※ちょっぴりいかがわしいかも。
※水戸くん卒業済。後輩夢主。


まだ桜が咲くには早いけれど、でもよく晴れた日に私は湘北高校を卒業した。やっぱり青い空は気持ちがいい。大きく息を吸い込むと春のはじまりのにおいがした。充実した高校生活の三年間はあっという間で、嬉しさと寂しさで胸がいっぱいになる。

「梢ちゃん」
「水戸先輩!」

ふいに私を呼ぶ声。持ち主は去年卒業した水戸先輩だった。そして私の恋人でもある。途端に先輩しか見えなくなってしまった私は彼の元に駆け寄った。
先輩からミニブーケと共に「卒業おめでとう」の言葉が贈られる。私が友達や後輩との記念撮影が一段落したタイミングを見計らってくれて声をかけてくれたのだろう。それまでずっと待っていてくれたのかな。ブーケのリボンが少しよれているのが、その証拠だ。

「わざわざありがとうございます。明日でもよかったのに……」

私の好きな色でまとめられた花たちを受け取る。ふわりと甘い花の香りが鼻をくすぐる。お礼を言えば微笑みだけが返ってきた。
先輩とは明日、卒業のお祝いをしてもらう予定だった。卒業式当日は友達や後輩と過ごしな、って言ってくれていたから、今日は絶対に会えないと思っていたのに。だからちょっとびっくりだ。でも本音を言えばすごく嬉しい。ここ数ヶ月はどうしても勉強の時間が優先していたせいで、会う回数がぐっと減っていた。それに受験が終わってもこうやって卒業や新生活の準備で忙しくて、先輩とは数えるほどしか会っていない。よけいに嬉しさが増す。仕事、休んでくれたのかな。

改めて私服姿の先輩を見る。最後にあった時からぐっと大人びたように思えた。一つしか年齢は変わらないというのに、なんだか自分がすごく子供のようだ。先輩はもう社会人として仕事をしているから、そういうところの差なのかも。
でも変わらないところだってある。高校時代からずっと私に優しいところとか、守ってくれるところとか。全部とても嬉しいけれど、それにちょっぴりもどかしさも感じるのは私だけの秘密。

でも私だってもう大学生になるのだから先輩とは対等になれるはずだ。甘やかされるだけじゃなくて、私もこの人を甘やかしたい。社会人と学生だから、厳密に言えば「対等」とはちょっと違うかもしれないけれど……そこはまあ気にしない方向で。こういうのは気持ちが大事なはず。
メラメラ燃える私とは反対に水戸先輩は穏やかさを保ったまま言う。

「やっぱり当日もお祝いしたくてさ。それに——」

渡したブーケのリボンを指で遊びながら、私しか聞いていないのに小さな声で囁いた。

「待ってたでしょ? オレのこと」

まさしくそのとおり。私は水戸先輩のことを待っていた。明日が待ち遠しくて、ここ数日、そわそわしていた姿を見透かされたようで恥ずかしくなる。先輩の前では隠し事なんてできはしないのだ。
だけれどそればっかりは悔しいから、ツンとそっぽを向いて、わずかな抵抗を表すことにする。

「……そんなことないです」
「オレの勘違い?」
「そういうことです」
「ふぅん?」
「…………うそ、先輩に、会いたかったです」
「よくできました」

ニヤリと笑う水戸先輩は私の後方に視線を向けた。つられてそちらを見れば、クラスメートたちと目があう。どうやらそろそろクラス撮影の順番が回ってくるらしい。遠慮がちに私を手招きしている姿が見える。思わず「行きたくないな」なんてそんなことを思ってしまう。先輩ともう少し一緒にいたかった。

「そろそろ時間か。オレも仕事、戻んねーとだし」
「……」
「そんなカオ、すんなって。オレも名残惜しいよ」
「……明日、楽しみにしてます」
「ん、オレも。卒業祝い、考えておいて。なんでも叶えてあげる」

ちゅ、と頬にキスが落とされる。そして「花束と一緒に写真映って」とねだられた。先輩がこんなことを言うなんて珍しいから、すぐに頷く。先輩は嬉しそうに目を細め、私の胸元に飾られた造花を一撫でして行ってしまった。残された整髪料のにおいが私の心臓をうるさくさせる。顔の赤みはきっとすぐには引かない。
クラス写真にはほんのり頬に赤みが残る、ミニブーケを抱えた私が映ることになりそうだ。



実家を出た先輩は職場の近くで一人暮らしをしていた。初めて行くそこは少し古めの、一人暮らしには充分なほどの広さを持ったアパート。でも先輩はなかなかここに私を招き入れてはくれなかった。だから「卒業のお祝い」としてお邪魔したのだ。

