昨日まで鬼のお面や豆まき用の豆が占領していたコーナーはすっかり模様替えがされている。今はファンシーな飾りや赤いハートマークが所狭しとばかりに飛んでいた。そしてなんとなく甘い香りもするような。そんな気さえしてくる。
そんなバレンタインコーナーの前を私はずっと陣取っていた。製菓用のココアパウダーやチョコレートが並んでいて私に存在をアピールしてくる。でもどれを買っていいかわからない。
そもそも、どんなお菓子なら水戸くんは喜んでくれるのだろうか。最初の一歩から私は躓いてしまっている。

高校生活初めてのバレンタイン。いつもならコンビニのお菓子を買ったりして友達と交換して楽しむ日になるばかりだけど、今回は違う。高校生になって初めてできた好きな人。同じクラスの水戸洋平くんにバレンタインのお菓子をあげたいのだ。急に渡したら義理だと思われてしまうかもしれないけれど構わない。「渡した」という事実が重要なんだから。
彼にあげるものなら既製品を買うのが無難だとはわかっているけれど、やっぱり多少は私のことも意識してもらいたい。いろいろ悩みはしたけれど「ここは手作り一択でしょ」と友人に背中を押されたこともあって、手作りに挑戦してみようと決めたはいいけど――やっぱりお菓子作りって難しそう。ちょっとめげている。

さすがにチョコを溶かして固めただけのものは渡せない。作り慣れたクッキーというのもアリだろうけど、高校生なんだから多少は背伸びしたい。そう意気込んで学校からちょっと遠くの、いろいろ揃っているスーパーへやってきた。こうして放課後に寄り道をしてここまで来たのだし、もう材料を買ってしまおう。また来たときに売り切れで買えませんでした、では目も当てられないし。

いろいろ悩んで、イチから材料を揃えるよりも最初から全部入っているキットを買うことにした。たまごやバターとかは別売りだけど、焼き型とかまでセットになっているアレだ。でも、それもかなりの種類がある。レベル3と書いているやつは難しそうだし……レベル1が初心者向けだから、この中からよさげなのを選ぼうかな。

——そういえば水戸くんって手作り大丈夫な人だっけ。ダメって聞いたことは無いけれど大丈夫とも聞いたことはない。なんだかどんどん不安になってきた。受け取ってもらえなかったら、それはそれで寂しい。やっぱり既製品のほうが無難かもしれない。そもそも水戸くんが甘いものを食べている姿も記憶に無いような……。

「あれっ、もしかして七篠さん?」
「へぁっ!?」

急に名前を呼ばれて、思わず飛びあがってしまう。振り返れば脳内に浮べていたその人、水戸くんだ。思わずぽかんとした表情のままで瞬きを繰り返してしまう。そんな時間が数秒続いた。彼は私の驚いた様子がツボに入ったらしい。次第に口元をむずむずさせてはじめる。視線を彷徨わせ、なんとか笑いをこらえているように見えた。恥ずかしくなるのは私ばかり。どんどん顔が熱くなっていく。

「……笑っていいよ」

居たたまれなくなってそう言えば「じゃあ遠慮なく」と水戸くんは途端にお腹を抱え、笑いだす。その目尻に涙まで浮かんでいることに気づいて、私の顔はさらに熱くなっていった。どうしてあんな反応をしてしまったのだろう。もう逃げてしまいたいぐらいだけれど、こうして水戸くんと話ができるのは嬉しくて逃げられない。スカートの裾をいじるフリをして羞恥の嵐が去るのを待った。
水戸くんはようやく落ち着いたらしく、未だに笑みを浮かべながらも「ごめんって」なんて謝罪の言葉を口にした。でも目の端を親指でぬぐっているから、全然謝られた気がしない。

「つーか、なに熱心に見てたんだ? ……あっ、バレンタインか」

特設コーナーに飾られたカラフルなリボンとハートマーク、並べられている製菓用品を何度か見て、最後に今度は私を見る。もうこれは完全にバレてしまった。私がお菓子作りの挑戦しようとしていることも、それがバレンタインに向けたものであることも。気づかれないわけがない。
――でも逆にこれはチャンスかも。これに乗じて水戸くんの好みを聞き出せるのではないだろうか?
開き直った女の子は強いのだ。恋をしているので特に。

