※ほんのりとポケマスイベント「思いを込めた新年祝い」にまつわっています。ストーリーのネタバレは無いです。


朝に焼かれた空から昇ってくる光に照らされながら、湯気のたつマグカップを両手で抱え込む。じんわりと熱が伝わってくるのを感じ、指先がかじかんだ。ベランダから眺める世界は徐々に太陽から染めあげられていて、美しい。私は着ているカーディガンの上からさらに毛布をかけて座り込む。風邪を引いたらワタルさんに怒られてしまうからだ。

彼とお付き合いを始めてからこうして初日の出を見始めた。ワタルさんがそうしていると聞いたからだ。一緒には見られないが彼と同じ時間を過ごそうと、早起きを頑張る私は健気の一言に尽きると思う。自分から言うと、ワタルさんに肩を竦められてしまうだろうけれど。

暖を取りたくて、マグカップの中身を一口飲み込んだ。身の内からじわりと熱が広がる。ほう、と息を吐けば、白い気体が一瞬で消えていく。ワタルさん、もう起きているよね。きっとそうに違いない。いくら今年はジョウトにいなくても、毎年と同じように初日の出を見ているに決まっている。

そんなことを思っていたせいか、傍らにおいてあった携帯端末から着信メロディと共に彼の番号が表示された。なんだか以心伝心な気がして、胸が甘く締め付けられる。丁寧に操作して、通話ボタンを押す。すると次の瞬間、画面いっぱいにワタルさんの顔が映った。すぐさま、思考回路が答えを出す。これ、テレビ電話だ! いつもの音声だけの通話じゃないことに驚いた私は、思わずインカメラをカーペットに押しつけた。

『……チクマ』

スピーカーから聞こえるワタルさんの声。きっと彼の画面には真っ暗な闇が広がっているのだろう。そして物音や、元来の察しの良さで状況を理解しているはずだ。現に『何をしているんだ』と呆れた音をそこに含んでいる。しかし私だって黙っていられない。驚いたのは事実だし、あらかじめテレビ電話で連絡を取ろうだなんて言われていない。「だ、だって」と上ずりながらも反論した。

「テレビ電話できる格好じゃ無いんです!」

そう、テレビ電話できる格好じゃないのだ。
ルームウェアは彼と過ごす専用のものとは違ってくたびれているし、カーディガンだって着古していたのを部屋用に格下げしたやつ。なにより毛布にくるまっている姿は、愛らしいクルマユのようには及ぶわけがない。好きな人の前では少しでもかわいい姿でいたい。そんな乙女心をワタルさんはわかってくれていない!
実際、彼は私の行動を理解不能だと思っているようで、訝しげな声が聞こえてきた。

『今更、そこを恥ずかしがる仲か? それ以上の姿だって何度も見ているのに?』
「ワタルさん!」

言葉の裏に含まれた彼に言わんとしている意味を察して、悲鳴をあげた。それだって、あなたがパシオへ行ってから随分とご無沙汰じゃないですか! と言いかけたが寸でのところで飲み込む。こうやって私を慌てさせ、愉しむことを知っている。しかし、今回はその意図はなかったようで『いいからカメラを直してくれ』と言葉が続いてきた。なんだ、一人慌てた私が馬鹿みたいじゃないか。

『パシオに来てからずっときみに会えていないんだ。顔を見たい』
「それは私もですけど……」
『頼むよ。新年なんだ、きみをおれに見せてくれ』

そうやって甘い声を出すのはずるい。私はとてもそれに弱いのだから。
わずかな抵抗とわかりつつも手櫛で髪を梳かして、ルームウェアを整える。最低限の準備を終えて、ようやく私は端末を自身の顔の位置へ持ってきた。画面に映ったワタルさんと目が合う。はにかんだワタルさんは優しげに目を細めた。

『あけましておめでとう、チクマ』
「…………」
『チクマ?』

新年の挨拶さえ口から出ない。言葉を失う、というのはまさにこのことなのだろう。
画面越しとはいえ、恋人を久しぶりに目にした嬉しさはある。大好きな人を前にしているのだから、交したい言葉はたくさんあって、それに伴う喜びもいっぱい。しかしそれ以上に上回る衝撃が私には訪れていた。がつんと殴られ、鼓動が早くなる。心の中から暖かさがこみあげてきた。必死に声を絞り出す。

「わ、ワタルさん、その格好」

いつものマント姿なバトルスーツではない。彼は襟をきちんと正した、凜々しい装いとなっていた。ジョウト地方に伝わる、伝統的な衣装。普段よりも少し首元から肌が見えるそれに、くらりと目の前が揺れる。そ、そんなの反則です! と叫びたくなった。首の筋が彼の男性らしさを物語っていて、熱い息が口からもれる。高鳴る心臓が聞こえてしまうような気さえした。そんな私を置いて、彼は『ああ』と自身の身体へ視線を移す。

