SSS(超短編)

A Hat In Time


映画の撮影が終わり、エマはセット外で水分を補給していた。何時間も通しでの撮影だったため砂漠にいた様に喉がカラカラだ。西部劇スタイルのセットをぼんやり眺めながら飲料ボトルに付いたストローを啜る。

「よおエマ、今日もおつかれさん」

声がした方へ振り替えるとこの映画の監督である車掌が笑顔で近付いてきた。普段はフクロウ急行を管理しているため、それ故に周りからは車掌の愛称で呼ばれている。
急行はエマもよく利用しており、加えて女優の卵である彼女はその繋がりから車掌にスカウトされて今回の撮影に参加をさせてもらったのだ。

「お疲れ様です、車掌」
「今回もハードスケジュールだが疲れてないか、ん?第42回のバードアワードが近いんだ、すまんが付き合ってもらうぞ」
「いいえ、大丈夫です。今年は受賞をできるように私も全力で取り組むつもりなので」

スタジオの熱気から出た汗を拭きながらも強い意気込みを見せるエマに車掌は満足げにうんうんと頷いた。

「ところで、何だ……今日の撮影は済んだことだし、良かったらこの後ランチへ行かないか?」
「え、ランチ……ですか?」

車掌からの突然の誘いにエマは思わず目を丸くさせた。監督からランチに誘われるなんて女優として活動をしてから初めての事だった。
自分の頬を掻きながら車掌は恥ずかしげに顔を逸らす。

「その、だな……スタジオの近くに美味しい料理ネコの店があるんだ。今後のスケジュールの話し合いも兼ねて是非来てもらいたいんだが」
「それは構いませんが、何故私を?」

他の撮影スタッフと役者は誘わなくてもいいのだろうか。そう疑問に思ってエマが訪ねると車掌は更に鳥乱しならぬ取り乱し始めた。

「そりゃあ、お前は今回の撮影で重要な人物だからさ!け、決して個人的な誘いというわけでは無いぞ!」
「そう、ですか……?そう言われるのなら、ええ、是非お願いします」
「ほ、本当か!?」

怪訝そうながらもエマが誘いを承諾すると、車掌は嬉しそうに短い足でぴょこぴょこと跳び跳ねた。

「よし、俺は先に車で待っているからエマは着替えが済んだらスタジオ外の駐車場に来てくれ。クラクションで合図をするよ」
「はい、分かりました。それでは失礼します」

車掌に深くお辞儀をしてエマはスタジオから去っていった。
その後ろ姿を満面の笑みで見送る車掌とは反対に、スタジオ内に残った他のメンバー達は呆れた様な流し目を車掌に送っていた。
彼がスタジオにエマを連れてきた日からメンバー達は車掌がエマに気がある事を見抜いていたのだ。自分の映画へスカウトした機会に乗じてきっと深い仲へをも誘うつもりなのだろう。
やれやれ彼女もとんだ監督に好かれてしまったものだ、とメンバー達は一様に哀れみから首を振るのだった。

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