「さ、参考にまでに聞きたいんだけど!」

ずい、と水戸くんに近づく。急に勢いを取り戻した私に、今度は向こうが驚いていた。

「水戸くんはどれが好き!? というか甘いものとか手作り大丈夫!? あっ、一般的な男子からの意見が聞きたいだけで深い意味は無いから!」

あくまで参考。参考だからね! と念押しする。水戸くんは勘が鋭いから、こういった些細なことでも「誰にあげようとしているか」ことを察してしまいそうだし。
現に私の言葉に彼は「ふぅん。参考ね」とだけ答える。その言い方があまりにも含みのあるものだから、やっぱりバレてしまったかとドキリとしたけれど(ちょっと前のめりすぎたのも否めないし)、それ以上の追及も無かった。そのまま視線がお菓子のキットたちに向けられたので大丈夫なはず。……多分だけど。

「他のヤツはどうだか知らねーけど、オレは手作りも甘いもんもへーき」
「そう、なんだ」

ほっと胸をなでおろす。第一関門はクリアみたい。

「この中だとこれがいいかなァ。うまそうだしね」

指の先を辿る。それはバナナが入ったチョコレート味のパウンドケーキのキットだった。確かにおいしそう。チョコとバナナなんて鉄板な組み合わせだし、追加で買う物もそこまで多く無さそう。ただ一つ、難易度レベルを示す星の数が二つなことがちょっと気がかりだ。つまりこれは中級者向けキットということになる。

——でもこれは他ならぬ水戸くんが選んだもの。たとえ想定よりハードルが上がっていたとしても、挑戦しない選択肢は無い。

「じゃあ、これにしよっかな」
「マジ? オレの意見でいいの?」
「もちろん!」

むしろ水戸くんの意見が聞きたかったんです! とは癒えない。
いそいそと買い物かごにそのキットを入れながら、裏面の作り方に目を通す。牛乳やバターはうちにあるし、追加で買うのはバナナぐらいかな。
そんなことを考えていたら、いつの間にか水戸くんとの距離が近くなっていた。距離の近さに心臓が大きく跳ねる。さっきまではもうちょっと離れていたのに。「引き止めてごめん」と言う前に、彼のほうが先に口を開いた。

「……ねえ、七篠さん。完成したらオレにもちょうだい。味見でも失敗作でもいいからさ」
「えっ!? 失敗作だなんて」

渡せるわけがない。だって水戸くんに渡したいのは、まさしく本命のものだから。失敗作だなんて、絶対に絶対に渡せない。このケーキが失敗したら、それは私のお腹の中行きだ。
でもそれを本人に言えるはずもなく。明確な返事ができず、口ごもるばかりになってしまう。その間にも水戸くんは私の顔をじっと見つめてくるものだから、余計に言葉が出てこない。
先に声を出したのはやっぱり彼だった。

「あー、でも失敗作なんて言うのは失礼か。七篠さんに」
「そんなことない。失敗する可能性のほうが高いもの」
「随分食い気味に言うじゃん。……まあ、とにかくさ。失敗作だろーが余った切れ端とかでもいいから」

オレにもちょうだい。七篠さんの手作りチョコレート、予約されてくれねーかな。
その声は今までに聞いたことのない響きを持っていたように聞こえて。ドキリと跳ねた鼓動は今日何度めかわからない。でもそれが全身に伝えたのはときめきというよりも、なんだかいたずらがバレて怒られた子供のときのような気持ちだった。
水戸くんはまたじっと私を見つめてくる。その瞳の奥に有無を言わさぬプレッシャー感じ、気づいたら「わかった」と頷いていた。
私の返事を聞いて、嬉しそうにはにかむ水戸くんはいつもどおりの水戸くんだったけど。なんだか私はずっとドキドキが止まらなかった。



とにもかくにも。なんとか迎えたバレンタインデー。
かわいいけれど「義理チョコです」と誤魔化せそうな範囲のラッピンググッズもちゃんと揃えた。メッセージカードは悩みに悩んで用意はしなかった。なんて書いていいかわからなかったし、カードを入れたら本命感が強くなってしまいそうだったから。
さあ、あとはいざ渡すだけ! なんて意気込んだはいいのだけれど……。

