SSS(超短編)Portal 2
「ウィートリーは、私が脱出した後はどうする?」
荒廃したアパチャーサイエンスの床に腰を落とし、休憩していた私は唐突にウィートリーに問いかけてみた。
私の腕に抱かれたウィートリーは「そうだなあ」と天井を眺めて、小さな頭脳チップを働かせた。そして一つの考えが出ると体をゆらりと左右に揺らし、言った。
「エマについていく……ってのも良いけど、彼女が許さないだろうなあ」
「そっか……そうなっちゃうよね」
「ま、せいぜいエマの無事を祈ってるんじゃないかな」
ウィートリーは下瞼にあたる板を持ち上げ、笑顔を作った。
しかしウィートリーとは反対に、私の顔色はさえなかった。
彼女、というのはアパチャーサイエンスのテストを仕切っていた冷徹なAI、GLaDOSのことだ。
GLaDOSは一人の被験者の手により今は亡きロボットとなったが、ウィートリーはまだ彼女の面影に怯えていた。
私の施設脱出を手伝ってくれているのだって、本当は相当恐怖を背負っているはずだが、ウィートリーはそんな雰囲気を微塵も見せず、私を導いてくれていた。
そんな彼に吊り橋効果というのだろうか、窮地に立たされていた私はすっかり魅入られ、恋にも似た感情を抱いていた。
だからウィートリーの答えを聞いた時、私は落胆した。脱出できたとしても、好きな人―ウィートリーはロボットだが―と一緒にいられないのはツラいからだ。
「俺の分も地上を堪能しろよ。あ、手紙書いてね。ああ、だけどこんなとこに郵便配達の兄ちゃんは来られないか」
「GLaDOSに被験者にされるね」
「そうそう!そんでもって酸性のプールに手紙入れたカバンと一緒に溶かされてさ」
ウィートリーは私の気持ちなど知るはずもなく、心をえぐる言葉をさらにかけてきた。
酸に溶けていく郵便配達員を想像して笑い声をあげるウィートリーを、私は緩むこともできない顔で見下ろしていた。
「まあ、安心しろよ。とにもかくにも、俺が全力でエマを脱出させてやるからさ」
「うん……ありがとう、ウィートリー」
「おやすいごよう!」
ウィートリーが顔を見上げてくる。深く青い瞳はきらりと輝き、希望とかそんなものが沢山詰まっていた。
ありがとう。私も無理やり笑顔を作り、ウィートリーを強く抱きしめた。
「わわ、エマ、あんま抱きつかないでくれる?人間の汗の臭いって苦手なんだよね」
「ごめん、だけど、後もう少し抱かせて」
「んー、そう言うなら。じゃあ後10秒だけだからな」
脱出した時の想像で哀愁が募り、私はウィートリーを抱きしめることでにじみ出る涙をこらえた。
こうしてウィートリーといつまでも一緒にいられるなら、脱出なんかしなくて良いと思った。
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