SSS(超短編)

Neverending Nightmares



目の前にいる、色白の女。
彼女は間違いなく自分の恋人で、確か営みの後に僕の腕の中で眠ったはず。
彼女は暗闇恐怖症のため、トイレや喉の渇きに目を覚ましたら、必ず僕を揺すり起こしてついて来てもらわなければ、蝋燭を持っていても家の中を動き回れなかった。
いい年をして子供みたいじゃないか、と僕に言われて恥ずかしそうに笑う彼女の顔が頭の片隅に浮かんだ。
しかし今、彼女は深い闇の中で床に寝そべり、虚ろに椅子の脚を見つめている。蝋燭の火に照らした僕の顔が、初めは得体の知れない亡骸に無表情を貼り付けていたが、それが僕の大好きだった、子供が欲しいとよく僕を誘惑させた、クッキーを焼くのが上手だった、髪の毛をよく触る癖を持った、愛しい愛しいエマだとわかった時、果てしない虚しさに歪みを生み出した。
僕は蝋燭をエマのすぐ横に置いて、彼女の亡骸に跪いた。無造作に放られた彼女の両手の内一つを握ったが、冷たかった。

わああ。僕は、その瞬間子供のように声を出して泣いた。
あんなに美しかったエマが、僕のエマが、家族に囲まれて暖かいベッドの中で眠るように安らかな最後を遂げることなく、あっさりと死んでいる。僕の妹が慕っていたエマが、彼女になどまったく敬愛を示さない誰か酷い奴の手にかかって死んでいる。
僕はエマに抱きついて、暖かかった胸に顔をうずめた。
エマの胸元から生える凶器により流された彼女の清らかな赤い命を手に塗りたくり、僕の顔を彼女で染まらせた。きな臭く冷たかった。

僕は自分の手を見た時、その気味悪さから涙を再び引きずり出した。
僕の両手は真っ赤で、エマの古い血液の上に新しいものが塗られていた。
息を呑んだ。どうして。僕は両手を、震える両手を、不安に溺れた目で凝視する。
そして、頭の中に閃光の様に移り変わる景色に、僕はすぐ隣に最愛の妻がいることも忘れて嘔吐した。
胸の中の虚しさが極限まで埋まった。かつて妹をナイフで刺す現実という名の夢を見た時、あの時と同じもので僕の体は埋め尽くされた。
そんな……夢だ……あれは、これは夢なんだ……。

妻の皮を被った妹。あの時の悪夢は、どうしてすぐに彼女を妻だと納得できたのだろう。
しかしこの悪夢は、僕に慣れを植え付けるすきを与えなかった。
僕は夢という呪文を呟きながら、エマの体を見下ろした。
気のせい、だろうか。彼女の視線が、最愛の夫に動いたのは。
しかし僕は、悪夢を終わらせたかった。エマが精神病に狂った男に殺された悪夢を終わらせたかった。
左手から静脈を、右手から骨をえぐり出し、ミンチ機で指先をぐちゃぐちゃに潰した僕の狂った現実には、確かに、エマの姿はあっただろうか。
僕の両手に巻かれた包帯は、悪夢の優しさなのか。
悪夢は何故、いつものように僕をベッドから起こしてくれないのだ。
僕はそこまで考えて、恐怖から自分を抱いた。
"わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか。違うというなら、僕をこの悪夢から救い出してください。"
震える唇で何度も唱えた。
エマは冷たく、僕は二度とベッドに戻らなかった。

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