「これで満足?」

先輩の手料理(メニューは私がリクエストしたオムライス)を堪能した私に差し出されたマグカップ。入っているのはカフェオレだ。飲んでいないけれどきっと砂糖も入っているに違いない。片や先輩はブラックコーヒー。なんだかここでも差をつけられたみたいでちょっと悔しい。
けれどももう私だって高校を卒業したのだ。もう「子供扱い」だって卒業したい。そんな決意を持って、先輩にずいと前のめりに近づく。

「まだです」
「ならオヒメサマは他になにが欲しいのか、オレに言ってみてよ」

発しようとした声が喉の奥に張りついた。今更、怖気づくなんて。甘い笑みを浮かべた水戸先輩は私からの言葉を待っている。いつもなら助け舟を出してくれるはずなのに、それもない。まるで「やめておいたほうがいいよ」と言われているみたいだった。
……それでも。ふわりと漂う苦いコーヒーの香りが私の背中を押す。もうカフェオレで甘んじるつもりはない。私だってブラックコーヒーを飲める「大人」になれるはずだから。

「先輩、私」
「なに?」
「先輩とキスしたいです」

先輩と付き合いはじめたのは、私が一年生で先輩が二年生のとき。
そこから三年間、私たちは一度もキスをしたことがない。したとしても頬とか額とか、そればっかり。くちびる以外のところにキスされることは何度もあったけれど、ちゃんとしたキスは一度もなかった。

それに不満が無かったといえばウソになる。でもここまで言い出せなかったのは、ひとえに先輩が私のことを大切にしてくれているというのがわかっているから。
恋愛超初心者の私と、恐らく恋愛百戦錬磨の水戸先輩。告白するのも、手をつなぐのも、デートのときだって、ずっとドキドキしてばかりで倒れそうになっていた私の姿を先輩は幾度となく目にしている。だからキスも私のゆっくりペースに合わせてくれていたこともよくわかっているつもり。

でもやっぱり。くちびる同士のキスぐらいは在学中にしたかった……!
私に魅力が無いのか、そもそも愛想をつかされてしまったのか、と大楠先輩たちに相談したこともある。「ゼッテーそんなことねーから自信持て」「洋平は梢ちゃんとじれったく進むの楽しんでっから安心しろって」なんてことを言ってくれたけれど、なんだかんだ不安は尽きない。というか、じれったくって褒められているのか、いないのか、よくわからない。

だからいま、ここでキスをねだることにしたのだ。卒業祝いにかこつけて。本当に水戸先輩が私に愛想を尽かしているのなら、やんわりと断ってくるはず。
試すような形になってしまったことに良心が痛むけれど、背に腹は代えられない。今が絶好のチャンスなのだから!

先輩はきょとんと目を丸くした後「ははっ」と笑い声をこぼした。ブラックコーヒーを一口飲んで、頬杖をつく。私を見つめる瞳が熱く、注がれる眼差しにドキリとした。
今まで見たことのない先輩が目の前にいた。まとわりつく空気が重くなっている気がして、逃げるようにカフェオレの入ったマグカップに手をのばす。
それを阻止したのは、もちろん水戸先輩だった。

「いいよ。キス、しよっか」
「せ、せんぱ——」

言葉は最後まで紡げない。たべられてしまったから。水戸先輩にすべて。
わざとらしく響くリップ音。ふれたくちびるの熱さに火傷しそう。頭がくらくらしてきた。
ただくちびるを合わせているだけなのに、なんでこんなに嬉しい気持ちになるんだろう。つま先から頭の上までふわふわな多幸感に包まれていく。先輩とキスできてうれしい。

「ねえ、梢ちゃん」

少しかさついた親指が私のくちびるを撫でた。ぼーっとした頭に静かな声が広がっていく。せんぱい、とうわごとのように呟いた私に、彼はまたキスをした。それに応えるように私もキスをねだる。

「もう一つ、進んでみない?」

進むってなにを? なんて尋ねる余裕は私には無くて。もう一度名前を呼ばれ、顔を覗き込まれる。気づけば私は頷いていた。先輩と進んでみたいと思った気持ちは本心だ。でもこれはこの人に引き出され、誘導された気持ちであることも頭のどこかでわかっていた。でも拒否するなんてことも浮かびはしない。もっと先輩とキスしたかった。

先輩はゆるやかに笑みを宿し、私にまたキスを落とす。でもさっきまでのふれあうだけのキスじゃなかった。くちびるが食まれ、先輩の指がくすぐるように頬やあごを撫でる。まるで「開けて」と言われてるみたいで、私はいつの間にか隙間を作ってしまっていた。
その隙を見逃す先輩ではなくて。割って入ってきた彼の舌に驚かせてもらえたのは一瞬で、すぐさま私は捕まってしまった。

