名前さんに魔核(コア)泥棒が出来るわけないと言ったら、今度は私も一緒になって魔核を盗んだのではないかと疑われ始めた。どんな言いがかりだよ。ここまで来ると怒りを通して呆れてくる。すぐに反論しなかったのを相手は肯定と受け止めたのかにやりと口角を上げた。この男、随分と都合のいい思考回路をお持ちのようだ。

「ち、違います! 彼女は関係ありませんっ」
「お前、いい加減にしないか」
「じゃあ、なんでこいつは何も言わないんだよ。事実だから否定できないんだろ」

 新しく浮上した容疑者に再び周りがざわめきだす。ハンクスじいちゃんと名前さんが私を庇ってくれたが雰囲気はこちらに不利な状況になってきている。どうしても余所者というのは疑われやすくなってしまうようだ。しかも名前さんより下町で過ごしている期間が短いから分が悪い。もうすでに男の方を擁護する声も上がってきていた。だから違うって。
 私を怪しむ視線が集まっているのを感じながらもどこか頭は冷静さを保っていた。やはり犯人が誰なのか分かっているからなのかもしれない。動揺しないのと冷たい視線が気に食わなかったようで男が気に食わないと顔を歪める。

「なんだよその顔。文句があるなら行ってみろよ」
「――あるに決まってるじゃないですか」

 するり、と繋いでいた名前さんの手を解いて男の前に立つ。足を進める途中で名前さんが小さく私の名前を呼んだけれど気付かないふりをした。仁王立ちで腕を組み、憤りの意を込めて男を睨めば負けじと相手も睨み返してくる。そんなもので屈する私ではない。伊達に三つ年上の兄貴と日々言い合いの喧嘩をしてきてないのだ。

「魔核泥棒は私でも名前さんでもないんですって」
「そんな簡単に信用できるか」
「っ、だから犯人はっ、」

 水道魔導器の修理にきたデデッキって奴なんだってば!

 身体に異変が起きたのはちょうど。ずきん、と一瞬頭に痛みが走ったかと思ったらそれが一気に襲い掛かってきた。立っていることもままならなくて足から崩れ落ちる。倒れ込む直前、男の動揺した顔が視界の端に映った。はっ、ざまあみろ。耳鳴りに混じって聞こえるハンクスじいちゃんや名前さんが必死に私の名前を呼ぶ声。頭の内側から針で突かれているような指す痛みはどんどん酷くなっていく。堪らず顔を顰めた。

(これ以上言うなってか)

 怒りに任せて失言しそうになったのは謝るけど、ここまでする必要はないんじゃない? あ、やばい。痛みを手放すためなのか意識が次第に薄れてきている。私を覗き込む焦った表情のハンクスじいちゃんと泣きそうな名前さんの顔が徐々に見えなくなってきていた。このまま意識を失えば、私は元の世界に帰れるのだろうか。ふとそんな思いが胸をよぎる。

(……名前さんごめん)

 これ以上、庇えそうにないや。

***

 重たい瞼を持ち上げると、落ち着いたベージュ色の天井が視界いっぱいに映る。数回、瞬きをしてそれから勢いよく上体を起こした。かぶっていたシーツがばさりと大きな音を立てる。乱れた髪を押さえながら慌てて周囲を見渡す。ベッドの脇にあるお気に入りのぬいぐるみ、勉強机に乱雑に置かれた教科書、床に転がった雑誌。住み慣れた私の部屋なのにどうしてこんなにも懐かしいと感じているのだろう。その答えはただひとつ。導き出された答えに私は肩の力を抜いた。

(帰ってきた……?)

 ベッドサイドに置いたデジタル時計に手を伸ばす。無機質な文字盤は私がトリップした日にちが刻まれていた。まさかの夢オチかとも思ったが、頬を抓った感触や頭を襲ったあの痛みは間違いなく本物。多分、トリップしていた時間とこっちの時間の流れが違うのだろう。帰ってきた、もとの世界に。強く握りしめていたデジタル時計の力を抜いて、そのままベッドに顔を埋める。ああもう。

「なんで、今かなあ」

 確かに頭痛に襲われた時に帰れるかもとは思った。だけど、あんな中途半端な時に本当に帰さなくたっていいじゃないか。こんなことになるならもっとユーリと絡んでおけば良かった。貴重な経験だったのに。それに……名前さんの無実だってちゃんと証明しきれなかった。最終的に私が魔核泥棒の主犯みたいな感じにされてたけど。ああ、今思い出しただけでもイライラしてくる。帰れるまで居座ろうと思っていた土地でなんで自分で苦しい状況に陥れないといけないんだ。ただでさえ科学が未発達の土地で気苦労もして。私はそこまでに自虐的な性格ではない。

「……、」

 つ、と視線を横に滑らせる。そこにあるのは一台のテレビと一台の据え置きゲーム機。テスト勉強で忙しかったから、最近はゲーム機にも触れていなかった。数秒間考えた後にのそりとベッドから降りる。ぺたりと素足に触れるフローリングの感触を懐かしく感じながらそこに近づく。少しかぶっていた埃を手で払ってテレビの電源を付けてゲーム機を起動させる。中に入っていたゲームソフトは私がさっきまで過ごしていたもので。どきり、と胸が跳ねる。コントローラーを握りしめ、スタートボタンを押した。

(どうせならエステルにも会いたかったな)

 下町から出ていく気はなかったからリタやレイヴンに会えるとは思っていなかったけれど、次の日まで留まれればエステルとも話せたかもしれないのに。テレビのスピーカーから流れるオープニングを聞きながらぼんやり考える。少し、惜しいことをしたかもしれないな。自分の感情に任せすぎたかも。ぽちぽちとボタンを押しながらデータを起動する。最後にセーブをしたのは下町だった。その記憶も残っていないという事は最後にヴェスペリアをプレイしたのはだいぶ前のようだ。

「……やっぱりいない」

 当たり前だけどゲームの中には名前さんの姿は見つけられなかった。"箒星"に女性の従業員はいないし、下町に住む人の台詞から彼女の名前が出てくることはなかった。彼女は一体何者だったのだろう。結局、ユーリたちと一緒についていくのだろうか。分からない。だって私の物語はあそこで終わってしまったのだから。
 そして、その答えを持っている人は――この世界に誰もいないのだろう。


フィーネ
(誰も知らない、その先の物語)

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