2023/07/15(Sat)

ただの鬱

★o/r/a/n/g/eのパロをしようと設定を考えて満足したやつ
※西ロマ
※現パロ
※人名表記
※かなり暗い
※死ネタ含む
※イギリス好きな人はダメかもしれない
※むしろ全員ちょっと頭がおかしい
※読み返してないので誤字脱字がやばい

・フェリシアーノ・ヴァルガスの愛憎
両親を幼い頃に亡くした俺を引き取ってくれたのは、祖父だった。祖父は相当な資産家で、幼い子供を養うのに金銭的な苦労はなかったらしく、迷いなく引き取ったそうだ。その頃の俺はまだ一歳程度で、実のところ記憶は全然ない。なので両親のことは写真で見ただけで、声すら知らない。
引き取ってくれた祖父は、俺を連れて海外へ飛んだ。仕事の関係でどうしても国外で仕事をしなければならなかったようで、まだ幼くて手のかかる俺だけ連れて、海外に移り住んだ。
兄がいた。二歳年上の兄は、国内にいる遠縁の親戚の家に預かってもらうこととなったらしい。金銭援助は惜しまないが、一人の祖父に、仕事をしながら二人の子供の面倒は難しく、泣く泣く信頼のおける遠縁に預けたそうだ。なので兄に会えるのは、祖父が一時的に帰国した時ぐらいで、数年に一度会える程度だった。
兄は俺のことを嫌っていた。それは恐らく幼い頃からで、兄にかわいがってもらった記憶は、悲しいかな一度もない。恨みが篭った目で睨みつけられ、憎まれ口を叩かれるばかり。嫌われていることが悲しかったが、そんな兄と俺の間に入ってくれたのが、アントーニョ兄ちゃんだった。彼は兄が預けられている家の子で、随分と兄をかわいがっていたようで、兄が俺をいじめるとすぐ間に入って止めてくれた。弟いじめたらあかんやんと言うと、兄はぶすくれて、部屋に閉じこもってしまうのだ。アントーニョ兄ちゃんはそんな兄を追いかけ、宥めて、慰め、最後には笑顔で抱きしめていた。
兄は愛されていた。祖父も遠くにいる兄を気遣っていたし、親戚の家でも本当の家族のようにかわいがられ、何よりアントーニョ兄ちゃんに愛されていた。ただ一人の愛情を、独占していた。
祖父は俺を連れて行ってくれたけど、仕事が忙しくて世話をしてくれたのは、祖父の友人の菊ばかりだった。菊は優しくて、一緒にいるのはとても好きだったし、大好きだった。でもやっぱり、眠る時にそばにいてほしいのは、祖父だった。
年を重ねる毎に、俺は兄の状況に嫉妬した。一心に愛され、大事にされ、唯一を持っている兄に。それなのにアントーニョ兄ちゃんが俺をかわいがると拗ねて、すぐアントーニョ兄ちゃんの関心を奪っていってしまう兄が、憎らしくて、羨ましかった。

十一歳の時、祖父が死んだ。病気を患い、もはや手遅れだと言われ、発覚してからあまり間を置かず死んでしまった。
それから菊は俺と兄を引き取り、菊と共に帰国した。兄は最初、祖父の死を否定して大騒ぎしたが、棺で静かに眠る祖父を見て、号泣して意識を失った。意識が覚めたと聞いてアントーニョ兄ちゃんの家に向かうと、兄はアントーニョ兄ちゃんに抱きついて、泣き喚いていた。
もっと愛されたかった。もっと一緒にいたかった。もっと頭を撫でてもらいたかった。フェリシアーノが羨ましい。どうして俺を置いて行ったんだ。フェリシアーノになりたかった。
涙につっかえながら、アントーニョ兄ちゃんの腕の中で、兄は延々とそんなことを言っていた。アントーニョ兄ちゃんはまるで祖父の代わりのように、兄の頭を撫でながら、そうやな、そうやな、と優しく相槌を打っていた。
今までずっと、兄を好きになれなかった。けれどその時初めて、兄に同情する気持ちが芽生えた。祖父に愛されていなかったと思っていて、その誤解を解いてもらえなかったせいで、兄は愛に飢えている。一心に愛してくれる目の前の相手に気付かないまま、ただ愛がほしいと泣き崩れる姿は、ひどく哀れだった。兄はきっと、一生その呪縛を解けないだろう。
唯一残った肉親は兄のみ。兄はこれからアントーニョ兄ちゃんの家を出て、俺と菊と三人で暮らしていく。新しい生活が彼にとって、喜びの始まりであればいい。本当にそう思っていた。いびつで醜くて、哀れな兄を、愛そうと思っていた。

兄は何年たっても、俺を嫌っていた。いくら俺が愛想よく話しかけても、兄は取り付く島もない。不愛想に磨きがかかったのは、アントーニョ兄ちゃんが兄から離れたというのもあるだろう。
アントーニョ兄ちゃんは兄の二歳年上で、兄より先に高校生となった。アントーニョ兄ちゃんは兄が家を出てしばらくしてから、彼女が出来た。彼女が出来ると、必然的に兄と一緒にいる時間は減った。兄も遠慮して近付かなくなったし、何より兄はまだ中学生で、一緒に住んでいなければ自然と接点は減っていく。二人はどんどん疎遠となった。
これは少し意外だった。アントーニョ兄ちゃんの兄に対する愛情は凄まじいもので、住む家が変わった程度でそれは薄れないと思っていた。実はずっと兄から離れたいと思っていたのか、離れたことでどうでもよくなったのか、理由はわからない。
そのせいか、兄はアントーニョ兄ちゃんが通っている高校を選ばず、別の高校を受験した。無事合格して高校入学の準備を始めている頃、アントーニョ兄ちゃんから連絡が入った。小さくなった制服を兄に譲ろうかという相談だった。何故本人に聞かないのかはわからなかったが、どうやらアントーニョ兄ちゃんは兄が別の高校に行くことすら知らないようだった。
「兄ちゃん、別の学校だから制服はいらないんじゃないかな?」
「あ……そうなん……」
同じ高校ではないことにショックを受けているようで、途端に口数が少なくなったアントーニョ兄ちゃんは、そのまま電話を切った。二人は本当に、顔すら合わせていないようだった。何が二人をそこまで遠ざけたのか、わからなかった。

