SSS(超短編)

Adventure Time



「あの、エマさん?」

ペパーミントバトラーはおずおずと名前を呼んだ。
エマと呼ばれた女は二、三回膝に乗せたペパーミントバトラーを舐めて「なあに」と粘り気のある猫なで声をあげた。エマが舐めた部位は既に唾液で溶け、少しへこんでいる。

「私そろそろ仕事に戻りたいのですが」

「えー、嫌」

ペパーミントバトラーの願いはあっさりと切り捨てられた。
エマは彼を離すどころかさらに抱き寄せて、ミントの香りがするキャンディの体に頬をすりあてる。
ペパーミントバトラーはエマのくつろいだ表情に、呆れた顔で短く嘆息した。

「あのですねエマさん、私はプリンセスの仕事のために廊下を歩いていたんですよ」

「知ってるよ」

「プリンセスの仕事は重要なんです。だからこんな暗い倉庫にいつまでもいられないんです」

「そうなんだ」

「そうですよっ」

やや強い口調でペパーミントバトラーは語った。
執事であるペパーミントバトラーがなぜこんな使われていない倉庫にいるのか。それはエマが廊下を歩いていた彼をここに引きずり込んだからだった。それも「舐めたい」という理由で。ペパーミントバトラーとしてはエマの身勝手な行為で仕事を中断させられ、少し腹立たしかった。
しかしエマはというと、適当な言葉で無関心に相槌をうち、まだペパーミントバトラーの頭を舐めていた。
その態度にペパーミントバトラーはさらに呆れた。
エマさん。もう一度ペパーミントバトラーが彼女の名前を呼ぼうとしたが、それよりも先にエマは「じゃあ訊くけどさ」と言った。

「ペパーミントバトラーはどうして今まで抵抗しなかったの?」

「えっ」

ペパーミントバトラーは上擦った声を上げた。そしてきょろきょろと目を泳がせる。

「それは、エマさんが強く抱くから」

「まさか。ペパーミントバトラーなら腕の中からすぐにすり抜けられたよ」

「じゃあ、真っ暗で」

「まさか、まさか!さっきまで私の顔色をうかがっていたでしょ」

次々溢れるペパーミントバトラーの言い訳をエマも次々と切り捨てていく。
そうして次第にペパーミントバトラーの頭の中には良い言葉が浮かばなくなり、最後にはああと嘆息してエマの腹に顔をうずめた。
それとは対照的な勝者の顔でエマは背中を少し曲げ、またペパーミントバトラーを舐め始める。

「そうです、本当はちょっと嬉しかったんです」

ペパーミントバトラーは小さな声で呟いた。そして自分から溶けてしまいそうな程熱くなる顔をさらにエマの体にすり寄せた。
知らなかった、だなんてペパーミントバトラーの本音を聞いてしまった彼女は今更言えるわけなかった。

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