SSS(超短編)

Dragon Age 2



「花を……私に?」

僕が差し出した物を、まつげをしばたかせて眺めるエマ。
こんなに美しい人だというのに、エマはまるで一度も花を見たことが無いような目をした。

「そうだ。これを見つけた時、真っ先に君を思い起こしたんだ」

「わあ……嬉しいよ、ありがとう」

エマはでこぼことした指で華奢な茎をつまむと、瞼を落として花の香りを楽しんだ。
そして幸せそうに僕へ笑んだ。

今日の昼下がり、アンダーシティの一角に、日陰に隠れてひっそりと咲いていたこの小さな花が偶然目に留まった。
水も肥料も無いその場所で、どうやって育ったのかも不思議なくらい美しい黄金色を満開させた花だ。影の下でさえ花弁の色鮮やかさが見て取れた。もしかすると薬草の類いだったのかもしれない。
近くで見ると少し痩せていたが、僕はその姿にエマを見出だした。極貧と貴族からの差別を強いられた状況下で、ただひたすらに生きていくエマの雄々しさを。
恐らく彼女への敬意を知ってもらいたくていてもたっていられず、気付けば僕はその花を摘み取っていた。

「この色、大好きなんだ」

軟らかい花弁を指先で控えめに撫で、エマは細めた目を僕に向けた。

「アンダースの瞳と同じ色だからな」

「僕の瞳?」

思わずエマを見た。丸くなった僕の目と彼女の優しい視線が交わる。
「きれいな黄金色だ」とさらにエマは続けた。
僕の目がきれい。その答えは予想していなかった。
それはつまり、何か深い意味があるのか?
純粋な尊敬の念だったはずのものが、途端にわずかに揺らぐのを感じる。確かに、エマにはどこか友達以上の感情を覚えることが少なからずあったけれど。
だが、僕はその乱れた心を誤魔化す様にして「僕をからかうのが上手いな」と自分の前髪をかきあげてやり過ごした。

「この花、大切にするよ。誰かからの贈り物なんて今まで一度ももらったことが無かったんだ」

ありがとう。再びエマは僕に礼を言った。
二度目の言葉を受け取った僕は、一度目よりも少しくすぶるものを感じた。どういたしまして、とひとまず返事をするだけで精一杯だった。

花を手に去っていくエマの背中へ、なんとなしに僕は手を振る。
この色、大好きなんだ。アンダースの瞳と同じ色だからな。
数分前のエマが、その言葉を繰り返しながら頭の中に思い出される。それは回数を重ねるごとに僕の心に浸透していき、自分の口角が上がっていたことに気付いたのはふと我に返った時だった。

それから時々、僕は花を見つけた場所を覗いてはまた咲いていないかと確認するようになった。
もしかしたら再び、僕の瞳が好きだとエマに言ってもらえるかもしれないから。

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