愛そうと思っていた兄を煩わしいと感じることが、年を重ねる毎に増えていく。兄が俺に冷たいのは変わらずで、全く心を開いてくれなかった。ずっと俺を羨んでいるような、憎んでいるような目で見つめてくる。嫌いなら突っかかってこなければいいのに、顔を合わせると突っかかってきて、俺を傷つける。うんざりした。
その日は運悪く菊がいない日で、二人で夕食を食べなければならなかった。兄はなんでお前の顔なんか見ながら食べなきゃいけないんだ、飯がまずくなる、どこかに行け、などと口にした。存在すら否定されたようなその言葉にあまりに腹が立ち、思い切り言い返した。初めてのことだったかもしれない。
「そんなに俺が嫌い!?じいちゃんが俺だけ連れて行ったから?俺が選ばれたから?俺がアントーニョ兄ちゃんと普通に話せてるから?それって俺が悪いことなの?全部全部、兄ちゃんが憎たらしいことばっかり言うのが悪いんでしょ!?」
机を叩いてそう怒鳴った。兄は何も言い返さず、ただ傷ついたように目を見開いて固まっていた。
「言い返さないの?そうやって俺だけ悪者にするの?いい加減にしてよ。俺、兄ちゃんのそういうとこ、ほんと大嫌い」
自分がこんなに冷たい声が出せるのだと、驚いた。兄は何も言わないまま、家を出て行った。とても追いかける気にならなかったし、普段の兄の口の悪さを思うと、あれぐらい言われたって仕方ないだろと言いたくなる。俺はむしゃくしゃしながら一人でご飯を食べて、そのままアントーニョ兄ちゃんに電話した。
兄の愚痴を聞いてくれるのはアントーニョ兄ちゃんぐらいで、彼はいつもロヴィーノ口悪いもんなあで流してしまう。兄に対するアントーニョ兄ちゃんの心の広さは何なんだろうと、いつも不思議に思う。
「きっとアントーニョ兄ちゃんの家に行くと思うから、申し訳ないけど、よろしくね」
「……あいつ、来るかなあ」
「行くよ。だって兄ちゃん、アントーニョ兄ちゃんしか頼る人いないもん」
兄は友達がいない。高校に入ってもう数ヶ月経っているのに、未だに友達と遊びに行く素振りもない。家で一人で過ごしている姿を見ると、なんてかわいそうな人だろうと思った。
「うちは全然ええけど、もしフェリちゃん家帰ってきたらまた連絡頂戴な」
そう言って、アントーニョ兄ちゃんと電話を終えた。話して少しスッキリしたが、まだむかむかしていて、先に寝てやろうと思い、兄を待たずに寝た。今回は兄が謝ってくるまで、絶対に謝らないと決めていた。そしたら謝ってもいいかな、とも。自分がひどいことを言った自覚はあった。
ひとりベッドに入って眠った。その時兄の夢を見たような気がするけど、それが何だったか、今になっても思い出せない。きっと夢を遮るように、揺り起こされたからだ。
「起きて……起きてください、フェリシアーノくん」
目を覚ますと、菊が俺の体を揺すっていた。普段落ちつた様子の菊が、珍しく狼狽しているようだった。顔も青くて、俺を体に触れている指先がわずかに震えていた。
「ヴェ……どうしたの、菊」
「落ち着いて、落ち着て聞いてください」
落ち着ていないのは菊の方だった。頷いてベッドに座ると、菊は真っ直ぐに俺を見つめた。額に汗が滲んでいることを思うと、どうやら本当に急いでここまで来たらしい。
そういえば、今は何時だろう。家を飛び出した兄は、もう帰ってきたのだろうか。家の中は誰もいないように静かなようだ。
「ロヴィーノくんが、交通事故にあったようで……」
……どんな夢だったか。うまく、思い出せない。

コンビニの目の前で、トラックに轢かれて死んだらしい。兄は青信号で横断歩道を渡っていて、居眠り運転によって物凄いスピード走ってきたトラックに撥ね飛ばされ、ほぼ即死だったようだ。苦しまなくてよかったと思った。恐らく、生きている時、とても苦しんでいたと思うから。
死んだなんて信じられなかった。霊安室で傷だらけの兄を見た時、ぴくりとも動かない姿に涙すら出なかった。顔を覆ってその場に蹲った菊の背中を撫でながら、兄はこれからどこにいくのだろうと、そんなことを考えていた。
どうやらニュースで兄の死を知ったらしいアントーニョ兄ちゃんは、俺たちの家の中を歩き回って、ひたすら兄を探していた。現実を見れないアントーニョ兄ちゃんの背中を眺めながら、もっと早く今のように会いに来てあげたらよかったのにと思った。兄はずっとそれを待っていた。臆病な兄は、自分から会いになんていけなかった。それをアントーニョ兄ちゃんが知らないはずなかったのに、彼はそっと兄から離れた。
アントーニョ兄ちゃんを責める権利は俺にはない。むしろアントーニョ兄ちゃんは、死ぬ直前にケンカした俺をどう思っているのだろう。愛しい兄に、ひどい言葉を叩きつけた俺を、恨んでいるだろうか。憐れんでいるだろうか。そうやって俺が考え込んでいる間でも、アントーニョ兄ちゃんはもうこの世にいない兄を探し回っていた。
兄は、愛されている。死して尚、今も。

