その他

Homestuck



突然私を呼び出したのは友人のヴリスカだった。
しかし私は待ち合わせ場所にいる女性がヴリスカだとわかるのにしばしの時間を有した。姿形は彼女でも、その表情は全く別人だったからだ。

「ヴリスカ」

「ああ、ユメ。来てくれたんだね」

名前を呼ぶと、膝程の高さの塀に座っていたヴリスカは顔を上げて私を見た。
別人の表情、とはこれだ。ヴリスカのキリッとした眉は両端が完全につり下がり、黄色い瞳は助けを求めるように心もとなくなっている。
一体何が彼女をそうさせるのか、私はヴリスカの隣に腰を下ろしながら考えた。

「急に呼び出して悪かったね」

「いいよ、友達だもの」

まずは軽い言葉交わしから始まった。
私の言葉にヴリスカは僅かな笑みを見せたものの、すぐに先ほどの顔に戻ってしまった。
そのまましばらくは沈黙が続いた。どうしたの、とこちらから声を掛けようかとしたが、またすぐにヴリスカが黙り込んでしまうかと思い、私は何も言わずにいた。
だけど沈黙の最後にヴリスカは深く呼吸をすると、遠慮がちに青い唇を動かして言った。

「あたしね、悩んでんの」

「うん、わかるよ」

「その理由は?わかる?」

「ううん、わからない」

私は素直に首を振った。
するとヴリスカはまた黙り込んだ。だけど先ほどよりかは短かった。

「好きなの」

そう呟いたように聞こえた。
私はすぐに「え?」と思わず聞き返してしまった。
私ではないどこか遠くの空を見るヴリスカの横顔が妙に大人びていた。

「好きなんだよ」

「誰を?」

「誰だと思う?」

ヴリスカが私に振り向く。にやりと牙を見せるように口角を上げて、妖しい笑みを浮かべている。
私はつかの間の笑顔にヴリスカが元に戻ったと感じて、「えー」と笑いながらどこか頭上を見た。
何人かアラシ族の男の子を思い浮かべてみたけれど、思い当たる子は一人もいなかった。
中から適当に名前を言ってみても、やはり違った。
そんな私にヴリスカは言った。

「男の子じゃないかもね」

「どういう意味?」

今度は本当にヴリスカが何を言っているのかわからなかった。
いや、正確にはやはり違う。心の片隅でぼんやりと一つの予想がついた。
だけど私はその予想をすぐに振り払った。振り払う程にありえないし、馬鹿らしいからだ。
しかしヴリスカはそれが正解だと言うようにぐいっと私に顔を近付けて、笑った。自分の目が丸くなるのがわかった。

「もしあたしが」

ヴリスカが私の相槌を待ったので、うん、と頷く。

「好きって言ったらどうする?」

「誰を…?」

「女の子を。ユメを」

一瞬にして私の思考が止まった。
血液が沸騰しそうな程熱くたぎり、止まった脳みそにマグマとも例えられる大量の熱を流し込む。
ヴリスカは私のすぐ鼻先でくつくつと笑った。その笑い声にやっと私の頭は再起動した。

「…え、ええ!?」

我ながら情けない声だった。
ちょ、ちょっとまって!。後ずさりながら両腕をヴリスカに突き出して、私は叫んだ。

「ヴリスカは、あの、好きなの?女の子?」

ヴリスカは黙ったまま何も言わない。だけど獲物を捕らえるように鋭い笑みは止めなかった。

「それで、私が…好き?なの?」

「だから、好きだよっつったら、どうすんのさ?」

「どうすんのって…そんなこと言われたの初めてだし…」

「じゃあ考えてよ。あたし、ユメが好き。ほら、答えをちょうだい」

「え、そんな…えっと…」

「あたしはユメが好きなのよ」

再びヴリスカが体を寄せてくる。
言葉と共にヴリスカの吐息が唇に吹きかけられた。

ヴリスカはもうさっきまでの沈んだ面影を残しておらず、完全にいつもの強気に戻っていた。
本来ならそれで完璧な安心を感じられるはずなのに、ヴリスカの目の前には今の彼女に怯える私がいた。
ヴリスカから漂うのは恐怖にも似た不気味さだった。

ヴリスカ。小さく、恐る恐る私は彼女の名前を呼んだ。
するととっさにヴリスカはハッとした顔になり、強張っていた肩を落とすと「なんてね」と言って私から体を離していった。

「ねえ、まさか本気にしてないよね?冗談さ!」

私は二、三度まばたきをした。そしてヴリスカに調子を合わせようと、ぎこちなくなろうともすかさず笑い声を上げた。
ヴリスカも大きく笑った。

「なあんだ、冗談なのね」

「そ。ホント言うとね、あたし、タヴロスが好きなの。だからユメで告白の練習さしてもらったわけ」

「え、そうだったの!」

「うん」

私とヴリスカの間を取り巻く空気はすぐに軽く、心地よいものに戻った。ヴリスカが想い人らしいタヴロスのことを喋り出したからだ。だけどその声色がどこか薄く上辺な、色味を帯びていないように思えるのは気のせいだろうか。

「ありがとねユメ。そのー…良い反応っつーの?してくれてさ」

ひとしきり語った後ヴリスカがそう言ってきた。

「私で良かったのなら。それにしてもやっぱりびっくりしちゃったな」

「それはごめん。どう思った?」

「なんていうか、やっぱり女の子に告白されるだなんてちょっと身構えちゃうというか」

「あはは、そうだよね。あたしも女の子からはちょっとなあ」

片手で頭を掻きながらヴリスカは言った。
私はヴリスカが自分と同じ考えを持っているのだと思い、つい高潮とした声で「やっぱり!」と笑ってしまった。
そんなこと言われてもね。そう悪口につま先を伸ばしかけた言葉を言おうとしたが、その前にヴリスカは立ち上がると言った。

「じゃ、あたし帰るわ」

「あ、そう?わかった」

「ホント、来てくれてありがとね。おかげで誰にも言えないこと言えちゃった」

じゃあね、とヴリスカは私に背中を向け、去り際に片手を上げて小走りに帰って行った。
私も「頑張ってね」とヴリスカの背中に手を振った。そしてヴリスカの姿が小さくなってから私も立ち上がり、家路を急いだ。

途中、私はヴリスカが最後に見せた顔を思い浮かべていた。
何ともいえない複雑な表情だった。
それが何を意味するのか少し考えた時、途端に私の背中を冷や汗が滑り落ちた。
誰にも言えないこと。それが何を指すのか私はすぐにわかった。

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