SSS(超短編)

Apex Legends


「すごい! ねえ、もう一回見せて」
「はあ、仕方無いな」

試合前のロビーにエマのはしゃぎ声が響く。彼女に促されるままクリプトはため息を一つ吐くと、その手に持った剣を構え直した。
両足を開いて腰に力を入れ、両手で剣を握ったまま肩を上げる。そのまましばらく静止した後、クリプトは深く息を吸い込んで素早く腕を振るった。
一振毎に機械じみた重低音に混じってヒュンヒュンと風を切る音が爽快に鳴り響く。クリプトの剣さばきは勇ましさの中にある種の芸術があり、アッシュのそれとは熟練度が非にならないとは言え良い勝負だった。剣術については一切詳しくないエマにさえ彼の姿はとても格好よく写った。
エマは大きく見開かせた目を輝かせながらクリプトの剣さばきにじいっと見入っていた。
数回ほど振るった後、クリプトは静かに剣を鞘に納めた。エマはそれまでだらしなく口を半開きにさせていたが、クリプトがパフォーマンスを終えると途端に満面の笑みを作った。まだ興奮冷めやらずエマはそのまま彼に拍手の雨を贈った。

「すごくカッコ良かった! とってもさまになってたよ」
「ありがとう。そう言われると少し照れるな」
「これから試合にはそれを持って行くの?」

賛辞に慣れていないのかクリプトは思わずエマから目を逸らす。エマは気にせず彼に問いかけた。
クリプトは口元を少し緩ませ、エマに頷いた。

「ああ。むしろ試合のために作った物だからな。ただおもちゃが欲しくて作ったわけじゃない」
「いいなあ羨ましい。レイスもパスファインダーもみんな試合用の武器を持ち込んでいるのに私だけまだ無いんだもん」

そう言ってエマは先ほどまで笑っていた表情を曇らせると俯いた。レイスにはクナイ、パスファインダーにはボクシンググローブ、そしてクリプトには剣といったようにエマもまた自分専用の武器というものは憧れだった。しかし彼女はそこまで個性的かつ自身でも使いこなせるような武器種を持ち得ていないのであった。
クリプトはそんなエマの様子を見やると、少し困ったように微笑んだ。
「ほら」そう言ってクリプトはエマに剣を差し出す。エマは目を丸くして顔を上げると彼と剣の交互に視線を動かした。

「少しだけなら貸してやる。試合開始時刻までだがな」
「え、いいの? 本当に?」
「ああ。お前の持ち武器が見つかるまで試しに俺のを使ってみるのもいいんじゃないか?」

クリプトは片方の口角を上げながら静かに微笑み、そう言った。彼の言葉にエマも段々と顔色を明るくさせていき、最後にはまた満面の笑みで「ありがとう!」と大きく頷いた。
クリプトから剣を受け取り、エマは彼に使い方を教わりながら楽しげにそれを振り回す。そんな彼女を歳の離れた妹のように思いつつ、クリプトはその様子を微笑ましく眺めているのであった。

Back to main Nobel list