もう今年≠ニ呼べる日も数えるほどとなった日。窓の外には雪がちらつき、日中よりもいっそう寒さを増す夜。ワタルはあたたかな部屋の中で、ソファにくつろぎながら来年のリーグ運営書へ目を通していた。人員配置に予算のふりわけ。加えてセキエイはリーグ本部でもある。その頂へ座るワタルには、どうしてもこういった事務仕事もついて回っていた。年度末である3月に向けて、できる仕事は少しでも減らしておきたい。
そんな状況の彼に近づく気配。誰のものかすぐにわかり――そもそもこの家にいる人間は自分以外に一人しかいない――書類をテーブルへ置いた。そして、相手へ微笑みかける。
「なにか用事か? チクマ」
彼の許しを得たチクマは途端に距離を詰め、隣に座る。なぜか恋人は赤い帽子を被っていた。ベロア素材のとんがり帽子にはデリバードのアップリケ、先端には白くて丸い飾りがついている。動いたせいで少しずり下がったその帽子へワタルが手を伸ばして整えると、チクマは礼を言いつつ、姿勢を正した。
「ワタルさん、明日は何の日だか知っていますか?」
「さあ? わからないな」
とぼけるワタルへチクマは「わかっているくせに」と文句を呟く。彼女の言うとおり、ワタルはもちろんその意味をわかっている。あいにくと彼が幼少期にこの日を心待ちにしたことはなかったが、世間一般の子供ならば、明日の朝に枕元か飾り付けられたツリーの下へプレゼントが置かれていることを夢みる日だろう。そして大人に促され、ベッドに入る時間。「プレゼントを貰うよい子はそろそろ寝る時間ですよ」なんて体よく言われながら。
チクマは背に隠していた白い袋を自慢げに取り出す。頭の帽子と、その布袋でワタルは彼女の意図を理解する。いつから計画をしていたのだろう。こっそりと自分に隠れて準備をしていたと思うと、心の奥から愛おしさがこみ上げてくる。ワタルはチクマを抱きしめたくなる衝動を抑え、恋人の動向を見守ることにした。
「ワタルさんは一年とてもよい子≠ナいたので、私からプレゼントを用意しました!」
「よい子≠チて。そんな歳じゃないだろう、おれ」
「年齢は関係ありません。それに、イブキさんから、ワタルさんの小さい頃はこういう系のイベントをあまりしてこなかったって伺ったので……」
たしかに、ワタルの幼少期は修行ばかりの日々であったことは間違いない。それを彼自身、悲しいと思ったことはないし、疑問に思ったことも無い。だがチクマとしては、この日はよい子であった≠ニ己を信じ、翌朝のプレゼントを心待ちにする幸福な時間だった。そしてその幸福を少しでもお裾分けしたい、と考えた。彼の過去を否定するつもりは無い。だが、少しぐらいは『一般的なイベント』へ参加して欲しい。
決して、今からでも遅くは無い。大人だって、翌朝のプレゼントを心待ちにしていいはずだ。なら自分が、そのきっかけになればいい。
「よい子≠フワタルさんには、たくさんプレゼントがありますよ!」
にこにこと笑いながら、袋から出したのはまずワタルが気になっていた書籍の数々。それからポケモンケア用品やポケモンフーズ。この前、ちょうど切らしたものだ。彼の普段使いしているヘアセット一式。きずくすりなども出てくる。袋の中にたっぷりと入ったプレゼントを取り出して並べるチクマは満足げに胸を張る。
本来であれば枕元へこれを置くべきなのだろう。しかし、おそらくその最中にワタルは起きてしまうに違いないし、正直一緒に寝るベッドが狭くなるからやめた。だから、情緒を無視して、直接渡すことにした。当日である明日にしようと迷ったが――あいにくと明日の彼は朝からリーグへ待機予定なので、仕方なしにこの夜となった。せめてもの雰囲気作りに帽子と布袋を用意したのである。
「すごい数だな……」
さすがにワタルも予想以上の量に面食らったようで、呆けた声が出ている。一つずつ手に取れば、チクマから解説が飛んでくる。「前に気になるって言っていましたよね?」「これ、ワタルさんのお気に入りですよね!」「ドラゴンタイプに人気のフーズらしいですよ!」などなど。そのたびに彼は笑みをこぼしていた。プレゼントもさることながら、チクマの心遣いに胸があたたかくなる。そうか、こうして子供たちはこのイベントを待ち望んでいるのかと、今更ながら理解した。
「でも、足りないなぁ」
そう。足りないモノがある。ワタルは歌うようにその言葉を繰り返した。途端にチクマは顔を青ざめた。揃えたプレゼントを確認し、恐る恐るといったように声を絞り出す。
「ワタルさんの欲しいものはちゃんと用意したはずなんですけど……」
「ああ。そうだね。どれもこれも、おれのことをよく見ていてくれていて、本当に嬉しい。でもとびっきりのモノが足りないんだ」
ワタルは自身のくちびるへ指を当てる。とんとんと数回指し示せば、チクマもその意味がわかったのだろう。一瞬にして頬を赤く染め、視線を彷徨わせる。
「ほら、チクマ。よい子≠フおれにプレゼントをくれないか?」
遠回しのお誘い。彼女からしてほしいと誘う。
チクマは「うぅ……」と呻き声をあげて迷うが、今回の行動の意味を思い出したのか、観念したかのように身を乗り出した。そして触れるだけのキスをする。
「これでいいですか?」
耳まで赤くしたチクマは羞恥に震える声で尋ねる。普段、彼女からキスなんてしないから、積極的な行動に慣れていないのだ。そんなことはワタルも重々承知。――そう、承知しているからこそ、強請るのだ。
「足りないな。もっとちょうだい」
「わ、ワタルさん!」
非難めいた声を無視して、ワタルは彼女の腕を捉え、捕まえる。密着した身体から体温が伝わってきた。熱いそれに自然と自分の体温もあがっていく。吐息が触れるが、わずかにくちびるへは届かない。そんな距離で、ワタルは囁いた。
「もう一回、くれるだろう? おれはよい子≠ネんだから」
ダメ押しのキーワードを口にすれば、チクマは「……今日だけですからね!」と再びキスをする。そしてまたワタルの足りないという言葉に負けて、何度も重ねた。もれる甘い声に、互いの鼓動が早くなっていく。そのうち『プレゼント』という建前も忘れ、キスの回数だけが積み上がっていく。
――おれのプレゼントは明日にお預けかな。
そんなことを考えながらワタルはチクマを逃がさぬよう、もれた熱い吐息ごと甘い恋人のくちびるを喰らうのだった。