『せっかくだからこちらで誂えてね。ギャラドスの柄がいいだろう?』

袂を広げ、描かれたギャラドスの尾を私に見せた。紺碧のそれは普段の彼のイメージと異なっているものだが、とてもよく似合っている。精錬としたギャラドスは背にもいるらしく、それを背負う彼の誇りをまざまざと感じた。それも含めて、ワタルさんにぴったりのお衣装だ。テレビ電話だなんて、と思っていた私は先ほどまでの考えを放って、画面にかじりつく。スクリーンショットって、この画面でも保存できるのだろうか。何か言わないと。でも、言葉が出てこない。

「すごく格好いいです! あの、ほんと、素敵で」
『はは、ありがとう。チクマにそう言われるとさすがに照れるな』

しかし彼の表情はいつもの通りだ。照れの感情なんて、欠片も見えない。きっとこちらの反応は最初からお見通しだったのだろう。テレビ電話にしたのも、私のリアクションを見るためだったのかも、なんて邪推してしまう。彼好みの、甘さが混ぜた恋人らしい意地悪をされたのだ。まんまとワタルさんの手のひらの上で踊っていることに歯がゆさを感じるが、でもこうして素敵な姿を見られたのでどうでもいい。

「伝統服を着ているワタルさん、はじめて見ました」
『実家ではよくしているけどね。確かにきみの前では初めてか』
「さすが……」

身のこなしに異変もなくさすがだな、とは思ったけれど、ご実家で着慣れているなら納得だ。
年末年始、彼は毎年フスベの一族のお屋敷へ帰っている。大掃除も雪かきも面倒なんだよな、とごちながらも必ず毎年。今年こそ招待されたパシオで過ごすことになっているが、どんな状況でも必ず大晦日と元旦はフスベへ戻っている。そこで新年の挨拶のためにワタルさんが伝統服を着るのは――うん、不思議じゃない。むしろごく自然に思える。でも、そうか。毎年会えないこの時期に、彼は私が知らない特別な衣装を着ていたのか。

つまり、ワタルさんがパシオで過ごして自由な時間が多少あったから、こうしておこぼれをもらえたというわけになる。あの人工島へ行ってしまったせいで、デートはおろか電話さえもご無沙汰になったことに不満がないわけじゃなかったが……今は少し感謝している。自分自身ながら、なんとも現金な性格だろうとは思うけれど、実際舞い上がってしまっている事実は変えられない。

「でも、せっかくだから実際に見たかったなぁ……」

そして私はとても正直なのです。
つい、心の底に残り続けている願望を口に出すと、ワタルさんは『こちらで見つけた綺麗なカードと一緒に写真でも送るよ』と約束してくれた。ついでにパシオのお菓子も添えてくれるという。なんだか子供扱いされているような気がしなくもないが、写真をもらえるのは嬉しいので黙っておくことにした。ワタルさんはあまり写真に自分を残そうとしないから『ワタルさんの写真』という時点で、とてもレアなのだ。

しかし、そんな魅力的な提案をされてもまだ、私の表情は晴れていなかったのだろう。彼は軽く笑い声をこぼしてから優しく目を細め、なんだか内緒話をするように小さな声で囁いた。

『来年は一緒に過ごそうか』
「え?」
『来年の年明けは一緒に過ごそう。そうしたらおれのこの姿も、きみの目で実際に見られるよ。といっても、一族で揃えている衣装はもっとシンプルのものになるけれど。チクマのためなら、またこのギャラドス柄のものを着てもいいな』

その言葉の意味がすぐに理解できなかった。呆けた私へワタルさんは楽しそうに、言った。そこに垣間見る恋人同士の甘い意地悪に、胸がきゅうと鳴る。

『来年はおれの実家に来て欲しい、って言っているんだ。そろそろきみを紹介したいしね』
「え、ええ……!?」
『大丈夫、イブキはおれの味方だし――そうだ、せっかくだからイブキに着付けをしてもらおうか。チクマのものも用意するよ。似合うのを誂えよう』
「ちょ、ちょっとワタルさん!?」

どんどん話を先に進める彼に待ったをかける。しかし、それを聞き入れず終いには『来年といわず、夏にでも行こうか』とまで言い出した。形になっていく未来の計画を聞いて、頬が次第に熱を持っていく。寒さなんて、いつの間にか感じなくなっていた。私に宿った赤みに気づいたのだろう。ワタルさんは楽しそうに言った。

『チクマは嫌か?』
「……いやじゃ……ないです」

辛うじて絞り出した声を聞いて、ワタルさんは『だよな』と頷く。そして言わせたがりな彼はとっておき≠フ言葉を私に口にさせるよう、誘った。

『きみ、おれのこと大好きだからな』
「っ! そうですよ! 私はワタルさんのこと大好きです!」

新年早々なにをしているんだろう、私は。初日の出の中、ワタルさんへの愛を叫ぶ姿は、端から見ればおかしいに決まっている。しかし嘘は一欠片もそこにはない。だから叫べたのだけれど。負け惜しみとばかりに、彼に向き直る。

「私にぴったりのやつ、選んでください」
『もちろん。――もう来年の楽しみが増えたな。嬉しい』

ワタルさんは嬉しそうに目元を緩め、とっておき≠ネ言葉を告げた。

『愛しているよ、チクマ』



初日の出によせて
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