「んぅっ、はっ……ぁ」

私が出したなんて信じられないほど甘い声がもれる。ゾクゾクと背筋に苦しさと気持ちよさが駆けていく。待ってほしい、と目で訴えるのに聞き入れてもらえない。先輩はどんどんキスを深めていく。いつもなら、すぐに私の異変に気づいてくれるのに無視されている。響く水音がいやらしいのに止められない。主導権は全部、水戸先輩が握っていた。

彼の手が私の腰を撫でる。その動きを敏感に感じ取ってしまい、余計に声が止まらなくなった。
ようやく解放されたころにはまともに息もできず、力が身体に入らない。耐え切れなくなって先輩に縋りつく。
耳もとで「どうだった?」と囁かれる。敏感にその吐息を感じ取った私が息をのんだ音は、きっと先輩にも聞こえてしまっているに違いない。

「わ、わかんない……です……」
「もう一回してみる? そうしたらちゃんとわかるかも」

クスクスとこぼれる笑い声。なんで先輩はこんなにも余裕なんだろう。悔しい。思わず睨んでしまうがこの人には効いていないみたいだ。さらに悔しさが増していく。先輩はずっと喉の奥で笑っていた。

「オレが今までキスしなかった理由はね。我慢していたからだよ」
「がまん……?」
「うん。我慢。止まんなくなっちまうってさ、わかってたんだ。かわいい梢ちゃんとキスなんてしたら、それ以上したくなるに決まってる」

彼の指が私の腰から背中へ上がっていく。でもまんなかの少し上あたりで止まった。中途半端な場所に疑問符が浮かぶ——あっ。
下着の位置だ、そこは。「せんぱい」と出た声は自分の想像以上に甘くて、震えていた。目の前の人は私の声を聞いてまた笑って、今度は下着をなぞるようにあからさまに指を動かした。ぞわぞわした、くすぐったさが襲ってくる。逃げたいけれど、先輩の空いたもう片方の手で私を抱きしめ、そのまま固定して離さない。それどころか身体をさらに密着させてくる。

先輩の体温が服越しに伝わってくる。抱きしめられることは何度もあったのに、先輩の存在をこんなに感じるのは初めて。かたい、先輩の身体。男の人の身体。

「かわいーね、梢ちゃん」

そっちからオレに食べられにきちゃうなんてね。
先輩のキスにされる。それはまさに「食べている」みたいで。入り込んできた舌先に翻弄される。苦しいはずなのに、すごく気持ちいい。もっとほしくて、もっと気持ちよくなりたくて、もっと先輩とキスしたくてたまらない。熱い舌が絡み合う度にどんどん頭がくらくらしてくる。酸欠なのかもしれない。でも先輩は余裕そうなまま、私の表情を瞳に映し続けていた。

「ぁ……、んっ、ぅっ」
「満足した?」

満足したなんてものじゃない。もうお腹いっぱいだ。しばらくキスはいいぐらい。
声なんてまともに出せないから頷きで答える。水戸先輩は「そっか」となぜか残念そうな声を出した。悲し気に下がる眉毛がかわいくて、つい胸がときめく。先輩のこういう表情が罠だって私はわかっているはずなのに。気持ちが揺らいでしまう。

「じゃあ、また今度ね」
「は、はい……」
「キス、慣れそう?」
「わかんないです……」

だって今日のは、なんだか恋人のステップを三段ぐらい飛ばして駆けたあがってしまったような、そんなキスだったから。慣れるとか慣れないとか、そういう以前の問題な気がする。
水戸先輩にぽつぽつとそれを伝えれば「オレも無理させちゃったよな」と申し訳無さそうな声を出し、謝ってきた。

「普通のキスからはじめたいです」
「それって舌いれるほう?」
「い、いれないほう、です……!」
「あはは、ほんっと梢ちゃんってかわいいなァ」

ちゅっと先輩はくちびるにふれる。普通のキス。
それにちょっと物足りない気持ちになったのは気のせいだと思いたい。

「梢ちゃんがどっちのキスにも慣れたらさ」
「……なれたら?」
「もっと先に進もうか」

大人しくなっていたはず指が動きだす。下着のフチをなぞっていく。
先輩の顔は楽しそうに笑っていた。赤い舌をちろりと出して、くちびるを舐めながら。
途端に心臓がうるさく動く。身体の奥がふつふつと燃え上がり、じくじく疼いていく。
——またキスしたい、なんて。つい頭をよぎったその想いを先輩は全部見透かしていたらしい。目を細め、私に見せつけるようにまた舌を出した。

「慣れるために、やっぱりもうちょっとキスしとく?」



あと何回?
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