※ネタバレは無いと思いますが、気になる方はご注意ください。
※レジェウス主人公としてショウが登場します。

妹のショウに誘われ、私はコトブキムラの外へ出た。捕獲の才能がある妹とは違って、残念ながらラベン博士と同様にノーコン組に入る私はずっと放牧場でポケモンのお世話をしている。そのためコトブキムラの外へ出ることなんて、よっぽどのことがない限りない。始まりの浜≠ワでなら一人で行くこともあるけれど、せいぜいそこまで。だから表門からデンスケさんに見送られるのは不思議な感じがした。

ショウには目的地がちゃんとあるらしく、彼女はまっすぐに紅蓮の湿地へと向かっていく。警備隊の人たちに囲まれながら進む私の目に映る全てが新鮮でたまらなかった。ラベン博士の解説は丁寧でわかりやすく、相当な距離を歩いたはずなのに興奮からか疲労は全く感じない。

荒れ地ベースに着く頃には湿気と乾いた空気が混じる紅蓮の湿地の空気さえも楽しくて感じて、私はだいぶ満足してしまっていた。だから「ありがとうね、ショウ。楽しかったよ」なんてお礼を言ったら、妹は途端に頬を膨らませ「まだ帰らないから!」と怒られてしまった。そして、そのまま彼女はラベン博士の元へ。私を放って二人で何かを相談し始めてしまう始末。地図を見ながら、何をしているのだろう。返りのルートの確認、というのは今の反応からはさすがに考えられないか。
しばらくすると結論が出たのだろう。「行こう!」とショウは私の元へ駆け寄って、手を引いて歩き出した。のんきな博士が出す「いってらっしゃーい!」の声に見送られる。

「どこへ行くの?」
「毛槍の草原ってところ。すごく綺麗なんだよ」

ただ、向かうのに川を渡るとのこと。ヒスイ地方に流れる川は見た目よりずっと流れが速い。その川を横切るなんて私には到底無理だ。そもそも水泳の達人だって難しいのでは? しかしショウはそこもちゃんと織り込み済みらしい。自信満々に笛を取り出した。

「僅かな距離だし、イダイトウが運んでくれるから大丈夫だよ」

言葉の通り、イダイトウは私たちを運んでくれた。一度に二人も乗って大丈夫か心配したけれど、イダイトウは顔色も変えずにあっという間に向こう岸へ。なんとも簡単に川を渡ってしまった。ポケモンのちからってすごい。そしてまた歩く。時折襲ってくるポケモンをショウがいなし、怪我一つすることなく私たちは目的地である毛槍の草原≠ノ着いた。

「わあ……!」
「ね? 綺麗でしょう?」

そこは白い花が咲き乱れる小さな花畑。切り立つ岩肌に囲まれていることもあり、一種のオアシスのようにも思える。しゃがみこんで、揺れる花に顔を近づけるとほんのり甘い香りに気づいた。綿毛のようなふわふわとした花びらがくすぐったい。

「お姉ちゃん、好きだろうなってずっと思っていたの。マンテンボシになったから、シマボシ隊長がお姉ちゃんを連れてきてもいいよって言ってくれて」
「――ありがとう、ショウ。すごく嬉しい!」
「えへへ。よかったぁ……!」

頬を染め、照れるショウは「あたし、お姉ちゃんにプレゼントする花冠作る! 待っててね!」と奥の花が群生する方へと駆け出していった。恥ずかしくなるとああやって誤魔化しちゃうのは小さい頃から変わらない。妹の背を見送って、私は改めて座り直し、優しい色合いの花畑を眺める。

――なんだか久しぶりにこんなゆっくりしたかもしれない。この世界に来てから目まぐるしくて、大変で、息をつく暇も無かったから。
思い返せばたくさんのいろんなことがあった。楽しかったことも、辛かったことも。仰いだ空は切なくなるぐらいに綺麗で、テンガン山の山頂に暗雲はもう見えない。他でもない、ショウが晴らしてしまったのだ。だから、なんとなく私たちはもう元の世界には戻れないことに気づいている。それがいいことなのか、悪いことなのかはまだわからない。ただショウが心からこの世界を楽しんでいるようだから、それだけが救いなのかも。いつか「よかった」と思える日が来ればいい。あの子にも、私にも。