兄が羨ましい。最後の肉親だった兄は、俺を置いて先に家族の元へと旅立った。そこで彼は、家族の愛情を独り占めするのだ。きっとここで愛を乞うている俺を、見下ろして嗤っているだろう。

俺を独りおいていった兄を、許せそうにない。



・アントーニョ・ヘルナンデス・カリエドの罪咎
五歳のころ、一人っ子だった俺に二つ年下の弟のようなものが出来た。血の繋がりはほとんどないようなもので、とても遠い親戚にあたる人の子供を預かることとなったらしい。両親が事故で死に、かわいそうな身の上の子だから優しくしてあげてねと母に言われ、よくわからなかったが彼には優しくしなければならないのだと理解した。名を、ロヴィーノと言った。
一緒に暮らすようになって、極力ロヴィーノには優しく接していた。けれどロヴィーノは中々こちらに懐こうとせず、優しくしている俺や母を拒絶したり、おねしょしたり、大声で泣き喚いたりとひどい有様だった。最初は仕方ないのだと言い聞かせていたが、自分もまだまだ子供だった。母は手のかかるロヴィーノにかかりきりになり、今まで一心に受けていた愛情、母の全てを取られたような気持になった。ロヴィーノが邪魔だと思うようになっていた。
ある時、皿を落として割ってしまったロヴィーノが、大声で泣き喚ていていた。自分で皿を落としたくせに、被害者のように泣いているロヴィーノに腹が立って、思い切り頭をぶった。疲れた顔をしている母を見ていられなかったのだ。けれど母は逆にそんな俺の頭をぶった。母の為を思って、母を守ろうと思っただけのに、逆に母に守られているロヴィーノが許せなくて、謝りもせず部屋に閉じこもって泣いた。ただ泣くだけの他人も、やつあたりをする身内も、うまくいかない自分自身も苛立って、泣き続けた。
いつの間にか泣き疲れて眠っていたが、すすり泣く音が聞こえて目が覚めた。ロヴィーノは俺の隣に部屋があって、どう考えても泣いている音はロヴィーノのものだった。泣いて寝たことで少しスッキリして、ロヴィーノの部屋の前に立った。中に耳をすませると、聞き飽きたロヴィーノの涙声が聞こえる。
「とうさ、ん……かあさん……じい、ちゃ……」
泣き声の合間に聞こえるのは、家族を呼ぶ声だった。そんなに実の家族が恋しいなら、家族の元に行けばいいのだ。俺の家族じゃないくせに、俺の家族をめちゃくちゃにして、邪魔者以外の何者でもない。聞いていると、どんどんイライラしてきた。聞いていられないと自室に戻ろうとしたとき、また聞こえたロヴィーノの声に足を止めた。
「この、ままじゃ……すてられ、ちゃう……おれ、なにも、できなっ……き、きら、きらわれて……めいわく、ばっか……」
こわい。さびしい。すてられたくない。
そんなロヴィーノの言葉が聞こえて、体が動かなくなった。
「さみしい……!」
泣き続けるロヴィーノに誘発されるように、枯れたと思った涙がまた溢れてきた。今までずっと邪魔だ、何を考えているかわからないと思っていた存在が、やっと掴めたような気がした。
捨てられると怯えて、ただ愛がほしいと泣く子供は、まるで今の自分のようだった。母親が取られる、俺を愛してくれないと悔しくて泣いていた自分と、ロヴィーノの姿が重なる。何をやっても上手く出来ない、赤の他人の子供。嫌われて、捨てられてしまう。そんな恐ろしさが生まれてしまうのは、当然だった。
ロヴィーノの部屋にノックもなしに入って、部屋の隅で震えて泣いていたその子供を抱きしめた。驚いたように体を固めたロヴィーノの頭と背を撫でる。
「ごめん、ごめんな……おれ、おまえのこと、わかってへんかった。きらいになんか、ならへんよ……ロヴィーノ」
ここにおってと言いながら抱きしめると、彼はやっと体の緊張を解いて、俺に抱きついて泣いた。あまりに大きな声だったので、驚いた母が部屋に駆け付けたが、抱き合って泣いている俺たちを見て、ほっとした様子で肩を撫でおろしていた。

