(1 / 1) スティーブン (1)
ひとまず、キロランケとアシリパに呼ばれた男と白石の身体を温めなければならない。
手慣れたようにキロランケとアシリパが焚火や服や靴を温めるた木の棒を組み立てる。
焚火にあたる二人をよそにアシリパと水城はキロランケが獲った大きなイトウを捌こうとしていた。
「大きな皮がとれるぞ!これ一匹で一着作れる!」
「え…魚の皮で?」
和人である水城の常識では、服は布と呼ばれる様々な素材で作られるものだ。
だが、ここまでくる際にオヒョウの木の皮で服を作ると聞き実際皮を持ち帰っているので、アイヌの常識は違うのかと受け入れた。
イトウだけではなく魚の皮で出来た服を『チエプウル』(魚皮衣ぎょひい)と呼び、その服は雨風を通さないらしい。
一着作るのに50匹ほど必要らしく、魚の皮は服の他にも靴や小刀の鞘にも使われるらしい。
イトウの皮も様々な利用方法がある。
ここまで聞けば服にしたり他の利用方法で使用すればいいと思うだろう。
だが、アシリパは悩んでいた。
「でもな水城、実はイトウは皮が美味いんだ…皮を残して色んな物に利用するか、それとも食べちゃうか……うーん…ほんとに悩むところだなぁ」
「食べちゃえばぁ〜〜?」
一着作るのに50匹も必要だが、これほど大きいと一匹だけで一着の服が作れる。
しかし、イトウの皮はとても美味しい。
だが雨風を通さない服を一匹で作れるのだ。
ああ、どうしようか…
困ったように呟くアシリパに隣から悪魔の囁きが聞こえ、その瞬間、交互に傾いていた天秤が食の方へと傾いた。
「皮をつけたまま焼けば肉の旨味を逃さない…塩焼きが簡単だしおすすめだ」
そう言って腰に布を巻いただけのキロランケが歩み寄り、水城に煙草を差し出す。
何も言わず差し出される煙草に水城はキョトンとさせ首を傾げた。
「なんだ?」
「アイヌの男は初対面の挨拶をするとき必ず煙草を喫煙し合うんだ」
水城は煙草を吸う習慣はない。
静秋に母乳を与えるため体に害のある物は極力控えるようにしている。
アシリパから何か言いたげの視線を貰う。
恐らくアシリパは水城が女だと知っているから訂正しようか、それとも何も言わないでおくか悩んでいるのだろう。
父の友人というのもあってアシリパはこの男に信頼を寄せているから余計に悩んでいるのだ。
だがそれに対して水城のキロランケと呼ばれる男に対しての信頼度はほぼ皆無だ。
女だと隠してはいるが、バレて困る事もないため言っても構わないのだが…この男とまだ知り合って間もないため警戒して損はないだろう。
水城はそう判断し、息子の事を思えば断りたいと思いつつ、アイヌの挨拶なのなら仕方ないかと差し出された煙草を手に取った。
「鮭は大きければ大きいほど美味い…イトウは鮭の仲間だからこのイトウの主も美味いはずだ」
水城が白石同様咳き込むのを見ながらキロランケは続ける。
それを聞いて水城達はイトウを刺身にした。
「まずは刺身だな…シャチの時に使った醤油が余ってるからそれで食べよう」
シャチの際白石が調達してきた醤油を使って水城達はイトウを刺身にして食べる。
はむ、と一口イトウの刺身を口に入れるとあっという間に旨味が口の中に広がる。
「うんうん、確かに脂が多くて『川のトロ』だ」
「ヒンナ!」
「鮭より臭みがなくて上品だねぇ」
白石が落ちる前に言った通り、マグロのように脂が多く美味しかった。
正に川のトロとは上手く表した言葉だと食べながら思う。
続いて、切り身を焼く。
大きすぎるため普通の串では焼けず、木の棒を串の代わりに打ち、焚火でじっくりと焼いていく。
「食べてみようぜ」
身が厚く大きいため焼くのに時間がかかったが、やっと焼き終え、ほくほくと湯気が出ているその身を三人は豪快にかぶりついた。
水城は猫舌なためはふはふと言いながらも口いっぱいに焼かれたイトウを食べる。
塩焼きなので塩しか味付けしていないがそれでも素材がいいのかとても美味しかった。
「めちゃくちゃ分厚い皮だけど役と柔らかくなるな」
「香ばしくてとってもヒンナ!幻の巨大漁ヒンナだな」
キロランケがいるから男言葉だが、それを忘れかけるほどイトウは想像以上に美味しかった。
塩焼きをキロランケも含め4人で食べていると、アシリパが両手に余るほどの大きな目玉を水城に差し出してきた。
「目玉は茹蛸の味がして美味しいぞ!」
そう言って笑顔で差し出されるその目玉に水城は若干身を引かせた。
いや、目玉が美味しいのはアシリパが勧めるのだから確かなのだろう。
現代では目玉にはコラーゲンがあるからと美容にもいいとされているほどだ。
だが、軍人の前にはお嬢様、その後貧乏生活を余儀なくされていた水城にとって目玉は食べる物ではなかったため若干勇気がいった。
というのもその目玉の大きさにまず引いてしまう。
水城はイトウの大きい眼球と目と目が合うと、にっこりと笑みを浮かべ同じく引いていた白石に振り向く。
「白石く〜ん、君がこのイトウを獲ったのも当然だものだもんねぇ?白石君が一番美味しい所を食す資格あるよねぇ??」
「いやいや〜杉元は俺を助けようとしてくただろぉ?ならそのお礼として一番とっておきの部位を親友に譲るよぉ〜」
珍味に入るであろう目玉をキャッキャウフフと譲り合い精神という名の押し付け合いをする二人にアシリパはジトリと(主に水城を)見る。
「…目玉はみんな魚が獲れたら一番にほじくってしゃぶる…子供のおやつとして奪い合うほど大人気なんだぞ…」
「いやでも目玉でしょそれ…本当に食べれるの?」
「お?なんだ?お?私の(差し出した)目玉が食べれないっていうのか?おん?」
「いやでもそれ目玉…」
「ほれ、しゃぶれ水城…私の(差し出した)目玉をしゃぶれ」
まるでチンピラのように絡むアシリパに水城は口の中に目玉を放り込まれた。
というよりは目玉を押し込められるように食べさせられ、断り切れなかった水城は大人しくしゃぶるしかなかった。
「杉元…?不死身の杉元か?」
「…!」
『どうだ水城、私の(差し出した)目玉は』『とても…おっきいです…』とどこかの時代に一時期一部の人間の間で流行ったような会話をしながらしゃぶると確かに茹蛸に似た味がして美味しかった。
が、それがまた負けた気がして悔しかった。
いつなんの勝負してんだよ、と突っ込みがどこからか聞こえたその時…キロランケの呟きに水城は今までの穏やかだった感情が静かに降下していくのを感じた。
しゃぶっていた目玉を口から離し、静かな声で問う。
「…なぜそれを?」
杉元という苗字はどこにでもあるありふれたものだ。
だが、杉元と聞いて真っ先に『不死身の杉元』の名を頭に浮かべるのは軍関係の人間以外ありえない。
しかしキロランケはアイヌの服を身に包んでいた。
静かな問いにキロランケはすぐに応える。
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