その他

Homestuck



エクイウスは自身の部屋で一際異色を放つ物の前に仁王立ちしていた。
周りで無造作に転がって埃を被ったロボット達とは違い、それだけは真っ白な布をかけられ、汚れがつかないようにされていた。

一つ深呼吸して、エクイウスは勢い良く布を取った。
現れたのは作りかけのロボットだった。輝く赤い2つの瞳がついた顔を俯かせ、ロボットは安らかに眠っていた。
まだ未完成にも関わらず、そのロボットはまるで既に生きているかのような新鮮さをエクイウスに感じさせた。

何度か指を曲げて準備運動を済ませてから、用意した工具を手に持ち、エクイウスは作業を始めた。
静かだった部屋はしばらくしてドリルで鉄を削る音に満たされた。

「エクイウスー!」

部屋の扉が開かれたのは、それから一時間程した頃だった。

「エクイウス、今日はにゃに作ってるのにゃ?」

来客者のネペタは深緑色のコートを引きずりながらエクイウスの隣に並んだ。
しかしエクイウスは熱中してネペタには気付かない様だ。
エクイウス。ネペタが爪の伸びた指先で彼の肩を突っつくと、エクイウスはやっとハッとして作業を中断し、ネペタに顔を向けた。
ネペタはにっと口角を上げてエクイウスに牙を見せた。

「ネペタ!失敬、気付かなかったで御座る」

「わかるにゃー。エクイウス、とっても真剣な顔してたわよ。…何作ってるのにゃ?」

ネペタの質問にエクイウスは「え」と目を丸くした。
そしてネペタの指差した方向にあるのが目の前の例のロボットだと気付くと、エクイウスはロボットに顔を向け、照れくさそうな笑顔を作って再びネペタを見た。

「新しいロボットを作っているんで御座るよ。もうすぐ完成するので御座る」

ネペタはふうんと関心とも無関心ともとれない唸り声を上げてロボットをまじまじと眺めた。ロボットもルビー色の瞳でネペタを見つめているようだった。
エクイウスはロボットに顔を戻し、作業を再開させた。

少しして、ネペタはロボットの容姿に、どこか見覚えあるものを感じた。角の形、服装、雰囲気までもが、自身の知る誰かによく似ていた。
しかしネペタは、それが誰かよく思い出せなかった。すぐそこまで出ているのに、冷たい鉄のボディや未完成の部位がそれを振り払ってしまうのだ。

「エクイウス、これは誰がモデルににゃってるんだにゃ?」

思い切ってネペタはロボットを作っている当の本人に問いかけてみた。
エクイウスは作業音にネペタの声を遮られたため、作業を中断してから何だってと彼女に聞き返した。ネペタは同じ質問をした。
すると今度こそネペタの言った事を聞いたエクイウスは途端に肩を強ばらせ、上擦った声を上げた。

「べ、別にネペタには関係ないで御座ろう?モデルなんて普通のトロールの女の子で御座るよ」

「だから、その女の子は誰かって訊いてるのよ」

「…普通の女の子で御座る」

「どの普通の女の子にゃ?」

トロールの。トロールのどの子にゃ。普通の子。どの子にゃ。トロールの…。
そんなやり取りがしばし続いた。
エクイウスの顔色はどんどん血と同じ色に染まり、ネペタの瞳は好奇でロボットと同じ様にきらきらと輝いていった。

「もー、素直に教えるにゃー」

「む、無理で御座る」

「親友に秘密無し、にゃ!」

「親友でも言えないで御座る、特にネペタには!」

「どうしてにゃ?」

「ネペタは色恋事にうるさ…」

そこまで言いかけてエクイウスはハッと両手で口を隠した。ひび割れたサングラス越しの目は点になっていた。
とにかくもう構わないでくれで御座る!。そう言ってエクイウスはふてくされた顔でロボットに向き直り、今度こそ作業を再開させた。
しかしネペタにはエクイウスが全てを言ったも同然だった。
鋭い猫の目を笑わせ、ネペタは笑顔を作った。つまり、エクイウスがロボットのモデルにしたのは彼の…。

「エクイウスー」

ネペタがそこまで思い浮かべた時、第二の来客者が部屋の扉を開いた。
エクイウスの体がカチカチに強ばったのをネペタは見逃さなかった。
ネペタは来客者に振り返ってその姿を確認した時、胸のもやが一気に晴れたのを感じた。同時に、グッドタイミングだにゃと思わず呟いていた。

「ネペタ、おはよ」

「おはよーにゃ、ユメ!」

ユメは片手をズボンのポケットに入れたまま二人に近づいていった。
彼女の長い黒髪がゆらりとたなびいた。

ネペタのすぐ傍まで来ると、ユメはポケットに入れていない手で拳を作り、それでネペタの肩を軽く小突いた。
ネペタはこれがユメの挨拶だとわかっていたため、じゃれる様に彼女に笑い掛けた。ユメもにっと牙を出して無邪気な笑みを見せた。それからエクイウスの背後に移動して。

「エクイウスッ」

彼の背中に少し強いパンチを贈った。
う、とエクイウスは一瞬唸り声を上げたが、鍛えられた肉体の持ち主には些細な衝撃だった。

「お、おはようで御座る……」

エクイウスはユメには振り返らず、ロボットの体にネジを取り付けながらぎこちない返事をした。
ユメはエクイウスの態度に特に気にする仕草を見せず、彼の背中にサイボーグの部位を差し出しながら話しかけた。

