SSS(超短編)

Apex Legends


チョコレートの香りというものは人を幸福にさせる、とエマは思った。濃く、甘く、愛らしいチョコのにおい。それを嗅ぐと大抵は心安らいでしまうものだ。
両手で大事に持ったマグカップを鼻に近づけて、エマはそこに注がれたココアの香りを楽しんだ。特有のカカオ臭に混じってココアに浮かべたいくつかのマシュマロの甘い香りが鼻を通り抜けていった。
カップのフチに唇を寄せ、ふうふうと息を吹いて少しココアを冷ましてから一口すする。チョコレート、ミルク、そしてマシュマロが絶妙なハーモニーを奏でている。端的に言えば、とても美味しい。
もう何口か飲んで、エマは幸せそうにほっと一息吐いた。そんな彼女の様子を隣から見ていたカタリストは、くすりと小さく笑う。

「そんなに美味しかったの?」
「うん。ココアは好物だけど、トレッサが淹れてくれるのが一番好き」
「あら、そう言ってもらえて光栄だわ」

トレッサことカタリストは照れ臭そうにはにかんだ。
試合の無いオフの日、エマとカタリストはこうして二人きりで過ごす事が多い。最近は冬も近づき寒くなってきたと言うこともあって、家にいる間はカタリストがよくココアを振る舞ってくれていた。マシュマロを浮かべるのがスミス流だ。
こんな風に二人で仲良くココアを飲みながら穏やかに時間を過ごすのが至福のひとときだった。

「ねえ、知ってる? チョコレートを食べると恋してる気分になれるのよ」

ふとカタリストはそんなことを言ってきた。
「どういう意味?」とエマはココアを飲みながら、目線だけをカタリストに向ける。

「チョコレートにはフェニルエチルアミンと言う成分が含まれていてね、それがいわゆる恋愛ホルモンと呼ばれる物なの」
「ふぇにる……何?」
「まあ、簡単に言えばチョコレートを食べると体内の恋愛ホルモンが刺激されて、恋してるみたいにドキドキしやすくなるってこと。もちろん同じカカオで出来たココアもそうなのよ」
「へぇ! トレッサって面白い話いっぱい知ってるね」

エマはカタリストの話に感心して目を大きく開かせた。占いや呪いまじない、迷信などに詳しいカタリストのそう言った雑学を聞くのはいつだって興味深い。
「チョコレートにそんな作用があるなんて不思議よね?」カタリストは頷いて続ける。

「だから、私はココアを飲むのが好きなの」
「恋してる気分になれるから?」
「そうね。大好きな人がすぐそばにいると、尚更」

そう言ってカタリストは微笑み、意味ありげにエマへ目配せをする。エマもそれに気付き、カタリストと目が合った瞬間思わず胸が高鳴る。

「えっと、あの……」

カタリストの言わんとしていることをすぐに察したエマは、気付けば熱くなっている顔を逸らした。髪の毛から覗いた耳がフチまで真っ赤に染まっている。そんなエマの様子を見て、カタリストも胸を暖める。
暖房のせいか、はたまた別の何かが原因か。いつの間にか暑く感じられる室内には甘いチョコレートの香りが漂っているのだった。

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