「うーん、充分おいしいよ? 言われてみれば、確かにちょっとぼそぼそしてるかなぁとは思うけどさ」
「だよねぇ!? こんなんじゃ渡せない……」
「あたしなら渡しちゃうけど。こんなの気にならない程度だし、手作りっぽくて逆によくない?」
「私は気になるの! 食べてもらえるならおいしいのがいい!」

力説する私とは裏腹に友人は残りのパウンドケーキを食べた。首をかしげ「おいしいし、大丈夫だと思うけどなぁ」と同じ言葉を繰り返す。友人が気遣い故の嘘をついているとは思っていないし、本当においしいと言ってくれているのはわかる。でもやっぱり。私はどうしても気になってしまうのだ。このぼそぼそ感が。

まあつまり。失敗してしまった。チョコバナナのパウンドケーキを。
味自体はキットを使ったし、申し分ないと私個人も思う。見た目だって悪くない。ただ食べた時に、なんとなくしっとりさが欠けているように感じるのだ。ぼそぼそしているというか、ただでさえ乾きやすい口の中がさらに水分を吸い取られるような……。試食した家族も「おいしいけど、ちょっとパサついているのが気になるかも」と口をそろえて言っていた。

それでもせっかく作ったんだから、とラッピングしていくつか持ってきたはいいものの……やっぱり水戸くんにはいまだ渡せていない。失敗作でもいいから食べたいと言ってくれていたけれど、好きな人に失敗作を食べてもらうのは躊躇ってしまう。
元から交換すると決めていた友人には「ごめんね。ちょっと失敗しちゃったかも」なんて笑って渡せるのに。

「おいしいと思うけどなぁ。失敗作でもいいって言われたんでしょ?」
「だからって『はい、そうですか』なんて簡単には渡せないよぉ」
「水戸も待ってるかもしれないのに? 梢からのチョコレート」
「待ってないよ……水戸くん、モテるもの。もう他の子からもいっぱいもらってるに決まってるよ。あれだって社交辞令だろうし」
「ま、梢がそれでいいならいいけど。水戸に渡さないなら、もういっこちょーだい。あたし、これ好きだわ」
「どうぞどうぞ。いくらでも食べて」

まだいくつもある個包装のケーキを袋から出す。
しかし彼女がそれを受け取る前に、私の手からひょいと奪い去っていく人がいた。

「ひでーな、オレにはくれねーの? 約束したのに」

辿れば、お手本のようなにっこり笑顔の水戸くん。その後ろには大きな身体を折り曲げて彼の手の中にあるパウンドケーキを覗き込む桜木くんの姿があった。

「おっす、水戸に桜木。そーいや、今日はサボってないね」
「そりゃ花道はハルコちゃんからのチョコを楽しみにしてたからね。サボるわけねーって」
「ぬっ、お、オレは別にそんなこと……!」
「ちなみにオレは楽しみにしてたよ。七篠さんからのチョコ」

チョコバナナのパウンドケーキを見つめ、水戸くんは言う。彼の指先が包装のフィルムをなぞった。

「これ食っていい?」
「いいよー」
「ちょ、ちょっと!」

なんで勝手に答えるの!? 
焦る私を意にも介さない友人はまだ残っているパウンドケーキたちを指さし桜木くんの名を呼んだ。

「桜木もいる? 梢特製チョコバナナパウンドケーキ。おいしいよ」
「ぬっ、ならオコトバに甘え……いや、オレはいい! ハルコさんからのチョコレートのみが今年のオレのチョコレートなもので!」
「おー、さすが桜木。ってことは赤木さんからはもらえたんだ?」
「……ふぬ」
「……昼過ぎたのにまだもらえてなかったら望み薄くない?」
「うぐぐぐぐ」
「部活前後が大本命だからまだ大丈夫だって。な、花道」

桜木くんを慰めながらも水戸くんは手元を見ずにラッピングを解く。取り出す直前、最後にもう一度私へ対して「いい?」と尋ねてきた。そのタイミングでダメと言えるわけもなく。諦めて「どうぞ」と頷けば、彼は嬉しそうにすぐさまそれを頬張った。大きな口であっという間に食べきってしまう。口の端についた欠片をぺろりと舐めとる姿はなんだか見てはいけないものを見てしまった気がして、ドキドキとした緊張が全身に走った。

