遊びではすまさない

「おねえちゃーん!おままごとして遊ぼうよー!」

幼い子供が数メートル先のローダーを大きな声で呼びながら、とったとったと小さな足で駆けてきた。そうして彼女のそばにくると、衣服の裾を引っ張り、顔をじぃっと、精一杯に見る。彼女のそばにいたハンター達はクエスト場所へ向かおうととっくに足を進めていた為、近くにはパートナーのハンデッドしかいなかった。

「おままごとかぁ、今からちょっと、出かけるんだけども…」

彼女は腰を下ろし、子供の目線を合わせてはにかみながら、せがむ視線から目を泳がせていた。そばにいた彼ハンデッドは困る様子を見かねて、早く行くぞ、とだけ言ってカツカツと歩き始めた。
この様子に我慢ができず、ぷうと頬を膨らませ、

「おねえちゃん、わたしおねえちゃんと遊ぶ約束したのに!」

ときつく言い放った。ムスッとした子供を目の前に、ローダーは慌てて自分が約束した記憶を思い出す。
えーっと、えーっと…とあれこれ考えて固まっている彼女を物ともせず、衣服をさらに引っ張って遊ぼう、遊ぼうと、さらに態度で要求する。

いつまで経っても歩みを進めないこの女に痺れを切らしたのか、さっきまで歩いていた痩身の男は踵を返して2人の方にずかずかと進み、彼女の襟元をぐっと掴んだ。

「こんな奴と相手をしている場合じゃない。…早く行くぞ」

無理にでも彼女を引っ張ろうとするハンデッドだったが、待って!待って!と慌てて止めるローダーに、彼もまた顔をしかめた。

「…何だ。早くしないと…」

このまま引っ張って連れてくぞ、そう言いかけたが、彼女が体勢を持ち直してすすすと近づき耳元で事情を伝える。
この子は上層の子で親が依頼人としてお世話になってるの。だから遊んであげなきゃいけないと色々と困るんだよね──
そう言い彼女は子供の方を振り返り、どうしようかなぁ、と頬をかきながら苦笑する。話を聞いた本人は、眉間に皺を寄せてぶつくさと独り言を始めた。

「一緒に遊んでもいいけど、ここでやるならいいかな」

そう言ってローダーは上手く子供心を誘導しようとする。この子はいつも10分程度で飽きてしまうし、すぐに終わるであろう──そう予測を立てながら、上手く子供のワガママを解消しようと努めていた。

「ホント!?じゃあ、あっちのおじちゃんもいれて遊ぼー!」

おじちゃん、という言葉にピシリと固まるハンデッド。ローダーは反応に困ったのであはは、と笑ってごまかしたが、彼にはごめん、と謝る仕草を見せて小声で「ロザリーともう1人の来てないハンターに伝えておいて」とそっと伝えた。
当の本人はわなわなと震えていたが、顔を俯いたまま駆け足で酒場の方に向かっていった。

「ちょっとしたらおじ…お兄さんが遊んでくれるから、それまで私と遊ぼっか」

そう言って彼女はごっこ遊びに付き合うことにした。──じゃあおねえちゃんがママで、あのおじちゃんがパパね!、と勝手に役を決めてにこにこと微笑む小さな子をみて、彼女もまたにこやかに笑みを返した。

──この後戻ってきた彼は、自身の役に戸惑うばかりか子供の扱い方にわからず、苦戦しているようだった。

おままごとに満足したのか、また遊んでくるね!と勝手気ままに子どもがどこかに向かうと互いにはぁ、とため息をついた。
それぞれ吐いた意味は違うものの、改めてクエストに迎えるという気持ちを取り直して前へ進んだ。


予定の十分から大幅に遅れて、2人は急いでクエスト地に向かう。先のハンター達は案内役のラビットさんと共に深部に向かったという知らせを受けた為、別のルートを辿って探索を行おうとしていた。