それから俺は、途端にロヴィーノをかわいがった。もちろんケンカもしたし、突然ロヴィーノが良い子になる訳ではなかったが、彼がどうにかして俺たちの役に立とうとしている片鱗を見つけると、許さざる得なかった。
どこに行くにもロヴィーノの手を引いて行くと、ロヴィーノはだんだんと俺のそばを離れなくなった。食事をする時も、風呂に入る時も、寝る時までずっと一緒だった。煩わしいと思っていた子が、愛しくてたまらない存在になるのに、時間はかからなかった。
俺がロヴィーノをかわいがればかわいがるほど、ロヴィーノが俺に心を開いていくのがわかった。頼れられると嬉しいし、素直じゃないことを言いつつ、そっと俺の手を握って来るその不器用さが、ただただ愛しい。本当の弟のようにかわいがる俺の姿を見て、両親も安心しているようだった。
いっそ自分のことよりロヴィーノを優先している姿に、異常じゃないのと最初に言ったのは、幼馴染のフランシスだった。その時はお前には兄弟がいないからわからないんだと、聞き流していた。フランシスはかわいがりたいアーサーをいじめてしまうような歪んだヤツなので、余計にお前が言うなという気持ちになっていたんだと思う。
けれど自分がロヴィーノに向ける愛情が、もしかしたら普通ではないのかもしれないと思うようになったのは、中学生になった頃だった。周りが弟や妹が鬱陶しいだのかわいくないだのと言う中で、年を重ねる毎にどんどんかわいいと思う気持ちが膨れ上がる自身の方が、変わっているのだと気が付いた。
俺が中学に上がるころ、ロヴィーノはまだ小学生だった。どんどん口が達者になって生意気さは増していたが、変わらずロヴィーノはかわいかった。家に帰ると必ずハグをして、頬にキスを送り合った。食事を終えても互いの部屋でずっとべったりで、眠る時も変わらず一緒だ。学校の合宿などで一緒に眠れないのが、嫌で仕方なかった。
かつてフランシスに言われた「異常」という言葉が頭を掠めた。自身にとってそれは普通のことで、おかしいと言われても何がおかしいのかわからない。ただ周りと違うのだということだけはわかった。でも今更周りと同じようになれと言われても、はいわかりましたとはなれなかった。ロヴィーノという存在は、もう俺にとって空気と同じぐらい当然にそこにあって、そして必要なものだった。空気がなくなると死んでしまうように、ロヴィーノがいなくなると、死んでしまうのではないかと、当時は思っていた。
本当にその頃は、そう思っていた。その気持ちに偽りなんてない。ただ悲しいや寂しいという気持ちだけで、人は死なない。死のうと、しなければ。

それだけそばにいたロヴィーノとの別れは、案外あっさりきてしまった。ロヴィーノの祖父が死に、別々で暮らしていた弟と親代わりとなる本田菊という人が、ロヴィーノを迎えに来たのだ。
ロヴィーノは祖父が死んだ影響でおかしくなっていたし、今までずっとロヴィーノを放っておいた相手に引き渡すなんて、絶対に嫌だと反対した。しかし両親が言うに、血の繋がった家族に言われると、断れないのだと言う。散々嫌だと言ったし、本田菊という相手にも結構ひどいことを言った。どれだけ勝手なんだとか、どれだけ都合がいいんだとか、ロヴィーノの気持ちを考えろと言ったが、現実は何も変わらなかった。ロヴィーノはただ泣きながら、二人に連れられて家を出て行った。
「……今まで、ありがとう」
別れ際に聞いたロヴィーノの言葉は、それだけだった。許せなかった。ロヴィーノの気持ちを考えない大人の勝手さも、流されてしまうロヴィーノの弱さも。
ロヴィーノは本心を隠した。感謝は本当にしていただろうが、本音はもっと別にあったはずだ。今までずっと別々に暮らしていた、好きでもない弟と暮らしたいなんて、あのロヴィーノが思うはずがない。
出て行きたくない、ここにいたいとロヴィーノが言ってくれれば、誰かを殺してでもロヴィーノを連れて行かせなかった。そう思うぐらい、憤りを感じていたし抑えられなかった。簡単に俺の元を離れたロヴィーノを、許せなかった。

ロヴィーノがいない家はなんだか寒々しくて、ぽっかりと穴が開いたように感じた。家にいればいるほど辛くて、家にいることが少なくなった。部活をしたあと、だらだらと友人たちと遊んで、寝るためだけに家に帰る。その間、ロヴィーノに全く連絡しなかった。怒りが全く収まっていなかった。顔を見ると何を言ってしまうかわからなかったので、ロヴィーノを避けるようになった。
更に苛立ちを加速させたのは、ロヴィーノの弟であるフェリシアーノの電話だった。フェリちゃんは兄であるロヴィーノの愚痴をよく俺に吐いた。大概嫌われてるだの、口が汚いだのと俺が知っていることをよく話した。
わかっていない。ロヴィーノの文句を言ってくる時は、近付こうと努力しているのだ。そうやって気を引きたいだけ。それにこっちが怒ったふりをすると慌てて、少し泣きそうになりながら「そ、そんなに怒らなくていいだろ……」と不安がる。不器用なだけのことに、フェリちゃんは気付いていない。そして俺はそれを教えなかった。あの兄弟が仲良くなるのが嫌だった。
そんなに気に食わないなら、ロヴィーノを返してくれ。愚痴を聞くたび、いつもその言葉が出かかっていた。俺だったらロヴィーノの良いところも、悪いところも全て愛せる自信がある。血の繋がりというだけで、ロヴィーノを繋ぎとめられるフェリちゃんに、ただただ腹が立った。
でも返せと言えなかった。言いたかったけれど、俺にそんなことを言う資格はないと思っていた。
離れてみて、気が付いた。恐らく俺は、ロヴィーノのことを家族として、そして以上の意味でも愛していたのだと。ロヴィーノが家を出て行ったことで精神的におかしくなっていたのもあっただろうが、ロヴィーノを犯す夢を見るようになった。今まで純粋だった彼への愛情に、泥を塗られたような気持だった。でも、その欲は間違いなく自分の物だった。
今の状態でロヴィーノが家に戻ってくると、間違いなく犯してしまう。嫌がられても押さえつけて、泣き喚かれても関係なく、家族の枠を超えた行動を取ってしまう。ロヴィーノと離れたほうがいい。あの子を、こんな醜く恐ろしい獣を秘めている男に、近付けてはならない。
そうして、あれだけ大事にして、愛おしくてたまらなかった存在を、手放した。自分のためだけに。

