「よいしょっと」
かまどの煤掃除を終えた私は、マスク代わりに口元を覆っていた布を取る。ぐっと背を伸ばせば、ぽきりと音が響いた。大掃除並の重労働を毎月こなすことにもそろそろ慣れてきてしまったな、なんて。なんとなく物悲しい気持ちがわきあがるのは否めないが、それはそれ。綺麗になったこと自体は気持ちいいし達成感もある。煤の汚れがついた手ぬぐいを早く片付けて、ついでに顔と手も洗ってしまおう。
さっぱりしたところで今日の本題、もとい試作品作りに取りかかるべく、妹のショウに借りたモンスターボールからポケモンを喚び出した。そのポケモンは周囲をきょろきょろと見渡したあと、私を見つけ、顔を上げる。目線の高さを合わせるべくしゃがみこんで、微笑みかけた。
「よろしくね、ユキワラシ」
ヒスイの夏は比較的涼しいほうだと私は思う。さすがに日差しが強くなり汗をぬぐう機会も多くはなるけれど、体力が根こそぎ奪われるほどでもない。「どうにかなってしまいそう」と目を回すなんてことはなかった。だからこそ時折訪れる気温の高い日には、必要以上に暑く感じてしまう。それはショウも同じようで、ここ最近は食事の量も減っているようだった。夏バテというほどでは無さそう。でも姉としては、ついつい心配してしまう。
なにか冷たいものでも用意できたらいいのだけれど、ヒスイの土地で氷は貴重だ。シンジュ団が凍土から運んでくることもあるが、道中で溶けてしまうことも加味すればそこまで量は持ってこられないようだった。ポケモンたちの力を借りたとしても、溶けるものは溶けてしまう。あとは単純に重たいそれらを運ぶのは大変。なにより氷自体も食料の保存のために使用するもので、嗜好品として使うことはあまりないようだった。
うちにはショウがゲットしたロトムが入りこんでいる冷蔵庫があるけれど、ロトムが疲れてしまうから常に電源オンにして冷やすことは難しい。どうしたらいいか、と悩んでいる矢先に、私の目に止まったのがかまどだった。「ああ、掃除しなくちゃ」とぼんやり浮かんで、ふと気づく。
――これ、使えるのでは?
ショウからユキワラシのボールを借り、訓練場に向かう彼女を見送ったのが今朝のこと。そしてかまどを掃除したのが今のこと。改めて綺麗になったそこに向き直る。よし、やってみよう!
オレンのみを籠から数個取り出して、皮を剥いていく。野生のオレンのみは私たちの時代のものとは違って、皮も固ければ、とてもすっぱい。生ではちょっと食べられないほどだ。……こんなところでも時代を感じることになるなんて。本当に私たちは違う世界に来てしまったのだな、と改めてしんみりしてしまう。そんな気持ちを追い出そうと、黙々とオレンのみの皮を剥き続けた。剥いた実を、今度は絞って果汁のみにしてく。多少果肉が入ってもご愛敬にしよう。本当は濾して綺麗にするべきなのだけれど。
どんどんお釜はオレンのみの果汁で満たされている。準備が整ったタイミングで、ユキワラシに声を掛け、本来は薪をくべるかまどの場所に入ってもらう。すっぽりと収まった姿がかわいくて、つい笑みがこぼれた。
「ユキワラシ、こなゆき≠お願いしていい?」
次第に冷気が漂ってくる。ひんやりとしたそれを感じながら、私はお釜の中の果汁をかき混ぜる。時折、強弱の指示を出すこと数分間。果汁はもったりとした重さを伴って凍っていった。そろそかな、と匙で一掬いして味見。
「すっぱい! けど、これは成功!」
オレンの果汁で作った、シャーベットの完成だ。
お店のようになめらかな舌触りにはならないけれど、手作りならではの味わいということで許される範囲でもあった。小皿にわけ、きらきらミツを二回りほどかける。もう一度、味見。うん、今度はちょうどいいかも。頑張ってくれたユキワラシにもお裾分け。喜んでくれたみたいで、にこにこと笑顔を見せてくれた。
本当はガラスの器があればよかったんだけれど、あいにくとそんなおしゃれなものはここには無い。仕方なくお椀で賄うことにした。ミツをかけたオレンシャーベットが三つ、完成。ついでに先ほどのお皿に多めのシャーベットも用意する。
「ちょっと出てくるね」
かまどから出てきたユキワラシにお礼のシャーベットを渡して、私は長屋から出た。