「ここの区域をしらみつぶしに探っていこうか」

隣にいる彼に提案を投げかけるが、いやという否定の一言で切り捨てられる。

「ローダー、そのルートは以前に通ったところだ」

そう言ってこっちが未開拓のルートだ、と彼女の持つ地図をゆっくりと指でなぞる。

「相変わらず隅々まで探索するのは見上げたものだが…こんな所で無駄な体力を消耗する必要はないぞ…クク」

余計な一言を笑みに混ぜて、彼は先に道を進みはじめる。はいはい、と軽く受け流しローダーは、彼の後を追った。

しばらく敵を討滅しながら道を進んでいると、アーク化された建物があちらこちらに見えるのがわかる。無機質なアークの侵食跡があちらこちらに見えている為、少なくともここには敵がいることが判断できた。
周辺の浄化を行う為敵を探していると、複数台の思念型モンスターが音もなくあらわれ出てきた。
手前にいたハンデッドはというと、それを待っていたかのように真っ先に刀を抜き、隙のある一体に頭に一閃、その右隣の思念の胸一突きからまた一閃、そして数メートル離れた敵に向かってくく、と笑みを浮かべて間合いを詰めていた。
切られた敵は傷口を起点に膨らみ始めてパン、と弾けてぼと、ぼと、とリキッドの液が溢れおちる。

…残りの敵も周辺もまとめてリキッドで浄化しなければ。戦闘の緊張感も相まって、彼女の思った気持ちがより自身の頭の中で強まる。
ローダーである彼女は目の前で睨み合う彼の援護をしながら、戦況を分析しつつ周囲のリキッド化を手伝っていた。

ハンターにとってローダーは有用な存在であり、リキッドも重なり自身の能力を高めていくキーパーソンでもある。今の2人にはこの意味がよく理解しているためか、先ほどまで敵と膠着状態にいた男を、彼女が隙をつくルートを導いて、それを男が従い進んで切り捨てる。負傷1つない、キレイにまとまった戦闘を終えることができたのだ。

「おつかれさま!ハンデッドさん」

そう労わりの言葉をかけようと彼の元にすたすたと駆けていく。当の本人は物足りなそうに剣を鞘に納め、声のする方へと振り向いた。

「ああ」

そう言って、こくりと頷く。しばらく戦闘についての分析をローダーが話す間、この男は彼女の話を聞きながら、後ろ手に持て余している手錠の縁をゆっくりと撫で回していた。──いつになったら、あいつを捕らえようか。目的地まですぐそこだというのに、じれったい。…そう思いながら、彼女の目をジッと、見つめていた。

そんな思いも知らずに目の前にいるローダーは、仕切り直して行こう!とはりきって、今度は我先にと言わんがばかりに自分から進み始めた。──今が、チャンス。そうほくそ笑む人物が後ろにいることを知らずに。

カチャリ、と金属音が手元で急に聞こえ、歩行で呑気に揺らしていた腕がぐいと引っ張られる。そうして手錠で繋がれていない方の手首を掴まれ、手錠で繋がれる。

一瞬の出来事だった。あまりに一瞬すぎて、歩いていた彼女は体勢が崩れたことは理解できても、誰が手錠をかけたのかがわからなかった。そうして彼女は布のようなものが視界を覆っていることに気がつき、抵抗する。抵抗しようにも腕が使えず足もままならなかったため、ほとんど無抵抗のまま手錠をかけた張本人であるハンデッドに抱きかかえられて動けぬまま、揺られる感触を覚えながら自身の不自由な恐怖からパートナーのことを思っていた。

そのパートナー、──いや、この男ハンデッドは、″いつ″捕まえるかのチャンスがもう来てしまった事と、あっけなくローダーを捕まえられた事に喜びを噛み締めていた。その気持ちをバレないように顔をしかめて、気持ちを押し殺す。そうして2人は、古びた施設の中へと入っていった。


ローダーは腕を拘束され、全身がどこかへと運ばれる揺れをしばらく感じていたが、錆びた金属が擦れるような、キィという音が聞こえた後、数歩ほど歩いてゆっくりと下ろされる感覚を覚えていた。背中で感じ取った感触は、ベットのような、布とスプリングの軋むものだった。