それから何人か彼女を作った。みんなかわいくて、好きだと思ったが、ロヴィーノを前にしたときほどの感情は生まれなかった。一生そうやって生きていくのだろうと思っていた。でもロヴィーノから離れて二年以上も経つと、ロヴィーノが幸せならそれでいいと思うようになった。ロヴィーノが、俺の通っている学校とは違う高校を選んだのも、賢い判断だと思った。あの子はもしかしたら、俺の醜い感情に初めから気付いていて、本当は離れたかったのかもしれない。
俺といないことが幸せなら、それでいい……それで……。

ある朝、高校生がトラックで轢かれたというニュースが流れた。写真は出なかったが、名前だけが画面に映った。
『ロヴィーノ・ヴァルガス』
見間違いかと思った。夢でも見ているのかと。それか同姓同名かもしれない。両親も驚愕していた。母親は本田菊たちに連絡を取っていたようだが、俺は家を飛び出してロヴィーノたちの家に向かった。ロヴィーノたちの家は玄関の鍵はかかっていたが、リビングの窓の鍵が開いていたので、そこから入った。
「ロヴィーノ」
名前を呼んだが、返事がない。家はしいんと静まり返っていて、誰かがいる様子もなかった。
名前を呼びながら家の中を探し回ったが、ロヴィーノはどこにもいない。風呂場も、トイレも、全ての部屋も、クローゼットの中を探してもどこにもいない。そうしていると、本田菊とフェリちゃんが帰ってきた。
「兄ちゃんは死んだよ」
俺からロヴィーノを奪った弟は、色のない声でそう言った。でも俺はまだ、ロヴィーノをこの目で見ていないのだ。ここ数年……姿すら、声すら。何もかも。
「今夜お通夜だから。もう帰って」
家から追い出されて、しばらくどこを歩いているのかわからないまま彷徨った。そして足は自然と、事故がった場所まで向かった。横断歩道から随分と離れたところのコンクリートの色が、少しおかしかった。車道からそれた歩道に、それはあった。その前に立って、思う。冷たいコンクリートの上で、投げ出されたロヴィーノは、何を思っていたのだろう。
昨夜、ロヴィーノとケンカしたとフェリちゃんから電話を受けた。あの時、家に来ないロヴィーノをどうして探しに行かなかったのだろう。どうして、トラックに轢かれる前に、腕を引いて助けてやれなかったのだろう。部屋の隅で震えて泣いていたあの子を抱きしめたように、どうしてまたあの子を救ってあげられなかったのだろう。
死を目前にしたロヴィーノが、助けに来なかった俺を恨んでいてくれたらいいのに。死の直前まで、俺を思ってくれていればいいのに。どんな形であれ。

予定通り通夜は開かれた。傷だらけで、帽子を被ったロヴィーノが棺の中で眠っていた。そこで立てなくなるほど泣いた。フランシスとギルベルトが肩を支えてくれたが、しばらくその場から動けなかった。
久しぶりに姿を見れたことが嬉しいと思う自分のどうしようもなさに、涙が止まらなかった。

ロヴィーノが死んでからしばらくして、フェリちゃんに呼び出された。無視しようと思っていたが、ロヴィーノに関することで見てほしいものがあるのだと言われ、渋々家に向かった。何故かフランシスとギルベルトまで着いてきたが、フェリちゃんに呼び出されたのだと言う。おそらく俺が取り乱した時の為なのだろう。吐き気がした。
「ロヴィーノくんの……遺書が見つかりました」
家に向かうとフェリちゃんと本田菊に迎えられ、本田菊は俺に真っ白な封筒を渡してきた。遺書などとどこにも書いていないが、どうやら先に中身を見たらしい本田菊が言うには、遺書らしい。
「遺書?ロヴィーノは事故で死んだんだよね?」
思っていたことを、代わりにフランシスが尋ねた。
「はい。ですが内容が……もしかしたら彼は、いつか違う形で死のうと思っていたのか、故意的にトラックの前に飛び出したのか……」
衝撃だった。ロヴィーノは事故で偶然死んだと思っていた。けれどもしそれが、横断歩道に突入するトラックに自ら飛び込んだものだったとしたら。ロヴィーノは奇跡的に巡り合った偶然を装って、自殺を計ったかもしれない。
「見るか見ないかは、アントーニョくん自身が決めてください」
封筒を持つ手が震えた。それでも目の前の二人が、俺よりロヴィーノのことを多く知っているのが許せなくて、封筒を開いた。中から出てきた便箋は二枚あった。白い紙に並ぶロヴィーノの字を見て、心が震えた。
内容は、ほとんどが生きていることへの謝罪のようなものだった。祖父に対して、亡くなった両親に対して、俺の両親に対して、本田菊に対して、フェリちゃんに対して。祖父がいなくなってから、生きていていいように思えなくなった。大事にされているとわかっているのに、自分の居場所はここじゃないと思うようになったと書かれていた。
最後に、一枚の全てが俺に宛てて書かれたものだった。謝罪もあったが、意外に感謝の方が多かった気がする。文句もさりげなく書いてあった。俺と距離が出来たことを悲しんでいて、でもそれでよかったのかもしれないと書かれていた。俺の人生を、ロヴィーノに費やすのは、俺の時間の無駄になると。
『離れてみて、改めて俺には何もないんだって実感した。俺の世界は、間違いなくアントーニョによって作られていたし、アントーニョが全てだった。俺から離れてアントーニョの世界を生きてほしいのに、一人にされるのが怖かった。アントーニョがいないと、俺は本当に世界でひとりぼっちだ。でもアントーニョの邪魔は出来ない。もう泣いてたって、あいつは慰めてくれないし、抱きしめてもくれない。俺の居場所は、ここじゃないんだと思う。でも他にどこにも行けない。アントーニョのいない世界って、スゲーつまらない。これを最初に見つけた人がどうかアントーニョでありませんように。あいつに見つかる前に、燃やしてほしい』
全てを読み終えて、隣で覗き込んでいたフランシスが俺の腕を掴んできた。
「……ごめん。ごめん、俺……ごめん……」
フランシスは真っ青になって、何度も謝っていた。何に謝っているのかわからない。そんなフランシスを無視して、俺は家の中を見渡した。鳴き声がしないか、耳をすませた。部屋の隅で震えている影がないか、目を動かした。
でもどこにもいない。声もしない。この遺書を残したあの子は、もうどこにもいなくなった。
抱きしめてほしがっていたあの子、俺が全てだと求めてくれたあの子に、俺もお前が俺の全てだったのだと伝えてあげたい。抱きしめて、キスをして、もういいと言われても離さず伝えてやりたい。