「すげーうまい」
「ほ、ほんと?」
「うん。うまいよ。もう一個食べていい?」

私の返事を聞く前に、水戸くんはさらにパウンドケーキへ手をのばす。
よかったね、と口パクで伝えてくる友人に笑みを返した。隠れて胸を撫で下ろす。水戸くんに美味しいと思ってもらえたのはなにより嬉しい。でもやっぱり。失敗したのじゃなくて、成功したものを食べてほしかったなぁ、なんて。心の中では嬉しい気持ちと残念な気持ちがまぜこぜになって渦巻いている。
そんな私の気持ちを見抜いたのか、ケーキの代わりにポテトチップスを桜木くんに分けていた友人が言った。

「梢的には失敗しちゃったんだってさ。水戸的にはどう?」
「え? 全然うめーよ。どこが失敗?」
「だ、だって生地がぼそぼそしてるでしょ? 口当たりが悪いというか……」
「そうかな。オレは別に気にならねーけど。――じゃあさ」

手に取ったパウンドケーキをまじまじと見つめている。

「渡してねーの? 本命クンに」
「そ、それは」
「だって男にやる予定で作ったんだろ? コレ」
「ぬ、七篠さん。好きな人がいるんスカ? じゃあこれ本命のチョコでは!? 洋平に食わせちまっていいんですか!?」

どうしよう、なんて答えよう!?
自分から渡してはいけないけれど結果的に水戸くんは食べくれたわけだし、実質的に渡したことになる? でもここで「渡したよ」というのもなんか誤解を招きそうな気がするし、かといって焦る桜木くんがいる手前、なにも答えないわけにもいかない。助けを求めるように友人に縋ると彼女は呆れたように肩を竦めた。

「自分から%nすかは悩み中らしいよ。なにせ梢的には失敗作だからさ」
「……へぇ、七篠さん≠ゥらはまだ渡してねーってこと?」

探るような視線が注がれて息が詰まる。逃げられない、と悟った瞬間、私たちの間に割り込むようにチャイムが鳴った。騒がしい教室の中でクラスメートたちが授業のために戻っていく。
水戸くんはちらりと教室の扉を見て、あの視線を再び私に向ける。

「おいしかったよ。ごちそーさま。さ、席戻ろうぜ、花道」
「……洋平」
「ん?」
「……別にいいけどよ」

フンと鼻を鳴らした桜木くんは友人に「ポテチごちそーさまでした!」と頭を下げて席に戻っていく。気づけばパンパンだったポテトチップスの袋はすっかり空になっていた。

「じゃあね、七篠さん」

ひらりと手を振って水戸くんもいなくなってしまう。彼が残したざらついた空気だけが身体にまとわりついていた。

「じゃ、あたしも戻るね」
「うん。さっきはありがとう」
「どういたしまして。……余計なお世話かもしれないけどさ、やっぱり残ったやつも水戸にあげたら?」

あいつなら喜んで受け取ってくれると思うよ。
その言葉は授業中もずっと頭の中に巡り、小テストも身が入らず散々な結果だった。鞄の中のパウンドケーキが異様に気になってしまう。

おいしかったと言ってくれたし、改めて渡しても水戸くんは受け取ってくれるだろう。それがたとえ優しさだとしても。
それでもやはり。これが胸を張って渡せる出来ではないのが引っかかる。すでに彼の口の中に入ってしまったとはいえ、自分から渡すのは意味合いも異なってくるから。
もう少し悩んでからでもいいよね。まだ時間もあるし、渡すにしても今日中に渡せればいいわけだし——

なんて考えていたらあっという間に放課後になってしまった。
水戸くんは桜木くんを応援するためにバスケ部に行ってしまったし、私も部活がある。といっても、いまいち集中できない。これはいけない、と気分転換に飲み物を買いに来たのだけれど……

「あ、七篠さん」
「水戸くんっ!?」

なんでこのタイミングで会っちゃうかな!?
自販機の前には水戸くんがいた。彼は「じゃんけんで負けちまってさ」と困ったように眉を下げた。きっと買い出しか、桜木くんの差し入れのために来たんだろうなと思っていたから、予想は当たっていたみたいだ。