訓練場に向かうと、ちょうどバトルを終えたのか、ショウたちがポケモンをボールに戻しているところだった。私の姿を見つけたショウはきょとんとしたながらもすぐさまこちらに駆けてくる。トレーに乗せた三つのお椀にも目を向けて、首を傾げた。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「差し入れ。オレンのみでシャーベットを作ってみたんだ」
「シャーベット!」
きらりと瞳が輝く。「どうやって作ったの?」「お姉ちゃんすごい!」と嬉しそうに頬を染める妹の表情が心に沁みる。頑張ってよかった。
ショウの後をついていくとシンジュ団のノボリさんがそこにはいて、私に気づき、頭を下げてくる。
「ノボリさん、休憩にしましょうってお姉ちゃんが」
「それはそれは。確かにチクマさまが仰るとおり、適度な休息も安全運行には必須かと」
「シャーベットを作ってきたんです。お口にあえば、ぜひ」
飾り気のない、木の器を匙と共に渡す。彼が受け取ったことを確認して、ショウにも渡した。最後の一人にも渡そうとするが、その姿は見当たらない。
「……あれ? ペリーラさんは?」
「今日はこっちに来ていないみたいだよ」
「え、そうなの。ペリーラさんの分も持ってきたのにな……」
「ならお姉ちゃんもこっちで一緒に食べよう? いいでしょう?」
じゃあ、お言葉に甘えてそうしようかな。シャーベットを食べた二人の反応も気になるし。ノボリさんに問題無いか確認しようとして――目に入った彼の姿に、思わず息をのんだ。ノボリさんは器を両手で抱え、じっとシャーベットを見つめていたからだ。その横顔がまるで遠くにいる人のように感じてしまい、つい、名前を呼んでしまう。
「ノボリさん?」
「……ああ、申し訳ありません、チクマさま。ぜひ、ご一緒できればと。わたくしは構いませんので」
そう言ってノボリさんは私を訓練場の裏手へと案内した。縁側があるそこなら腰掛けることができるとのこと。日陰になっているから、日差しの強い今日でも比較的涼しいはずだとも彼は付け加えた。
確かにそこは風も通っていて涼しかった。三人で腰掛け、少し溶けてしまったシャーベットを食べる。
「おいしい!」
すぐさま声をあげたショウにノボリさんも「ええ、とても」と頷いた。
「本当ですか?」
「はい。爽やかな味わいで、すっきりとした心地になりました」
ノボリさんはそう言ってまた一口、シャーベットを食べる。――ちょっと安心した。先ほど見たような遠い°気は、今のノボリさんからは感じられない。
ぱくぱくと食べるショウとは異なり、彼はじっくりとシャーベットを口に運んでいる。つられて私も食べるスピードがゆっくりになっていく。
半分ほど食べたところで、ノボリさんの手が止まった。
「それに、とても懐かしく感じます」
ぽつりと呟かれた一言に「懐かしい、ですか?」と訊き返す。
「ええ。こういった甘いものを以前もどこかで食べたような気がして」
「手作りシャーベットならご家庭でも作れますしね」
「いえ、そうではなく。この度、チクマさまがお作りいただいたものより、もう少し乳成分のある、そういったものをよく誰かと食べたような……」
乳成分のあるシャーベットというと、つまりアイスクリームのことだろうか。ノボリさんはシャーベットを見て、そのアイスクリームのことを思い出したのかもしれない。正しくは、アイスを一緒に食べた「誰か」のことを。アイスといえば、有名なのはイッシュ地方のヒウンアイスだけれど……。まさかピンポイントでそれを食べていたわけはないか。
でも、もし。もしもアイスクリームひとつで彼の記憶の助けになるのなら。
「ムベさんと相談してみて、アイスクリームにも挑戦してみますね。私は難しくても、ムベさんならできるかもしれませんし」
「いえ、そんな。チクマさまやムベさまのお手間をかけるわけには」
「実を言うと私も食べたいんです。アイスクリーム。シャーベットとはまた違いますしね」
「あたしも!」
元気よく手を挙げたショウの器はすでに空っぽだ。ショウの分はそこそこ量をいれてきたはずなのに、もう食べきってしまったらしい。そのことにノボリさんも気づいたようで、ふっと目を細めた。わずかならが垣間見える優しい表情は私にも向けられる。
「では、お言葉に甘えまして」
チクマさまのアイスクリームを楽しみにしております、の言葉と共に彼はくたびれた帽子のツバを下げた。
タイプ:ドリーム様企画「タイドリ夢お題」より納涼