どうしてこの世の秩序も、道理も、全て無視して、家を出て行くあの子を抱きしめなかったのだろう。どうしてここにいろ、どこにも行くなと言ってあげられなかったのだろう。あの子はもう、死んだ祖父ではなく、俺の腕だけを求めていたはずなのに。
いなくなった今、どうやって彼を抱きしめればいいのかわからない。

腕はただずっと、空をかき続けている。



・フランシス・ボヌフォアの懺悔
家の隣に住んでいる一つ下の男の子を、かわいがるのが好きだった。髪はいつもぼさぼさで、顔はかわいいのに口から飛び出す言葉は生意気なものばかり。かわいくなくて、かわいいその子をよく突いては、なだめるためにお菓子を上げて機嫌を取っていた。その時間が好きだった。
その話をすると、幼稚園頃から付き合いのあるアントーニョはいつも「お前は変わっとる」と言うのだ。あいつは血の繋がっていない弟みたいな子と一緒にくらしていて、目に入れても痛くないほどかわいがっている。異常な偏愛を持ってるあいつに言われたくはなかった。
アントーニョ曰く、かわいいものはとにかく愛でて、愛で倒したいらしい。俺からするとかわいいものは突いて、何かしら反応が返ってくるのが良い。アントーニョと仲は良いけれど、愛し方は異なった。だからよかったのだと思う。あいつがかわいがっているロヴィーノはとてもかわいかったけど、好みではなかった。だから俺たちは上手くいってたんだろうと思う。
かわいかった隣の家のアーサーは、年を重ねる毎にかわいさを失った。俺がちょっかいをかけても無反応になっていった。中学生に上がるころには本当にかわいさを失って、かわいがる気も失せて、関わることが減った。家が隣なので嫌でも顔を合わせることはあったが、もう俺があいつの名前を呼ぶことはほとんどなくなった。興味が失せてしまったのだ。
かわいい子を失うと、すっかり手持ち無沙汰なって、俺はそれから色んな女の子と遊んだ。女の子はみんなかわいくて、愛してくれるし、愛させてくれた。俺はそれだけで満たされた。女の子と遊びまわっている俺を、アントーニョは呆れた様子で見ていたが、何も言わなかった。弟分に愛情を注ぎまくって、彼女ひとつ作らないアントーニョよりマシだ。あいつは盲目に、ロヴィーノを愛していた。異常なほどに。彼女を作らないのも、間違いなくロヴィーノが原因だ。
あの二人を見ていると、なんだいつもイライラした。理由は、よくわからない。

俺とアントーニョは同じ高校に進んだ。その先で、ギルベルトという友人が出来て、よく三人で行動した。アントーニョは高校でも、まだ中学のロヴィーノの話をしてはかわいいとデレデレしていた。ギルベルトは気持ち悪がっていたが、ロヴィーノの写真を見るとかわいいと騒ぎ始めたので、類は友を呼ぶとは本当のことなのだろう。
「ロヴィーノにな、俺と同じ高校来てなって言うてんねん。一緒に登校出来んの楽しみやなあ」
アントーニョは、既に二年後の話をよくした。ロヴィーノが入学して、一緒に登校して、一緒に食堂に行って、一緒に帰って、一緒に買い食いをして……聞いているとうんざりするようなことを、放っておいたら延々と口にする。アントーニョの未来には、当然のようにロヴィーノの存在があった。
アントーニョは傲慢だ。話を聞くたび、いつも思う。アントーニョはロヴィーノを自分の世界に閉じ込めて、縛り付けている。進路だって、どうせロヴィーノの希望を何も聞かずに、勝手に自分と同じ高校を選べと言っているのだ。自覚はないだろうが、立派な束縛だ。ロヴィーノが自分の言うことを聞かないなどと、思ってすらいない。身勝手で、傲慢で、自信家だ。でもロヴィーノもそれを拒絶しないのだから、既に手遅れなのだろう。己の全てをアントーニョよって決められていると気付いていない。随分と盲目なことだ。
異常な依存ぶりに恐ろしさすら覚える。でもそれが良いことなのか、悪いことなのか、俺には計りかねる。依存とは、縁遠いところにいる俺には。

あれだけロヴィーノロヴィーノとうるさかった男が、ぴたりとその名前を出さなくなった。それとなく聞いてみると、ロヴィーノが実の家族と暮らすため、アントーニョの家を出て行ったらしい。
依存しあっていた二人には辛いことだろうが、俺にはいい機会なんじゃないかと思えた。離れて冷静になってみて、それでも引き合わせるものがあるなら、二人の愛は本物となるだろう。それを見てみたいと思った。二人にはうんざりしていたが、アントーニョは友人だし、ロヴィーノのこともかわいく思っている。不幸になってほしい訳ではなかった。
しばらくは抜け殻のようになっていたアントーニョのことは、そっとしておくことにした。けれどアントーニョはどんどん他のことにのめり込むようになって、彼女まで作った。初めてのことだったと思う。
あれからアントーニョはロヴィーノの名前を口に出さなくなった。アントーニョとは長い付き合いだけど、何を考えているかわからないヤツでもある。何やってんだろうなと思いつつ、俺から何か言うことも出来なかった。俺も未だに、特定の彼女は作っていない。やはり似た者同士、友達になるのだろうと思う。
行き場を失った愛情を、他の何かで代用出来ると勘違いしていた。俺も、アントーニョも、等しくみんな子供だった。

