※名前変換無し
ウンウンと唸りながらミシン針に糸を通そうと必死になっている恋人の隣で、私はその格闘を眺めていた。
目を細め眉根を寄せながら摘む糸の先が、だいぶ毛羽立っていることに果たして彼は気づいているのだろうか。それじゃあ入るものも入らないよ。仕方ない、お手伝いしましょう。
「水戸くん、貸して」
彼の身体を押しのけて、代わりにミシンの前へ。ちょきんと糸の先を切って、こよりを作る。一回目は失敗したけれど、二回目で無事成功。
「おお、さすが。ついでに残りも頼めたりしない?」
「水戸くんの課題でしょ。ほら、頑張って」
家庭科の課題であるティッシュボックスカバーを、どうやら水戸くんは授業中に完成させることができなかったらしい。裁縫が苦手とか細かい作業が嫌いとかでは無く、単純に作業ペースの時間配分を誤ったとのこと。なんでもソツなくこなす彼にしては珍しく。
とにかく水戸くんは課題を完成させるべく、居残りをすることになったのだ。
意外にも授業内で手際良く終わらせていた桜木くんに「洋平を頼みます!」と託された私は、こうしてその補佐についている。もちろん最初から手伝うつもりではあったけれど、水戸くんの一番の親友である桜木くん直々に頼まれたのなら、なおさら気合は入るというもの。絶対に今日で終わらせてみせる!
ミシン針の動く鈍い音はやまない。二人きりの家庭科室でその音だけが響いていた。
「苦手ではない」の言葉通り、彼は糸を絡ませることもなく、順調に縫い進めていく。その言葉を信じていないわけではなかったが、本当に時間配分を間違えただけみたい。ちらりと壁時計に目を向ける。あと一時間もあれば完成するかもしれない。これなら、バスケ部の見学には充分間に合いそうだ。
――それにしても。なんかちょっと……ううん、とってもかわいい。
身体を丸めて、厚いキルト生地を縫う水戸くん。揃えて動かす手もなんだか窮屈そう。
「もうちょい待ってな」
「いいよ、ゆっくりで。見てるの楽しい」
「そう? たとえばどこが?」
「水戸くんの手が頑張って布を動かしているところ。すごくかわいい」
「かわいいって……」
苦笑をもらした水戸くんは踏んでいたペダルから足をどけ、ミシンの動きを止めた。曲げた背中をぐっと伸ばしたかと思えば、ひらりと私に手のひらを向ける。
「男の手だぜ? 花道ほどじゃねーけど、オレもなかなかデカイほうなんだけどな」
「そうなんだ?」
差し出された手に自分のそれを重ねる。そうしてほしいと、水戸くんが言ってきたように感じたから。私と比較したところで、他の男の子と比較した手の大きさはよくわからないけども。
ぺたりとくっついた手のひら同士。当たり前だけど、彼の手は私の一回りも二回りも大きい。指だって太いし、ゴツゴツしてる。それになんだか硬いような。
「喧嘩してるから?」
「はは、どうかな。あ、でも喧嘩ダコはあるよ。手の甲に」
小さくなりつつあるけどね、と肩を竦める。
そして水戸くんはするりと、止める間もなく、私の指の間に彼の太くて厚い指を差し込んだ。そのままぎゅうと握りしめられる。体温がさらに増したような――
「み、水戸くん!」
「ん? なに?」
いまさら手を繋ぐぐらいで照れやしない。でも思わず焦った声を出してしまった。
だって水戸くんの指先が私の手の甲をまさぐるから。長さの差を利用して、ぐにぐにとふれてくる。その動きがなんだかとても——とても変な感じがして。ぞわりとナニカが背中を駆けていった。
「は、離して」
「んー、どうしよっかな」
「課題終わってないよね!?」
「もうちょいで終わるよ。あと少し」
とっくにわかってるでしょ? 探るような笑みが向けられる。
それでも指の動きは止まらない。ささくれのある少し爪が割れた指は緩急をつけて私を責めていく。それに比例して、どんどん鼓動が激しくなっていった。
さすがに我慢できなくなって空いた片手で指を外そうとすれば、同じく水戸くんも空いた片手でそれを止めてくる。攻防はあっという間に私の負け。両手とも同じように水戸くんに捕まり、塞がってしまった。
向き合って、二人で恋人繋ぎ。いつ先生が帰ってきてもおかしくないこの状況で。
「ちょ、ちょっと……!」
押しても引いてもびくともしない。そして一切離す気も無いみたい。その証拠にクスクスと笑い声が降ってくる始末。
「捕まっちゃったね」
「水戸くんが捕まえたんでしょ!」
反論するが私の焦りは水戸くんには効果が無さそうだ。目を細め、静かな声で彼は囁く。ふっと吐息が耳にふれた。
「そうだね。捕まっちゃったんだよ。わるーい男にさ」