※チャンピオン戦後
ホウエンからシンオウ、シンオウからカロス、カロスからアローラとくれば海外出張は慣れたもの。チクマは長いフライトのせいで固まった身体をほぐし、深呼吸を繰り返す。
「えーっと、シュートシティに行くには電車かタクシーか……」
なら、ガラル名物の空飛ぶタクシーを選ぼう。チクマは早速、アーマーガアの並ぶ停留場へ足を向ける。
チクマはプロのバトルトレーナーである。ホウエン地方、バトルフロンティアの初期メンバーにも名を連ねるような筋金入り。ブレーンにこそならなかったが、その実力は折り紙付き。挑戦者を振るい落とす壁として立ちはだかっていた。
その噂を聞きつけた他地方のバトル施設はこぞって彼女へスカウトを行い、彼女自身も新たなバトル、まだ見ぬチャレンジャーを求め、出向という形で居住を転々としていた。今はようやくその腰を落ち着け、アローラ地方のバトルツリーでその腕を揮っている。
そんな彼女に所属のホウエンリーグから連絡があった。(転々としすぎて自身がホウエン所属ということ忘れていたのは内緒だ)
なんでもガラル地方でバトル施設を新設するとのこと。そこでさまざなバトル施設を渡り歩いたチクマに話を聞きたいとガラルリーグの責任者――ダンデから依頼がきたのだ。「新施設への意見をもらいたい」らしい。
ガラルに出向するわけではないのなら、とチクマはその呼びかけに応じた。実のところアローラが心地よくて、できれば他地方には行きたくないという本音である。
かくして、ツリーの同僚たちから「お土産よろしく!」と送り出され、チクマは彼の地へ向かったのだ。
シュートシティ、待ち合わせはローズタワーなる高層ビル。そうタクシーの運転手に伝えると、羽ばたきと共にアーマーガアは飛び立つ。思ったより安定した乗り心地だ。アローラのポケモンライドよりこっちのがいいな、と眼下に広がるガラルの街並みを見下ろした。
「時間あってるよね?」
その呟きは近くにいたスタッフに拾われ「ダンデさん、極度の方向音痴なんです……おそらく今も迷って遅れているのかと……」と申し訳なさそうにフォローが入る。屋内でも迷うなんて相当では、と思わなくもないが「そうなんですね〜」と笑顔で答えた。これぞ大人の対応である。
30分経って、ようやくダンデはやってきた。菫色の長髪に臙脂の衣装。なかなかしっかりとした印象を受ける青年だ。現に「待たせて申し訳ない!」と開口一番謝罪されたので、この待ち時間は社会人として水に流すことにする。そう、大人の対応パート2である。
「リーグ責任者およびタワーオーナーのダンデだ」
「ホウエンリーグ、バトルフロンティア所属チクマです」
お互いに名乗り、握手を交わす。鍛えられた掌は、彼が実力のあるトレーナーであることを確信させた。バトル好きとしての勘からか、ぞわりと背筋の高揚感が走る。いや、今日はバトルしにきたわけじゃない。落ち着け落ち着け。
そんな彼女の葛藤を知らず、ダンデは「さっそくですまないが」と切り出す。
「いろいろと話を聞きたい。長旅のところ申し訳ないが、お願いしても?」
「もちろんです。こちらもそのために来ていますから」
スタッフ先導のもと(ダンデの方向音痴は本当だった)会議室へ入り、彼が持つバトル施設の構想を聞く。ダンデの夢はチャンピオン時代と変わらず「ガラルのポケモントレーナーを強くしたい」である。そのためのバトル施設として、このローズタワーを使っていきたいとのこと。
確かにガラルのジム戦方式では、その「トレーナーの底上げ」と方向性が違うとチクマは思っていた。そもそも推薦状が必要という時点で、門戸を狭くしている。なら逆にこのタワーはどんなトレーナーでも参加しやすいかたちにするべきだ。