放課後、アントーニョは大概グラウンドにいる。女の子と喋っていて遅くなり、グラウンドを走っているアントーニョを横目に帰っていると、見覚えのある姿を見かけた。それは俺が高校二年生で、ロヴィーノが中学三年生の秋のころだった。
ロヴィーノという存在を、久しぶりに思い出した。アントーニョは結局、ずっとロヴィーノのことを口にしなくなった。最初は不自然に思っていたが、しばらくするとそれに慣れてしまって、俺もロヴィーノという存在を忘れてしまっていた。アントーニョは熱心に部活をして、適度に女の子と遊ぶようになっていた。どう考えても、ロヴィーノと遊んでいる暇もないだろう。
グラウンドをじいっと見つめるロヴィーノの視線の先を追うと、そこには予想通りアントーニョがいた。ロヴィーノは相変わらず、アントーニョから離れられないのだ。変わらない姿に呆れつつ、少しだけほっとした。こちらに気付いてない様子のロヴィーノに近付いて肩を叩くと、彼は飛び上がるほど驚いていた。
俺を認めて、途端に嫌そうに顔を顰め、居心地悪そうに顔を逸らす。あからさまに嫌な態度を取られると、おちょくりたくなるということに、気付かないらしい。内心笑いつつ、なにしてんのと声をかけた。
「……学校見学」
ぽつりと零したロヴィーノに、ああと相槌を打った。秋と言えば、進学希望の学校の見学をする時期だろう。そういえばアントーニョが、ロヴィーノに同じ高校に来るようお願いしているようなことを言っていた。最近はとんとその話は聞いていないが、律儀にロヴィーノはこの高校を選ぼうと思ているらしい。健気なことだ。
またグラウンドをじいっと見つめるロヴィーノの横顔を見つめて、いたずら心が刺激された。健気にアントーニョを見つめるその横顔が、かわいかった。そっと顔を覗き込んで、微笑んだ。
「いい加減、アントーニョ離れしたら?」
からかうように言った俺に、きっと短気なロヴィーノはうるせーと大騒ぎすると思っていた。その騒ぎを聞きつけて、アントーニョが走ってきてロヴィーノを庇い、お前は何しとんねんとアントーニョが怒る。そんな少し懐かしい、いつもの流れを思い出していた俺の期待を裏切るように、ロヴィーノは静かに涙を零した。
「……え、」
突然のことに固まって、どうしたのとも言えなかった。それを言う前に、ロヴィーノは涙を拭うこともなく走り去ってしまった。追いかけようかとも思ったが、ロヴィーノの逃げ足は速くて、追い付けそうになかった。いつかアントーニョが、ロヴィーノは逃げ足だけは速いのだと言っていたのを思い出した。
このことをアントーニョに伝えるか迷って、伝えなかった。アントーニョはもう全くロヴィーノのことを口にしなくなっていたし、ロヴィーノを泣かせてしまった手前、ばつが悪かった。
もし、この時のことをきちんとアントーニョに伝えていたら、何かが変わっただろうか。それをよく考える。ああしていたら、こうしていたら、伝えていれば、あれを言わなければ……そう思い返すことは昔からよくある。あるのに、俺は保身に走る癖があった。
ロヴィーノを泣かせた罪悪感もあったし、それを伝えてアントーニョが怒るのも避けたかった。全て、自分のことばかり。
自分の身を削ってでもロヴィーノを愛していたアントーニョが理解できなくて、ただただ羨ましかったんだと思う。俺が絶対に出来ないことを、簡単にやってのけるアントーニョ。あいつみたいに俺がなれていれば、今頃そばにいた存在がいたはずだと、いつも思い知らされる。

あの日から、放課後にグラウンドの近くを探してみるが、ロヴィーノの姿を見ることはなかった。相当傷ついてるかなと思い、ロヴィーノが入学してきた頃に謝ろうと思っていた。けれど春になっても、ロヴィーノの姿は見かけないし、アントーニョと一緒に登校してくる姿はどこにもなかった。アントーニョにロヴィーノはどうしたのかと聞くと、アントーニョは項垂れて、違う高校を受けたのだと答えた。そこで初めて、自分はとんでもないことをしたのではないかと気が付いた。
もしあの日、俺が言ったことを真に受けてロヴィーノが違う高校を受験したのなら、俺が二人を引き裂いたことになる。どうしようかと思ったが、俺はやっぱりアントーニョに何も言わなかった。本当に俺が二人を引き裂いた原因かはわからないし、アントーニョもロヴィーノの名前を口にしなくなっていたのだから、きっとそこまで傷ついていないだろう。実際、最近またアントーニョは彼女を作った。
大丈夫、きっと、大丈夫……。祈るように、自分にそう言い聞かせた。