「…着いたぞ」

パートナーの声が聞こえて安堵していたが、同時に拘束して目隠ししたのが彼──ハンデッドであることに気がついたのだ。

「えっ、ハ、ハンデッド、さん…?」

戸惑い放心するローダーにも目もくれず、彼は狭い空間の中で箪笥の引き出しから鎖と首輪、鎖用の固定具を取り出して黙々とローダーに取り付け始めた。首輪の布の感触が、首全体を包み込むのを感じてますます彼の意図が読めなくなったローダーは、黙ったまま彼のやることなすことを受け入れるしかなかった。

一方でハンデッドは、また引き出しから、小さな箱を取り出した。箱を開くと小さな指輪があった。小ぶりながらも、キラキラとしたダイヤモンドが指輪にはまっている。その指輪をそっと取り出して、彼女の手錠のかかったままの、左手を大きな手で覆い絡ませて、薬指を指輪の持ち手からするりとはめていった。…サイズはちょうどぴったりのようだ。指輪をかける一連の動作を眺める彼は、ぞくぞくとした興奮が自分の身に走っていることに満足していた。

「な…なに、これ…」

腕を拘束され、得体の知れない輪っかを手につけられ放心から困惑状態になった彼女に、彼は視界を与えようと目を覆っていた布を取り去った。
……彼女が見た光景は、パートナーである彼の姿の他に、周りは薄暗く、小さな空間で、古びた檻と引き出しがある″どこか″であった。

「…クク、怖いか?」

そう一言、彼女を見つめ続けるハンデッド。彼は答える暇も与えずに、心配するな、とだけ言って彼女をずっと、抱き寄せた。

「ここには誰もこない。俺と君だけの、空間だ」

嬉しいのか、少し声がうわずりながらも抱きしめる強さを深めていく彼とは対照的に、彼女はますますなにが起こってるのかわからずに、口を開けたまま、彼の様子を見ているしかなかった。

「俺と2人きりで、新婚生活をしよう」

誰の邪魔も入らないこの場所で、な、と小さく呟く彼の表情は明らかにいつもの彼とは違っていた。そして、新婚という言葉に反応できた彼女は分からぬ状況の中で精一杯の言葉をひねり出した。

「新婚、ってハンデッドさんと私…って結婚してない、よね?」

必死にパートナーとの結婚、いやそもそもの関係を確認しようとする。その中で、ついさっきまでやっていたおままごとを思い出した。そうだ、あの時は私がママで、ハンデッドさんがパパ…いや、まさかそれを今になってやるなんてことは流石の彼でもしないであろう。そう合点をつけていたが、彼は真剣な表情になり、

「俺と君はもう結婚しているだろう」

「いやいや…!おままごとの延長、じゃないんだから、さ…!」

必死に否定をするも、彼はああ、と思い起こした顔を見せた。

「あの子供の遊びか…あれはあれでいい練習になったものだ」

しかし、と言い切ってからまた彼は話を続けた。

「あれの続きだと、君は思っているのか?」

ぐい、と顔を近づけ、こちらの反応を伺うこの男の狂気の変化に彼女はもはや返す言葉も返せず、震えてしまった。

「あ…、え…っ、」

「どうしたんだ、返事をしないのか」

そうして少しずつ距離が縮まっていき、息がかかるまで密接していく。

「ローダー…」

いつもより艶めくような声で、じっとりと、見つめる彼。ゆっくりと耳元に口を近づけて、

「遊びだけでは済まさないからな」

鋭いような言葉とは裏腹に、彼は耳元でいくつものリップ音を立てた。耳でのキスに満足したのか、顔から少し離れた彼はさあ、という合図があったかと思うと、誓いのキスをしようと言い、さっきとは違って、ゆっくり、じっくりと彼女の方に向かって顔を少しずつ、じわじわと近づけた。一連の流れから、何を言っても止められないのを悟ったのか、婚約相手の彼女はそっと目を閉じて、優しいキスを来るのを待つしかなかった。


この日、4人のハンターとローダーがクエストに向かっていたが、ハンターとローダーそれぞれ1人ずつが行方不明になったという貼り紙が出された。それぞれの個人情報が書き出されていく中、それぞれの婚姻の有無の欄には、それぞれ未婚の字がはっきりと書き出されていた。




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