「基本的な仕組みはバトルツリーの踏襲でいいかと思いますね。フロンティアのようにいろいろと欲張っても人手足りませんし、まずはバトルに触れてもらうというならシンプルなやり方が一番かと」
「なるほど。階級制にしたいと考えているのだが、どうだろうか?」
「いいんじゃないですか? 明確な目標があったほうが楽しいですし。登っていく、というのもタワーっぽくて私は好きです」
「階級昇格のバトルはオレがしたいんだが」
「ダンデさんはガラルの中でトップの知名度ですし、『ダンデさんに会いたい』という動機も生まれますから、賛成ですね」
「それはそれで複雑だぜ……」
「きっかけは不純なほうがいいんですよ。当初の目的は門戸を広ることです」
くすりと笑うチクマにダンデは「そういうものか……」と唸った。
そこから話は発展し、「交換ポイント」「賞品」など一般的な施設の内容から「レンタルポケモン」という新たな試みまで話は進む。
さすがにいったん休憩しよう、と雰囲気になり、チクマはすっかり冷めたロズレイティーを飲んだ。
その様子を見てダンデは訪れた『雑談の雰囲気』に乗じ、口を開く。
「そういえば、あなたはかなりの腕前だと聞いたが」
「まあ、そこそこバトル歴は長いですしね」
チクマのさらりとした答えに、そわっと彼の身体が揺れた。
「ぜひバトルを」
これずっと言いたかったな? とチクマは察した。
彼女だってその誘いに心が惹かれないわけではない。先ほどだってダンデのオーラに背筋が震えたのだ。それに自身もバトルで身を立てている。強者との戦いはいつだって求めてやまない。
しかし今回は『バトルトレーナー』ではなく『アドバイザー』としてガラルに来ている。己を律し「あいにくですが、今回は遠慮しておきます」とやんわり断った。
「もちろん公式試合ではなく、プライベートなもので構わない」
「お気持ちだけいただいておきます……」
だが、ダンデも諦めない。他地方の、しかも一線で活躍するトレーナー。彼は是が非でもバトルしたかった。それに彼女自身も本当はバトルをしたがっているのだと、なんとなく気づいている。それは同じくバトルに狂う者としての勘だろう。なにが憂いになっているか。どうして否定するのか……それを必死に考え、本来とはまったく違う答えを導き、言った。
「もしかして、ガラルのルールに不安を持っているのか?」
「は?」
「確かに、バンドがないあなたはダイマックスが使えない……。不慣れな地方では実力も存分に発揮できないだろう。なら君の地方のルールに合わせる! それでどうだろうか? もちろんオレもダイマックスも控えよう」
「――あ゛?」
地を這うような低い声。チクマの纏う空気が変わった。ダンデの頬に刺すような殺気が伝わってくる。同時にブチリと何かが切れる音が聞こえた気がした。
「ガラルのルール? 上等だってーの!! こちとらルールに左右されるほど弱くないですけど!? ダイマックスだろうがメガシンカだろうが、Zワザだろうが、どうぞお好きに! それをぶちのめしてこその、バトルトレーナーですので!!!」
吠える彼女の瞳は一切笑っていない。先ほどまでの大人びた雰囲気は掻き消え、そこにはプライドを傷つけられた、ただのトレーナーがいた。
彼女を煽った自覚が一切無いダンデはその変貌に驚きつつも、バトルを受けるという言葉に目を輝かせる。
「バトルの1つや2つ、受けて立ちましょう!」
「それを待っていたぜ!」
ダンデは嬉々として立ちあがり、チクマの腕を引っ張って特設のバトルフィールドへ向かう。こういう時だけは彼の方向音痴は発揮せず、迷うことなく目的地へたどり着くのだった。
***
「エルレイド、戦闘不能! 勝者、ダンデ!」