物思いにふけっているとツンと足元に何かが当たる。チュリネが近づいてきたのかもしれない。ここにいるチュリネは人懐っこいとショウも言っていたし。そちらへ目を向けると、そこにいたのはチュリネではなくリーフィアだった。え、と声がつい声がもれる。野生のリーフィアなんて、いないはずなのに。

「ああ、こりゃ驚いたな」

男の人の声が聞こえる。私も知っている人の声だ。

「トゲチックが地に降りてきたのかと思ったぜ」

彼――セキさんは目を細めながらそう言うと、私の隣へどかりと腰を下ろした。するとリーフィアが彼の膝へと飛び乗って、くありと欠伸を一つ。そのまま身体を丸めて目を瞑り、眠ってしまった。流れるような一連の動作はごく自然。彼らとってそれらが当たり前のことであるとうかがえた。セキさんも至って普通の顔をして、リーフィアを優しく撫でている。

「ショウに連れてこられたのか?」
「はい。私にこの花畑を見せたかったらしくて」
「ああ、なるほどな。確かにチクマにこの花はよく似合うからよ」

オレもそう思うぜ、とセキさんは言った。それがあまりにもさりげないものだから、一瞬呆けてしまう。そんな私を見て彼はさらに笑みを深める。

「あんたは気づいていないだろうけどな。オレはずっと前から、こうしたかったんだぜ」
「どういう……?」
「こうしてゆっくり、チクマと話をしてみたいとずっと思っていた。二人きりで、とはちと言い難いのが残念だ」

それは花冠を作るショウのことを指しているに違いない。でもあの子は遠くにいて、そもそもセキさんがやってきたことにさえ気づいていないのではなさそうだ。かといって「呼んできましょうか」なんて尋ねられる雰囲気でもない。……なんだか先ほどまでの爽やかな空気は一変しているような。花の香りの甘さが一層満ちている気さえしてくる。
セキさんはじっと私を見つめ、さらに言葉を続けた。

「コトブキムラでポケモンの世話をしているだろう? 大型のポケモンだろうがなんだろが、怯えることがないと聞いてから、たいしたヤツだなと思っていたんだ」
「あ、ありがとうございます?」
「応。それからムラへ行く度に、放牧場へ行っていたんだぜ。チクマを見にな。そうしたらいつの間にか――あんたに興味がわいたんだ」

そんなのまったく気づかなかった。放牧場はショウが捕まえてきたポケモンでいっぱいで、みんなのお世話をするのに必死だったから。けれど彼が嘘をつく理由もない。しかも、この前ゴースに驚かされたせいで盛大に転び、きのみの籠をひっくり返したこともセキさんは知っていた。

「な、なんていうタイミングを見ているんですかぁ!」
「ははは! あんときは驚いたぜ! 思わず柵を乗り越えようと、身体が動いたほどだ。すぐにハピナスが近づいていったから寸でのところで我慢できたけどな」

恥ずかしくて今にも顔から火が出そう。よりによって、ここ最近で一番のドジを踏んだところを見られるなんて。もうちょっとちゃんとしたところだって、たくさんあるのに! あるはずだよね……?
羞恥で震えている私の横でセキさんは喉の奥で低く笑う。そしてすっと私へ手を伸ばした。無骨な指が髪先にふれたかと思うと、やわく弄んでいく。その優しい手つきに思わず息をのんだ。なんだかいつものセキさんらしくなくて戸惑ってしまう。コンゴウ団の長として、先陣を切るリーダーという感じじゃない。
いつのまにか私たちの距離はぐっと近くなっていて、心臓が震えだす。なのにセキさんは静かな声を響かせた。

「それだけじゃねぇさ。しゃんと伸びた背筋、ポケモンを見つめる優しい眼差し、凛とした声、任された仕事はちゃんとやり遂げる姿勢。全部見ていたんだぜ、オレは。誰よりも。――でもチクマは笑顔が一等いい。どんな表情よりもな」

