その他
クトゥルフ神話
「二グラス様」
控えめな声と共に丸い瞳が見上げてくる。
それに私は最高の微笑みを浮かべて応じた。
「なあに?」
「いえ、ただ…あなたが酷く愛おしいのです」
「あら、ユメはいつからそんなに甘えん坊になっちゃったのかしらねえ」
「ずっと、ずっと、ずうっと前からですよ」
そう言いながら体毛の中に沈みかけてきたユメの顔は、酷く恍惚に満ちていた。
私も毛を波打たせ、彼女を受け入れる。
この幼い仔山羊は、いつも私の母性本能をくすぐってくるのだ。
するといつからともなく興奮した私の口から、つい粘液が垂れて伝う。
しかしユメはそれさえも愛母のように、優しく丹念に舐めとろうとしてきた。
「いい子」
ユメの舌が粘液にそってゆっくり、ゆっくりと体を這っていく。それはそれは、まるで私の体を味わっていくように。
そして唇までたどり着くと、私達は口付けを交わした。もはや私の頭には夫への罪悪感よりも、ユメと禁断の地を共に踏んだ興奮しかなかった。
「んっ…」
「怖がらないで」
あいまってユメの舌を絡め取る。口内はすでに二人の唾液が交りあっていた。
しかしそれだけではどうにも満足できず、私はユメにさらなる一線を求めようとしたが―
「っ…それはっ、ダメです!」
―良いところで耐えかねたユメが体を離す。
「あら、残念」
そう意地悪く笑うと、ユメは不機嫌そうに頬を膨らました。
ああ、なんて幼児的で可愛らしいのだろう。私の子供達にすらこんな感情を抱かなかったのに。
「もう、そんなに拗ねないでよ」
「二グラス様がそうさせたんでしょ」
「ふふ…でも私、ユメの怒った顔も好きよ」
「えっ…!」
先ほどまでとは一変、ユメの顔が熱を帯びる。
その表情にはどこか少年のようなものがあった。
「ば、馬鹿言わないでください!そうやって二グラス様はいつも私を子供みたいに…」
「だってユメが可愛いんですもの。罪があるのはアナタよ?悪い子さん」
つんっと蹄でユメの額をつついた。その衝撃でユメが尻餅をつく。
目の前で股を開いたユメに私は一瞬どきりとしたが、あえて冷静に軽蔑の微笑みを浮かべて彼女を見下ろした。
するとユメが微笑み返し。
「二グラス様」
「なあに」
「起こしてください」
母に甘える子供のように笑顔で私に両手を広げてきた。
私はやれやれといった調子でユメを抱き上げようとするが。
―チュッ。
効果音がつくならそれだろう、唇に柔らかい感触が触れる。
驚いて、見ると、すぐ目の前に瞳を閉じたユメの顔があった。
やられた。そう感心しながら私も瞳を閉じて受け入れる。
舌を入れようとしたとき、先にユメが唇を離した。
「これでもまだ子供扱いするんですか?」
ぺろりと艶やかにユメが唇を舐める。
「…わかったわよ、負けたわ」
「わっ、二グラス様が降参した!」
「もちろんよ。だってそのためにキスしたんでしょ?」
「えへへ…でも私、愛してるって気持ちもありましたよ?」
「まあそうなの…」
そう言いながら体毛をしわがれた祖母の手のように見立て、ユメの頭を撫で下ろす。
するすると指の間をすり抜ける彼女の髪の毛は波のように柔らかく、漆黒の光沢があった。
すると始めと同じようにユメは私の体に顔をうずめ、再び大地の香りを楽しみだした。
「…二グラス様」
「んー、なあに?」
「愛しています」
もはや答える必要などなかった。
ただ二人で抱擁し合い、お互いの香りを嗅ぐだけだから。
そして今、私はユメを我が子としてではなく、愛しい女として抱いているのだ。
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