自動音声が響く。倒れたエルレイドをボールに戻せば、さすがにチクマの頭は冷静になっていた。なんでバトルしているんだ、自分。そう後悔するが遅い。レベル上限なし、6VS6のフルバトル。しかも相手は実力者。時間を食うのはわかっていたというのに。売り言葉に買い言葉、いや、彼は売ったつもりもないだろう。勝手に自分が買っただけ。
もうとっくに日は沈んでいる。このまま会議の続きをするのは無理だ。そういう意味でも、バトルはしないと決めていた。絶対にのめりこんでしまうとわかっていたから。それにさくっと仕事を終わらせ、観光してアローラに帰る予定を立てていたのだ。崩れ去ってしまったバカンスに涙を流しながら、「頭に血がのぼりやすいのをなんとかしろ」という仲間たちの忠告をいまさらながら思い出す。
しかし、悔しい。途中まではこちらが優勢だった。敗因はライボルトが落ちたこと。そこを狙ってダイマックスしたリザードンの猛攻に、残されたエルレイドは耐えられなかった。あそこで先にライボルトと交代すれば、後半の動きが変わって――いや、その前に手持ち全てを開示してしまったのも痛かったか。
「素晴らしい試合だった!」
「ど、どうも……」
そんな脳内反省会は大股でこちらに向かってくるダンデに気づいて、中止となる。
彼は勢いのまま手を握り、上下に振る。正直、痛い。隠すことなく顔が引き攣った。
「さすが、噂は伊達じゃなかった! 本当に楽しかった!」
「噂って……まあ、私も楽しかったです。ありがとうございました」
カッとなって始めたバトルだったが、さすが何年もガラルの頂点に君臨していたことだけはある。ダンデのバトルにおける駆け引き、読み合いは超一流。チクマ自身もこんなに熱くなるバトルは久しぶりだった。
とはいえ、今回の仕事はバトルではない。こほんと咳払いをして場を正し、本題へ誘導しようと口を開いた。
「今日はもう遅いですし、続きの話し合いは明日で――」
「君が欲しいな」
何を言われたか、一瞬理解が及ばなかった。言葉を詰まらせ戸惑っているチクマに、彼はさらに追い打ちをかける。
「チクマが欲しい」
「は?」
「どこに問い合わせればいいんだ? ホウエンリーグ? それとも現所属のアローラ? トレーナーとしてタワーでバトルをしてくれないか!」
ようやく合点がいった。引き抜きの話をしているのだ、彼は。言葉が悪い! と内心で毒づく。真っ直ぐとした金の瞳の輝きはこちらに迷うことなく向けられていて、なんだか居心地が悪くなる。こうやって魅了され、振り回された人は多いだろうな、という感想を抱きながら「ホウエンリーグですね」と声を絞り出した。
「ホウエン! よかった、伝手がある」
「でも慎んでお断りします。私、アローラ好きなんです。しばらくあそこにいたいと思っていますから」
しかし「そんなことは知らない」とばかりに、ダンデの目が熱を帯びる。先ほどまでのバトルの熱がいまだに彼の中で燻っていた。気づいた時にはもう遅い。いつの間にか腰に回った腕に強く引かれ、2人の身体が密着する。突然の状況に息をのんだチクマの様子を見て、ダンデは不敵な笑みを浮かべた。
「すまないが、その意見を聞き入れることは難しい。――それに、オレは欲しいと思ったのものは必ず手に入れる性分なんだ。だから、覚悟しておいてくれ」
それにガラルはいいところだから、気に入ると思うぜ! と宣う彼に、「ここに来るんじゃなかった……」とチクマの目の前が真っ暗になった。
その後、正式に彼から引き抜き希望の書面がホウエンリーグに届いた。しかも非の打ち所がない内容で「チクマがいかにガラルに必要か」を何ページにも渡って説いてあるものだから、案の定ホウエンリーグからも「行きなさい」という通達が下ってしまう。そうなるともうチクマは「いきたくなーい! やだー!」と泣き叫びながら荷造りをする未来しか、選ぶことができないのであった。