その中でも特段のものはショウにしか向けられないのは残念だが、と彼は悔しそうに首を振る。しかし、私はそれどころではない。今の言葉たちを理解するのに必死だったからだ。なにしろあれらは全て私に向けられていたもので。彼の雰囲気と相まって、まるで――

「わかっているよな? オレはチクマを口説いているんだぜ」
「ひぇっ」
「まどろっこしいのは性分じゃねぇからな。言わせてもらった!」

破顔するセキさんを見ていられなくて、思わず顔を背けてしまう。そんな私に「頬が赤いな。オレの言葉が効いたのか?」と熱の籠もった声が届く。次第に私の髪をいじっていたセキさんの手が場所を移す。甲側で頬にふれると、優しく、しかし強い力で背けていた私の顔を正面へと向けさせた。セキさんの茶色を帯びた瞳が私を射貫く。

「チクマ」

まっすぐに見つめられ、呼ばれる。ただの名前のはずなのに、違った意味のあるようなものに聞こえてしまうようだった。こういうときってどうしたらいいんだろう。恋愛の仕方なんてすっかり忘れてしまっていた。

「オレはチクマといられる時間を一秒でも多く作りたい。一瞬でも逃したくねぇんだ」
「せ、セキさん」
「――おっと、あまり可愛い顔をしないでくれよ。あんたに惚れている男には毒だぜ、それは」

直球な言葉を投げられて、いよいよ私はどうにかなってしまいそうだった。とっくに頭は茹だっていて、心臓の音はうるさい。なんと言っていいかわからない。まともな単語さえ、口の中で絡みもつれ、うまく組み合わせられない。
甘い声が耳の奥へ吹き込まれるたびに、彼の掌の上で転がされているような気さえしてきた。実際、されているのだろう。主導権はずっとセキさんのものだ。

「本当ならすぐにでも答えをもらいたいところだが、たまにはこうしてじっくり腰を据えるのも悪くない。――こんなことを思うほど、惚れてんだぜ。オレは、チクマに」

視線も、声も、ふれている手も、火傷をしそうなほどに熱を帯びている。通り抜けた風で舞い上がる白い花びらが私たちを包む。花弁が群青の衣を纏う彼を際立たせた。あまりの美しい光景に目が離せなくなる。見惚れる私に向けて、セキさんはゆるく口元を緩め、近づき――

「お姉ちゃんになにしてるんですかーっ!?」

ショウの声が割って入ってきたことに驚いて、身体が跳ねた。振り向けば片手に花冠を持ちながらも、すごい形相を浮かべたショウがこちらへ走ってくる。あっけにとられる私の一方でセキさんはいつも通りの飄々とした表情のまま「応、ショウ」と片手をあげた。しかしそれに返事をすることなく、ショウはまっすぐ私の元に。

「お姉ちゃん、大丈夫!?」
「なんだよ、それ。まるでオレが何かをするような口ぶりじゃねぇか」
「そう思ったから言っているんです!」
「おいおい。惚れた女を口説くぐらい、構いやしないだろ?」
「ほれ……! くど……!」

セキさんの言葉にまた私の頬は熱を帯びる。ショウは私の様子に気づき、事実であると気づいたのだろう。わなわなと身体を震わせ、地を這うような声を絞り出した。そしてモンスターボールを手に取った。

「セキさん、勝負しましょう。お姉ちゃんを口説くなら、あたしを倒してからです!」
「つまりショウに勝てば大手を振ってチクマを口説けるって、ことだな? 応っ! その勝負のった!」
「そう簡単に勝てると思わないでください!」

途端に二人はポケモンバトルの体勢へ。あれよあれよの展開に私はぽつんと置いて行かれてしまう。というか、セキさんのリーフィアに対して一番練度が高いバクフーンをぶつけるのは大人げないと思うの、妹よ。

「……どうしようね。これ」

騒がしさに惹かれて近づいてきたチュリネへ思わず尋ねてしまうが、案の定チュリネはきょとんと瞳を向けるだけだった。……本当、どうしよう。もう私はセキさんを異性≠ニして意識せざるを得なくなってしまった。バトルを繰り広げる二人の横で、私はこっそりと頭を抱えるのだった。



「待った」なし!
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