その他
Homestuck
「…ねえ、スリック?」
ユメの呼びかけにスペードスリックは唸り声で応えた。相変わらずユメの膝を枕代わりにして、帽子で顔を隠し、長ソファにぐったりと横になっている。
スリックが自分を離す気などさらさら無い事がわかっていても、ユメは続けた。
「そろそろ…」
「嫌だね」
即答かよ。ユメはがっくりとした。
するとユメにもたれかかっていたクラブデュースが声をあげた。
「ボス、離れてあげましょうよ。ユメが困ってるじゃないですか」
そう言う割にはデュースは堂々とユメの隣に居座っていた。
デュースの言葉にスリックは帽子を取り、うつ伏せになってデュースを睨んだ。
「ならお前が離れろよ。さっきからずっとユメに体重掛けて、お前の方がよっぽどユメに負担掛けてるだろうが」
「ボスの方が負担ですよ。僕はただユメの隣に座ってるだけですから」
「い、いや、私としてはどっちもどっちって言うか…」
スリックとデュースの言い争いにユメの眉間はいっそう狭くなった。
やいのやいのと喧嘩する二人はかの極悪ギャング『ミッドナイトクルー』の一員だとは信じられない程子供っぽかった。それにスリック、君はそこのボスじゃないか。
いつまでも収まりそうにない二人に、ユメは思い切ってソファから退く事で終止符をかけようかと思った。
しかしいざ立ち上がろうとした時、ユメの体に重石が乗った。見ると自分の両肩からは長い腕が垂れ下がり、頭に誰かの胸板らしきものがあたっている。
ユメは心の中で激しく嘆息した。大きな子供がまた一人やってきたのだ。
「お二人さん、何をそんなにギャーギャー言っているんだ」
ダイヤモンドドルーグ。彼が加わった。
「デュースがユメからどかねえんだ。ユメが迷惑そうにしてるのによ」
「ユメが迷惑がってるのはボスでしょ」
「だから私は…」
「まあまあ落ち着けよ」
ドルーグは腕を曲げてユメの肩に肘を乗せ、開いた掌を何度か前後に動かした。
「ユメが迷惑がってるのはボスとデュース、二人なんじゃないのか」
途端、当のスリックとデュースが「は?」とドルーグの方へ歪んだ顔を向けた。ユメも一瞬目を丸くした。
ドルーグが言った言葉は二人には理解出来なかった。まさか自分のことを指摘されるとは思わなかった。
そんな二人とは対照的にユメはほっとして、けれども少し申し訳なさそうな顔色を見せた。
「ユメの気持ちにもなってみろ。かたや中年男二人に取り合いされて、ろくに身動きできないんだぞ。酷く窮屈だし不快に決まってる、だろ?」
「う、うん…まあ」
ほら聞いたかとドルーグはスリックとデュースを交互に見た。
二人は互いに顔を見合わせて唸り声をあげ、肩を縮ませた。ユメが答えを言ったとなれば、そんなわけないだろなどの言い訳はできない。
渋々ながらもスリックはユメの膝から体を起こし、デュースはユメにもたれるのを止めた。
「悪かったな」
「重かったですよねすいません」
「いいよ、ちょっと温かかったし」
ユメの返事を聞いても二人はまだ少し落ち込んでいた。
そんな二人をユメはなかなかに可愛らしいと思うのだった。
「じゃ、ユメは私のものだな」
しかし微笑ましい雰囲気はすぐずたずたに引き裂かれた。
スリックとデュース、そしてユメの三人はほぼ同時に「はあ!?」と叫んでドルーグを見た。
ドルーグはソファの背もたれ、ユメの背後からユメに抱きつき、ニヤリと笑った。肩に垂れていた両腕はユメの首に軽くまわされた。
「てめ、今さっき迷惑云々言ってたのはどこのどいつだよ!」
「私だ」
即答だった。
「そんなことして、ユメは酷く不快なんじゃないですか?」
「ユメ、嫌か?」
「えーっと、正直言えば…ひっ!」
言い終える前にユメは悲鳴を上げた。喘ぎ、と言っても良い。
ドルーグがユメの耳へ細い吐息と共にキスを贈ったのだ。
「こうされてもか?」
「あ、ひ…ドルーグそこ、ひいっ!やめ…」
甘く囁いて、ユメの耳朶をはむドルーグ。その都度ユメの体はぴくりぴくりと反応した。
次第に頬を赤く染め、とろんとした顔になっていくユメを見て、スリックとデュースは額に怒りマークを追加した。二人はドルーグがさらに笑んだ気がした。
「おいドルーグ、命令だ!今すぐユメから離れろ!」
「ああ、ボス。生憎それはできないね。ユメが離れてほしくないとよ」
そうだよな。ドルーグがユメに再び囁きかける。
熱い吐息に耳朶を弄ばれ、ユメの体を鳥肌が駆け巡った。
色目を使うドルーグにスリックはとうとう激昂した。この野郎と叫び、スリックはドルーグに飛びかかろうとした。しかしとっさにスーツの襟を掴まれ叶わなかった。
「ボス、そう熱くなさんな」
スリックを捕らえた本人、ハートボックスカーは言った。彼は丁度アジトについたところだった。
ボックスカーは手足をドルーグに向けて掻き乱すスリックを持ったまま、スリックがいたソファのスペースに座った。
ああまた増えた、とユメは思った。
「何だお前ら、ユメの取り合いでもしてるのか」
「主にボスとデュースがな」
「ドルーグだって僕達が油断していたところを狙ったじゃないですか!」
「そうだサノバビッチ!」
吊されたスリックが鋭く尖った中指を立て、ファックサインを示した。
ボックスカーは腹から笑い声をあげ、スリックを離した。床に尻餅をついたスリックは尚ドルーグに牙を向けていた。
「お前ら本当に子供っぽいな」
「本当だよ…」
ユメが嘆いた。
ボックスカーはそんなユメに再び笑うと太い腕をユメの腰にまわし、ぐっと引き寄せた。
ドルーグの腕からユメはするりと抜け、ボックスカーの巨体にうずまった。ユメが目を丸くする。
もう片手でユメの頭をくしゃくしゃと撫でながらボックスカーは言った。
「俺も混ぜてくれよ」
スリックとデュース、そしてユメとドルーグの四人はほぼ同時に「はあ!?」と叫んでボックスカーを見た。
ボックスカーは引き寄せたユメを横に抱き上げて自分の前へ持っていった。俗に言う『お姫様だっこ』だ。そしてそれは誰の手にも触れさせずユメを独占できる抱き方だった。
床にあぐらをかいていたスリックがボックスカーを睨みつける。今日は誰かを睨んでばかりだとスリックは恨みがましい思いをした。
「ボックスカーてめえ…!」
「ユメはお前だけの所有物ではないんだぞ!」
「お前のでもない、だろ?」
ボックスカーがにやりと牙を見せる。
「子供っぽいって言ったのはどこの誰ですか…」
「本当だよ」
デュースの言葉にユメは呆れをありありと感じさせる声色で呟いた。
こうしてミッドナイトクルーによるユメ争奪戦は夜が明けるまで続くのであった。
Back to main Nobel list