SSS(超短編)OFF
「どうして…どうして…」
エマは冷たい床に膝をつき、壊れたレコードのようにただその言葉を繰り返していた。
彼女に抱かれたエルセンは頭から液体を噴出させ、無表情で腕を垂らしていた。彼は既にバーントと化していた。
「一緒に頑張ろうって言ったのに…」
一滴の涙がエマの瞼から這い落ち、エルセンの真っ白なシャツに丸模様を形作った。
エルセンはまだ仄かに残る意識の中、震える手でその場所に軽く指をこすりつけ、確かめるように面前へもっていった。白い指先に付着した少量の液体は蛍光灯に反射し、てらてらと濡れている。
「ああ…エマ…泣いているの?」
エルセンの手がエマの頬に添えられ、温い涙を親指で拭き取る。
エマは鼻を啜りながら手を重ね、熱を失いかけていく温もりに頬をスリ寄せた。
「ごめん…だけど僕、頑張ったんだ…精一杯仕事したし、デ、デーダンさんの怒鳴り声も…」
「…ええ、わかってる」
「でも、もう限界だよ…楽になりたい…」
「ええ…」
エルセンの手が力無く頬から滑り落ちる。
「エマ、僕に、僕に最後の幸せをちょうだい…僕が生きてきた証を」
黒々とした液体の中、エルセンの二つの目玉がエマをとらえた。灰色に濁り、そこに夢や希望は存在していなかった。
エマは腰を曲げ、両手でぬめりを帯びた液体の中からエルセンの顔を探り当て、その薄い唇に深く体を委ねた。エルセンも与えられた塊に必死に食いつき、舌をはむ。しかしエマからすれば、それは死にかけた猫のように弱々しく哀れだった。
「エマ、僕、まだ君を…あ、あ、愛してる…」
私もよ。そう言おうとしたが、口の中の熱い乾きがエマの声帯を塞いだ。代わりに彼女の目からは大粒の涙が溢れ出した。
「君の涙、キレイだ」
液体の中、目を閉じてエルセンが笑う。閉じたままエルセンの顔が灰になる。
ハッとしてエマが頭から頬にかけてエルセンをなでおろしたが、彼女の手が滑った跡は窪みしか残らなかった。
「さよならなんて言わせないで…」
白い蛍光灯に照らされた部屋の中、エマのすすり声が響き渡る。
腕の中で抱かれたエルセンの体はシャツとズボンを残して灰と化したが、その顔は最後まで笑っていた。
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