「七篠さんは部活の休憩?」
「そんなところ。気分転換に」
「奢るよ」
「えっ」
「ケーキのお礼」

どれがいい? と彼はポケットに入れた小銭を響かせる。
お好きなものどーぞ、と促され、お言葉に甘えて選んだホットの缶のストレートティー。鈍い音と共に落ちてきたそれを水戸くんから手渡される。あったかくて、熱くて、彼の指先と少しだけふれた自分の指先が甘く痺れた。

「ありがとう」
「こちらこそ。——あのさ」
「ん?」
「もうあげちまった? 本命クンに」

ぎゅっと心臓が痛くなる。緊張して身体が強張っていくのがわかった。温かだった指先が凍えるような錯覚に陥る。
逃げたい。でも逃げられない。心臓が本当にうるさくて、耳鳴りがすごい。周りの音が遠くなっていく。
辛うじてなんとか首を横に振る。水戸くんが小さく呟いた「そっか」の続きに身構えた。

「じゃあさ、オレに全部くれねぇ?」
「全部?」
「そう。もしまだ七篠さんのとこにあるならさ、残りも全部オレが欲しい」

返事がすぐに出てこない。嬉しさと躊躇いと、どう答えていいかわからなくて。喉の奥につかえてしまっている。私が戸惑いを察したのだろう。水戸くんは見るからに不機嫌そうな表情を浮かべ、吐き捨てた。

「やっぱり本命クンにあげるんだ?」
「そうじゃない、けど……」
「じゃあくれよ。七篠さんのチョコ、他の男に渡したくねーの。オレ」

それはどういう意味? なんて尋ねる勇気は私になくて。
ぎゅうとホットティーの缶を握りしめるだけだった。気づけば私は水戸くんに追い詰められていた。自販機の冷たさが背中に当たる。あ、と声をあげてしまえば、すぐさま覆いかぶさるように彼は私を閉じ込めた。距離が近くなる。水戸くんの整髪料のにおいをすぐそこに感じ、頭がくらくらしてきた。ふれそうになる吐息に気づいてしまえば、もうだめだった。

「スーパーの時から期待してたんだけど。オレに選んでなんて言うしさ。しかも嬉しそーに」
「ひゃっ」
「なのに全然くれる気配無いんだもんな。こっちは朝からすげー楽しみにしてたのに」

指先が重ねられた。水戸くんの指と私の指が絡み合う。二人で一緒に熱いホットティーを持っている。熱いのは缶なのか指なのかわからない。赤いラベルが目に痛かった。水戸くんの指が動く、ふれあう面積が広がった。

「くれねーの?」
「な、なにを」
「オレが勝手に奪っちゃうんじゃなくてさ。七篠さんから£シ接、オレに渡してよ」

――彼は返事を待っている。他ならぬ、誰でもない、私の返事を。

「……改めて」
「うん」
「ちゃんと成功したのを渡したいから、それまで待っていてほしい……です……」

失敗作でも水戸くんはおいしいと言ってくれたけれど。やっぱり好きな人にはちゃんとしたものを、食べてもらいたいから。
か細い声で必死になって伝える私に彼は小さく笑った。

「七篠さん。オレ、もう一つ欲しいのがあるんだけど」
「な、に……?」
「好きって言ってほしい。告白して、オレに」
「っ」
「これは今すぐちょーだい。一秒も待てねーや」
「……水戸くんっていじわるだよね」
「そう? 誰にも言われたこと無いけどなァ」
「うそ」
「本当だって」

水戸くんはへにゃりと眉を下げる。甘えるように私に擦り寄ってくる。
どこか幼げなその表情にちょっとだけキュンとした。先ほどまでの意地悪な彼より、こちらのかわいい感じのほうが私は好きだ。
でもそんなかわいい水戸くんもすぐにいなくなってしまう。私の気が緩んだのを目敏く見つけ、「ほら早く」と瞬く間に鋭く熱い視線で私の告白を催促してくる。
——結局、白旗をあげたのは私のほう。

「すき、です」
「誰が?」
「水戸くんが、好きです!」
「はは、上出来じゃん。——じゃあ、オレもお返し。一ヶ月も待たせたくないし」

ちゅ、と頬にふれたものがあった。耳元に吐息がふれる。静かに囁かれた。

オレも梢ちゃんが好きです。付き合ってください。



待てないバレンタイン
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