SSS(超短編)

Over The Garden Wall



「かわいい子、さあお眠り」

細長い指を携えたビーストの手が、すっかり冷たくなったエマの頬を撫で下ろす。
頬だけではない。ビーストに抱擁されたエマの全身は、なお冬の夜風に晒され、先ほどからずっと小刻みに震えていた。

「眠ったらどうなるの?」

既に目を開ける力も残らず、エマは森を弱く吹き抜ける風にすら掻き消されそうな程か細い囁き声をあげた。
ビーストの指先が彼女の頬から、彼女の体を着々と包み込んでいくエーデルウッドの枝に移る。高まる期待を声に出さないよう気をつけながら、ビーストはあやすように答えた。

「もう寒さも苦痛も感じない、素晴らしい場所へ行けるのだ」

「そこはどこ?」

「お前が最も望むところだよ」

お眠り。エマの頭をゆっくりと撫でながら、もう一度、ビーストは言った。
はたから見るなら、それは父親が子供を寝かしつける純粋な様そのものであり、エマもまた、ビーストの腕の中で安心していた。しかしそれは、ビーストが真に子供を騙す怪物だと知らないからこそだった。そしてビーストは、もう取り返しのつかないエマの無知さを密かに嘲笑するのだった。

乾いた咳を二、三すると同時にエマの口から数枚の木葉が吐き出された。カーキ色の葉は冬の風で僅かに流され、暗闇の中淡く発光する雪原へ儚く散った。
エマの意識が薄れていく中、最後まで続いていたのはビーストが紡ぎ出す、美しいバリトンの子守唄だった。

―来たれ うつり気な たましいよ くらやみをさまよう者たち
迷えるおくびょう者のために 光がある
おそれも かなしみも… すぐにわすれさられる
地上の土にかえるときに―

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