『クラボの実のヘタを舌で結べる人はキスが上手い』
いわゆるよくあるラブジョーク。真実はさだかではないけれど、有名なフレーズであることは間違いない。こういうテの話は一定周期で話題になり、そうなると自然と恋人への会話にも流れ込んでくるというもの。
かくいう私と彼の間でも、そういう話をしてみたことだってそこそこある。「ワタルさんってクラボの実のヘタって舌で結べます?」と。
一回目。「どっちだと思う?」と逆に尋ねられてうやむやに。
二回目。「想像にお任せするよ」と場を濁されておわり。
三回目。「遠回りなお誘いありがとう」とたくさんのキスをされて、そのまま。
そしてこのチャレンジは今回で四回目となる。ここまではぐらかされていると、逆に気になってくるというもの。「好奇心はニャースをも殺す」と言うけれど、ニャースじゃないし大丈夫。引き際は見極められるはずだ。
そんな変な使命感に燃える私は、15時のおやつとしてクラボの実を用意する。お気に入りのミニリュウ柄の小皿へ盛って、彼の前へずいと差し出した。
「ワタルさんって、ヘタを舌で結べます?」
「……何を言い出すかと思えば、この話何回目だ?」
「四回目です! よくよく考えてみたら、ずーっと答えもらっていないので。ここまで用意したらもう逃げられませんよ!」
ほくそ笑む私にワタルさんは呆れたように眉を下げ、読んでいた本をテーブルへ置く。
そして小さなクラボの実を眺め「チクマって案外大胆だな」と一言。その言葉に首を傾げた。
「大胆?」
「恋人のおれにそういうことを試すって……つまり誘っているんだろ?」
「さそっ……!」
浮かべる挑発的な笑みに、一瞬にして顔へ熱がこもる。そんなつもりはない! と叫びそうになる直前で、あわてて言葉を飲み込んだ。ずばり、これは罠に違いない……! 伊達にこの人と長くお付き合いしているわけではないのだ。私だって学習をしている。それに、振り返ってみればこうしていつも煙に巻いて教えてくれない。つまり、今回もそうやって誤魔化そうとしているのだろう。残念ですね、私にはお見通しですよ。
「……その手には乗りませんから」
「残念。あともう少しだったのにな」
「ほらー! やっぱり!」
「はいはい。ほら口開けて」
実はチクマにあげるよ、と私の口に真っ赤な実を放りこむ。彼は残されたヘタを口の中へ。
ついに答えを知るときがくる、という期待のおかげか、クラボのピリリとした辛い刺激もそこまで感じない。これは人間用のだから、野生のものより辛みを抑えられているおかげもあるのだろう。
どちらにしろ、興奮でまともに味わうこともなく、ごくんとそれを飲み込んだ。
一方、ワタルさんはもごもごとまだ口を動かしている。眉間にしわが寄った、難しい顔。集中しているのか、私がじろじろと見ていることに気づかないようだ。
――ちょっと意外かも、なんて。どんなことでも、ソツなくこなす彼がこんなにも苦戦している。このヘタもさらっと結んで「ほら満足かい?」ってさらりと話題を終わらせるかと、思っていたのに。
つい、未だにヘタと格闘する彼の横顔をこっそりと隠し撮った。いつもで余裕そうなワタルさんが、少し苛ついたようにヘタを結ぼうと頑張っている。うん、すごくかわいい。ちょっとにやけ顔が止まらないほどに。
数回のシャッター音が響いたのち、ようやくワタルさんは私のいたずらに気づいたようで、私の手から端末を取り上げる。そしてようやく小皿へヘタを吐き出した。ちらりと見えた赤い舌にドキリと胸が鳴ったが、それよりも答えが知りたくて皿を覗き込む。そして、私は慌てて彼の表情を確認した。
案の定、そこには苦虫をかみつぶしたような、隠していた秘密がバレた子供ような顔をしているワタルさんが。
「…………満足かい?」
むすっとした声。だからやりたくなかったんだ、と言いたげに、こちらを睨んでいる。一方で私は頬が緩むのが抑えきれないでいた。なぜなら、目の前には予想外の結果があるからだ。
「ワタルさんって、ヘタ結べないんですねぇ」
「別に結べる必要はないだろ」
思わぬ彼の弱みにほくそ笑む。結べないんだぁ、と繰り返せば、ワタルさんは逃げるように顔を背けた。耳が赤いのは隠せていませんよ、と指摘すれば「うるさい」と一言。
気まずい彼には悪いが私はようやく謎が解けてすっきりしている。なるほど、ずっと答えを隠していたのはこういうことか。もしかして、結べないことを格好悪いと感じているのかも。だからずっとはぐらかしていた。恋人の私に知られたくなくて。
なんだかそれはとても――
「今日のワタルさん、すごくかわいいです」
「かわいくない。ああ、もう。だから隠していたというのに……」
「んふふ、こっち向いてくださいよ」
つんつんと頬をつつくと、ようやく彼はその赤い顔をこちらに向けて、まったく覇気の感じない顔で睨んでくる。あいにくですけど、ワタルさん。全然怖くありませんよ。
***
たっぷりワタルさんをからかって、今日は本当にいい日だった。ほくほくと楽しい気分のまま、彼の待つベッドに潜り込む。
「……ずいぶんと楽しそうだな」
「ワタルさんのおかげでとっても」
「そりゃどうも」
むすっとした表情も珍しくて新鮮で、また私はにやにやが止まらなくなる。
それを認識した途端に、また彼の不服そうな表情を浮かべた。そろそろ遊ぶのはやめにしたほうがいいかも。彼のへそが一度曲がると、元に戻るまでだいぶ面倒なことはよくわかっている。
「からかいすぎて、ごめんなさい。でもワタルさんの新しい一面が見られたのが嬉しくて」
耳元でそう言えば、ワタルさんは小さな声で尋ねてきた。
「……幻滅とかしないか? ほら、女の子ってそういうの気にするだろう?」
「しませんよ! そもそも結べる人のほうが少ないですし」
それでも晴れない表情のくちびるに、私は触れるだけのキスを贈る。たまにはこういうのもいいかもしれない。普段はしないから、余計に。
ワタルさんはというと唐突な私の行動に少しだけ呆けたあと、お返しのキスをしようとして――
「やめておこうかな。おれ、キス下手だし」
とニヤリと笑う。幸か不幸か、彼の意図を読めない私ではない。大げさにため息を吐きだして、さらにワタルさんとの距離を詰めた。
「じゃあ私が教えてあげますね。キスのやり方」
「それは嬉しいな。よろしく頼むよ、先生」