その他

Homestuck



ユメが兄の部屋の扉を開けたのは、兄がベッドに寝転がってからままない頃だった。
枕と後頭部の間に手を入れ、脚を組んでいた兄が扉に顔を向けると、幼い妹はお気に入りらしいイカのキャラクターのぬいぐるみを抱えて立っていた。

「ユメ、子供はもうとっくに寝る時間だぞ」

時刻は夜中の12時を回っていた。
たまにユメが眠い目をこすりながらトイレに付いてきてと兄にお願いすることはあるが、今夜のユメは目をぱっちりと開いて兄を見つめていた。

「部屋に戻るんだ」

兄がユメに指を突き出し横へはらって風を切ったが、ユメは黙ったままその場から動こうとしない。
廊下の明かりの逆光で黒い影となっているユメは、段々と兄を不安にさせた。

「ユメ、頼むからお兄ちゃんを困らせないでくれ」

「怖い夢を見たの」

ポツリとユメが呟いた。
「何だって?」と兄が聞き返すとユメも「一緒に寝てもいい?」と返した。
兄は少し唸ったが、ユメが落ち着いて眠れた頃に部屋へ戻せば良いと思い了承した。

ベッドから降りてユメを壁の方へ寝かせると、兄も再びベッドに乗り、足元でぐしゃぐしゃになった布団をユメにかけた。
兄と向かい合う格好で、ユメは途端に安心したような表情になった。

「どんな夢を見たんだい」

ユメの体を布団の上からなで下ろしながら、兄は極力柔らかい声色で彼女に訊いた。
ユメはぬいぐるみをギュッと抱きしめると、布団の中から上目遣いに兄を見上げて言った。

「怪物が、私を食べようとする夢」

「なんだ、その程度か。どうして飛び起きて真っ先にデイブのところへ行かなかったんだ?」

兄が訊くと、ユメは目を伏せた。
そして遠慮がちに言った。

「怪物がデイブだったから」

兄は思わず大きく笑った。

「デイブは体が真っ白な怪獣になっていて、頭に角を生やして、そこから私に光線を撃ってきたの」

「その光線は虹色だったかい」

「そうよ、ラメ入りだけどビルを真っ二つにして町中を炎で溢れさせるくらい強力なの!」

ラメ入り〜から先を兄は聞き取ることができなかった。腹を抱えて大笑いしていたからだ。
しかし反対にユメはすっかり怯えきった様子で、威力よりもその怪物がデイブであることに恐怖を感じているようだ。
無理もない。大人びたクールな雰囲気を作るデイブを、まだポニーを欲しがる幼いユメは嫌悪しているようだった。
兄はそんなユメの腕を繰り返し撫で下ろし、よしよし怖かったなとまだ少し笑っている声でなだめた。

「ここにいれば安全だ。その怪物は」兄が笑う。「…お兄ちゃんの部屋には入れないからな」

「私の夢の中は?」

「もちろんユメの夢にも。だから今はもう寝なさい、いいね?」

それを聞くとユメは「わかった」と消え入るように喘ぎ、不安に濁りかけた顔を安心したものに戻し、目を閉じた。
おやすみと兄がユメの額に唇を突き出しキスをする。お兄ちゃん大好きとユメが呟く。
どこかくすぐったいものを兄は抱いた。

30分程でユメはすっかり寝息をたてて、兄の胸に体をスリ寄せ眠った。しばらくしても顔を歪めないのを見るに、デイブの悪夢も見ていないようだ。
それを確認して兄はユメを優しく抱きしめ、自分も目を閉じた。妹とこうして一緒に眠るのは彼女がまだ赤ん坊の時以来だった。
ユメの温もりは懐かしく、兄は一瞬にして父性的愛情が湧き上がってきた。

「デイブくらいになったら、大好きなんて素直に言ってくれないだろうな」

愛おしくも虚しいひとときに、兄はそう呟くのだった。

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