「なんか最近、勝手が悪いんだよね。点検してみてくれない?」

「ユメ、残念だけど今は無理にゃー」

エクイウスの代わりにネペタが口を開いた。

「どうして?」

「エクイウス、今新しいロボットを作ってる最中にゃんだにゃ」

「新しいロボット?」

見せて見せて、とユメは興味深げにエクイウスの背中から例のロボットを覗き込んだ。
しかしとっさに大声を上げ、隠すようにロボットに抱きついたエクイウスによって、ロボットの全貌がユメの目に入ることは無かった。
ユメに顔を向けながらエクイウスはぎこちなく笑った。

「大したものじゃないで御座るよ。そこらの奴と変わりないで御座る」

「え?だけどそれ…女の子?だよね?」

ユメの指差す方向に女性の象徴とも言える長髪のパーツを確認して、すぐにエクイウスは何ともない顔でその部分も隠した。
ネペタは両手で口を覆い、懸命に笑いを堪えていた。

「女の子のロボットなんて珍しー。何かどこかで見たような感じするね」

「き、気のせいで御座る」

「私もそう思ってたにゃ。だけどエクイウスったら、誰をモデルにしたか言ってくれにゃいのにゃ」

「モデルなんていないで御座る」

「えー、でも絶対誰かに似てるよ」

エクイウスの背後から僅かに見えるパーツから、その人物を言い当てようとするユメとネペタ。しかしネペタは、もうその人物が解ってしまったみたいだが。
ネペタとは違いロボットをろくに見ていなかったユメはエクイウスの背中を覗こうと何度も体を左右に振るが、その都度エクイウスがユメに動きを合わせてディフェンスをした。
そんなエクイウスにユメの眉間は狭くなり、エクイウスは愛想笑いをしながら白い汗を次々噴き出していった。
ユメが顔を離した隙をついて、タオルを取るついでにロボットの足元で鉄屑まみれになった白い布を掴み、エクイウスはそれを素早くロボットにかけて隠した。
途端にユメは「もう!」と牛の様な声を上げた。

「ロボット一つにどうしてそこまで意地になるわけ?」

腹立ちを隠せない声色でユメは腕を組みながら言った。
その言葉そのままブーメランするで御座る。汗を拭きながらエクイウスは呟いた。

「エクイウスったら、意地悪さんにゃ。私にはじっくり見せてくれたのににゃ」

「ネペタには見せて、私には見せないなんて怪しすぎるんじゃない、エクイウス?」

そう言いながらユメは片方の腕をエクイウスの首にまわし、軽く締め付けた。
エクイウスは一瞬絞首される感覚に口元をにやけさせたが、すぐに苦しげな表情を作った。

「ねえ、いいじゃん。友達でしょ!」

にっと牙を見せて悪戯な笑みを浮かべ、ユメはもう片手で拳を作ると、それをエクイウスの頭にぐりぐりと押し付けた。俗に、聞き分けない幼稚園児の母親がやるお仕置き法である。
エクイウスの額にまた汗が滲み出した。

「だ、駄目で御座る、決して口は割らぬ」

「いいじゃん、ね?」

「駄目で御座る」

エクイウスが首を振って少量汗を飛び散らせる。
ユメも粘り、まるで尋問するようにエクイウスの首を締め付ける。途端にエクイウスの汗の量が増えた。
あくまでじゃれあい程度ではあるがきりきりと着実に首を挟み込まれる感覚に、エクイウスはあられもない感情を抱いていた。
ネペタは滴りだすエクイウスの汗を見て、そろそろ駄目かもしれないと思った。
そのまましばらくは息苦しくなるような空気が続いた。

「…もう、ネペター」

先に折れたのはユメだった。
依然堅く口を噤むエクイウスにとうとう呆れを見せて、ユメは最終手段として彼にも自分にも素直な親友の名を呼んだ。
しかしユメの要望は残念ながらネペタが肩をすくめたことによって無効化された。ネペタは今はエクイウスの味方につくことにした。
しかめっ面のまま二、三度ネペタとエクイウスを交互に見て、ユメは一つ大きなため息をつくとやっとエクイウスを解放した。
エクイウスはロボットにもたれ掛かるようにして、数回咳き込んでみせた。

「いいよ、ロボットの事は諦めてあげる」

「そうしてあげてにゃ。もうすぐで完成するから、エクイウス、その時はちゃんと見せてあげるのよ」

ネペタの言葉に、エクイウスは照れくさそうに頭を掻いた。
それを見てユメは腕を組みながら鼻を鳴らした。

「点検だけど、また後で来るからね。それまでに完成させといてよ」

「承知しておく」

「承知しました、でしょ?」

「しょ、承知しました!」

頭に水平にした手を添え、エクイウスはユメに敬礼を示した。
それにユメはよしよしと満足げに頷いた。そして別れの意である拳を一発エクイウスの肩に、ネペタにはそれの手加減したものを同様に贈って、去り際ニッと牙を見せながら、ユメは部屋から出て行った。

「ユメ、機嫌取り戻したみたいにゃ。だけど次に来た時は、きっともう言い訳しても通じないにゃ。ね、エクイウス」

ネペタがユメが出て行った扉から隣に顔を向けると、エクイウスはうっとりとした表情で叩かれた肩をさすっていた。

「拙者、タオルが必要で御座る…」

恍惚とした声色がエクイウスから漏れ出した。
その骨抜きっぷりに、ネペタは自身も先ほど叩かれた肩を軽くさすりながら、エクイウスがユメの虜になった理由を理解した。

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