その他

Homestuck



すんすん。すんすん。
じっとしていると、耳元で鼻をすする音が聞こえてくる。
すんすん、べろり。
さらに放っておくと、今度は生暖かい粘液を帯びた肉が首筋を舐めあげる。
途端に源地からこそばゆい電流の波が首全体に広がっていき、私は思わず身震いした。何度となく味わったものだが、どうも首を舐められるのだけは慣れないものだ。
背中にのしかかった"彼女"はわかっているはずなのに、毎回集中的にそこを狙ってくるのだからたまったものではなかった。

読んでいた本を閉じて、私はため息のような含み笑いをする。

「テレジ」

名前を呼べば、耳元で荒ぶっていた鼻息がぴたりと止まった。
その代わり、しばらくして「ヒヒヒ」と特徴的な笑い声が聞こえた。

「アンタ、ここ嫌いだったっけ?」

テレジが言う。
振り返らずとも彼女の口元がつり上がっているのは声色から明らかだ。
いいえ、ちっとも。言いながら私は腹部に絡まっていたテレジの腕をほどいた。
しかしもちろん、テレジは今度は私の胸を両手でがっちり抱きしめて、背中に顔をうずめてきた。耳をすませば、また鼻をすする音が聞こえる。
私は天井に顔を上げてわざとらしく嘆息したが、テレジはわかるのかわからないのか、変わらず私の背中に頬をすり寄せてくるだけだった。

「テレジってすごく甘えん坊」

「違うわ、ユメがいい匂いするのがわるいの!」

「嬉しいけど、一日中そうされたんじゃテレジん家に遊びに来た意味がないじゃない」

視線を本に戻し、私は読書を再開させた。

「でもね、メートスプリットのアンタとならアタシはこうしてるだけで幸せなのよ」

「そりゃあそうだけど」

「じゃあ、ユメはアタシのこと嫌い?」

背中から伸ばした手でテレジは私の顎を掴むと、後ろを振り向かせた。
目の前に飛び込んできたテレジの黄色い瞳。長い睫を備えた鋭い瞳が、細くなって私を見つめている。
その視線は苦手だってテレジは知っている。彼女はいじわるで、だからこういう甘い空気に誘う時、いつもその目を私に向けてくるのだ。

「大好きよ」

間を空けて、精一杯の甘い囁きをテレジの黒い唇に吹きかけた。
それが合図となって、目を閉じると同時、真っ先にテレジの顔が押し付けられてきた。
テレジの腕がしっかりと私の頭を固定し、顔をそらすなどという選択肢も与えず、彼女の深い口づけが披露される。
その時間、私にできることは少ない。強いてあげれば、ん、と息を詰まらせたり、テレジの頭をもっとたぐり寄せるくらいだ。時には、彼女の小さな角を撫でたりもする。
口づけなんて下手なのは自分がよくわかっているからだ。テレジのように、舌を絡めることもできない。
しかしそのぶん、テレジは私を楽しませてくれる。こうしているだけで幸せだと思わせてくれた。
気がつけば私はテレジに押し倒され、スカートがひるがえるなどもお構いなしにテレジの背中に強く抱きついていた。

しばらく経って、テレジから唇が離された。
テレジは私にしか見せない笑顔で私を見下ろした。妖艶で、しかし子供らしさが残った特別な笑顔だ。
私の血と同じ色の口紅を少量唇に付着させ、テレジは言う。

「ユメの味、夢中になっちゃうくらい美味しいわ」

「私もテレジの味が好き」

「アタシ、もう戻れないのかもね」

テレジは一度だけ私の唇を舐めて、また顔を離す。
私はそんなテレジの頭をぐっと引き戻し、今度は自分からけしかけてみた。軽いもので済ませるつもりだったため、粘り気あるリップ音が、私もまた、一度だけ響いた。

「だったらそうさせてあげるよ」

テレジの下で私は片方の口角をつり上がらせた。
テレジは一間ほど目を丸くしていたが、すぐに僅かまぶたを落とした。その表情は心底イタズラ心に満ちているように見えた。
そしてそれ以降、私達はいっさい"口をつぐんで"いたのだった。

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