それからロヴィーノのことを思い出すことも少なく、最後の高校生活を過ごしていたある時、ロヴィーノが交通事故で死んだ。ニュースで見た時は本当に驚いて、その事実が信じられなかった。通夜へと向かい、泣き崩れるアントーニョを支えながら、どうしてこんなことになったのだろうと、現実を呪った。あまりに早すぎる死だった。
夕陽の差すグラウンドを、心細そうに眺めていた寂しげなあの背中を思い出す。あの時ロヴィーノは、どういう気持ちでアントーニョを見つめていたのだろう。聞けばよかった。からかうのではなくて、どうしてそんなに寂しそうなの、と聞いてあげればよかった。事故で死んでしまうにしたって、少しでもロヴィーノの寂しさや悲しみを和らげてあげればよかった。
泣いてうまく歩けないアントーニョをギルちゃんと家に送り届けた後、家の前でアーサーに会った。アーサーは俺と違い、進学校に通っていて、かっちりとした制服を見つけていた。随分と久しぶりに見たアーサーは俺に気付くと足を止め、疲れた様子の俺を興味なさげに見つめていた。さっさと家の中に入ればいいのに、こちらをじいっと見てくるので、何だよと尋ねた。
「随分くたびれてんな。女遊びの帰りか?」
こんな気持ちの時に、こいつの声を聞きたくなかった。からかうような、それでいて軽蔑するような声色で言ったアーサーを見る。一応アーサーも俺たちと同じ校区だったので、ロヴィーノとも面識があった。ロヴィーノが怖がって、あまり話している姿は見たことないが、忘れてはいないはずだ。
「ロヴィーノのお通夜があったんだよ……交通事故で亡くなったって、お前聞いた?」
あまり関りがなかったので、通夜を知らされてはいないと思っていた。アーサーは顎に手を置いてしばらく考える素振りをした後、ああと言って頷いた。
「あの愛情に飢えた、口の悪いガキか。いたな、そんなやつ」
アントーニョのクソ野郎の金魚のフンだった。そこまで言って、アーサーは本当に今の今まで、ロヴィーノの存在を忘れていたようだ。信じられなかった。まだ何か言おうとしていたアーサーを無視して、俺は家の中に入った。
今までアーサーのことは散々いじめたし、かわいくないと思うことも多々あった。嫌いだといつも思っている。それでも、本気で殺したいと思ったのはこの時が初めてだった。

ロヴィーノが死んでから、アントーニョはしばらく学校を休んだ。情緒不安定で、死んだロヴィーノを探し回っているそうだ。ギルちゃんと一緒に見つけては家に連れて行ったが、そんな俺たちのことを、ロヴィーノの弟のフェリシアーノは随分と冷めた目で見つめていた。あいつはあいつでおかしくなっていたんだと思う。一人の人間の喪失とは、そんなものだ。
それでも時間が経つと、傷は自然と癒えていく。薄れていくと言ってもいい。アントーニョはロヴィーノを探し回るようなことはしなくなったが、代わりにロヴィーノのことを一切口にしなくなった。忘れるということも、自分を癒すのには良い案だと思う。いつか思い出せる日が来ればいい。
そう思っていた矢先、フェリシアーノから連絡をもらった。見せたいものがあるから、家に来てほしいと。俺とギルちゃんが呼ばれたのは、おそらくアントーニョを宥めるためだろう。三人で家に訪れて、親代わりとなった本田菊から聞かされたのは、ロヴィーノが自殺だったかもしれないという話だった。
「ロヴィーノくんの……遺書が見つかりました」
途端に、心臓の動きが早くなった。居眠り運転の事故だった。そうだと聞かされていたし、何の不自然さもなかった。でももしあれが事故ではなく、ロヴィーノが自ら引き越したことだとしたら……。
「遺書?ロヴィーノは事故で死んだんだよね?」
堪らなくなって誰より先にそう尋ねた。これが震えていたかもしれない。嫌なことが頭を過る。
封筒を渡されたアントーニョは、中に入っている手紙を読んだ。隣から覗き込んで俺も見た。目で追えば追うほど、手が震えた。血の気が引く音がする。吐き気がした。
「……ごめん。ごめん、俺……ごめん……」
中の手紙は、間違いなく俺を断罪するものだった。

アントーニョの、ロヴィーノに対する愛情が異常だと気付いたのは、きっと俺が一番早かった。弟に向ける普通の愛情とは違う。それを裏付けるように、アントーニョはロヴィーノが家を出た後、愛情を求めるように彼女を作り始めた。アントーニョはきっと、ロヴィーノの代わりを求めていた。俺はずっと、それに気付いていた。気付いていて、言わなかった。彼の背を、押してはやらなかった。
彼女なんか作ってないで、ロヴィーノに会いに行ってあげなよ。あいつ、この前寂しそうにお前のこと見てたんだよ?あいつにはお前しかいないんだから。
どうしてその言葉が言えなかったんだろう。それが言えてたら、きっとアントーニョはロヴィーノの元に走って行っただろう。ロヴィーノを抱きしめて、世界一大好きやとか、世界で一番愛してるとか、そんなことを言って全てが幸せに続いていくはずだった。アントーニョが全てだったロヴィーノは、きっと遺書なんて破り捨てて死のうとは思わなかっただろうし、きっとアントーニョと同じ高校を選んだはずだ。
気付いていて、俺は何もしなかった。何も、言わなかったし伝えなかった。ロヴィーノを殺したのは、俺だと思う。

そんな懺悔すら、俺は誰にも口にすることが出来ない。




これからみんなで過去にお手紙書いて、ロヴィーノが生きる世界を作ってハッピーにしていく予定だったんですけど、イギリスの設定がうまく思いつかなくて余程のことがない限り続きが書けません。
これじゃあただロマーノのこと貶しただけのクソ野郎になっちゃうのでイギリスのバックボーンも詰めたいけどそれだとアメリカとカナダ出さないとな…その二人のバックボーンも考えないとな…無理だな…。あとここで満足してしまった気もします。
ただロマーノが死んで鬱になっただけの話になってしまった。間違いなく性癖なので楽しかったですがハッピーエンドにしたかったな〜残念。

小ネタ 西ロマ
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