕の勇気なら、なら、僕は」
途端に口をつぐんだタヴロスを、ユメは怪訝そうに見つめた。
僅かだが、タヴロスの頬が恥じらいで茶色くなっている。
タヴロス。ユメが名前を呼ぶと、やっとタヴロスはハッとして、慌てて続けた。
「まあ、その、ほら、ヴリスカに虐められていないはずだろ」
「あはは、それもそうだわ」
ユメは大きく笑う。
タヴロスの顔は少し困ったようでいたが、ユメにその意味を理解することはできなかった。
「ねえ、だけど、ヴリスカに何か酷いことされたら、私に教えて。私なら多分、タヴロスの勇気になれるかもしれないから。潜在的なものでなくて、ね」
「うん、ありがとうユメ。現実の友達だったら、君が一番だ」
眉を下げてはいるが、タヴロスは弱く笑んだ。ユメもまた、タヴロスよりは素直な笑顔を作った。
「ねえ、もう一戦しましょうよ。今度は負けないわ」
タヴロスを励ます目的も含め、ユメはできるだけ明るい声色で言った。
いいよ、今度は君が先攻だ。すぐにタヴロスが返す。
それを聞いてから、ユメは先ほど使って散らかった場の整理を始めた。
ユメを眺めながら、タヴロスは密かに後悔していた。
頭の中で、まだ言えなかったあの言葉が何度も反響している。
ほら、やっぱりルフィオーは僕の勇気じゃないよ。タヴロスは思う。だって僕は君に「好き」の一言もまだ言えないんだ。
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