もしかして、と過った不安な予感は、どうやら的中したらしい。

ここしばらくセキさんとショウが一緒にいる光景をよく見る。
今日なんてクラフト屋さんの前にあるクラフト台で額を突き合わせ、朝から揃って肩を並べていた。トンカントンカン、と彼らが何かを作る音がやけに耳に届いて、心はざわめくばかり。
さも「玄関前の掃除をしますよ」と言った顔をして掃き掃除をし、それとなくスグルさんとドクケイルに近づく。視線は二人の背中から離れない。話を彼に振れば「今日は朝から一日中、ああいうことをしているよ」なんて一言が返ってくる始末。

ショウがセキさんに何かを言っている。それを受けた彼は困った表情を浮かべつつもどこか楽し気で。時折、ショウは手のひらを広げ、セキさんがじっとそれを見つめる――そんな不可思議な光景さえ、不安がどんどん形になっていくその証拠として私の目には映った。

ああ、やっぱり、もしかして。
セキさんとショウってそういった♀ヨ係なのかもしれない。



「はあ……」

警備隊の詰め所。今日の仕事を割り振ってもらうためにやってきたそこで、本日何度目かわからない重いため息がもれる。そんな私を見て、ペリーラさんは苦笑を浮かべつつ「しゃんとしな!」と背中を叩いてきた。その勢いによって転びそうになるが、なんとか堪える。背中の痛みを含めて、じとりとした視線を思わず彼女に向けるが、あまり効果は無さそうだ。

「失恋したからって落ち込む暇はないんだよ。わたしら警備隊の仕事には」
「そ、そうかもしれませんけどぉ……! というか、なんで失恋したって知っているんですか!?」
「顔に書いてあるよ」

そ、そんなにわかりやすかったのだろうか、私。
思わず頬をさわると、ペリーラさんは再び音を立てるほどの強い力で背を叩く。

「失恋したっていうなら、とっとと次の恋を見つけな!」

そんな簡単に次の恋を見つけられたら苦労しないですって!
失恋してから気づいた。自分でも驚くほどセキさんのことが好きだったことに。そりゃあコンゴウ団の長である彼と恋が叶うことなんて、ほとんどないとはわかっていた。それでも私なりに距離を縮めようと頑張っていたのだ。

セキさんがポケモンを鍛え出したと聞いたから、私だって訓練場に通う回数を増やして彼と勝負をしたり(すぐに歯が立たなくなってしまったけど)、「セキさんは博識だから私も」と考え、ラベン博士のところに話を聞きに行ったり(そのあとやってきたショウとテルの知識量の多さに倒れかけたけど)……あれ? なんかあまり実を結んでいないような。でも、ラベン博士が話す他の地方の話は面白かった。場所が違えば文化も違う。当たり前のことだけど、すごく興味深かったのだ。

……話が逸れた。
とにもかくにも、自分なりにこれからも頑張っていこうと思っていた矢先の失恋。結構心にくるものがある。でも同時に仕方ないか、という気持ちが少なからずある。だって相手がショウなんだもの。同性なこともあって、私を慕ってくれていたショウ。私だってあの子が好きだ。けれどいまや彼女はヒスイの英雄。あっという間に『特別』な人間に成ってしまった。元から『特別』なセキさんと並べば、誰だって「二人はお似合い」と思うだろう。

そういえば、と思い出す。セキさんと話すとき、必ず間にショウがいた。セキさんと二人きりになると、私はついつい照れてしまってうまく話せないでいたからショウの存在に感謝していたけれど、セキさんとしては私の存在はお邪魔だったかもしれない。舞い上がっていたからといって、そんなことにも気づけないなんて。全然セキさんのこと、わかっていなかった。なのに彼のことが好きだなんて、よく言えたもんだ。
再びでかけた重いため息。けれどペリーラさんに聞かれる前に、他の声が被さってくる。

「チクマさん、失恋したんですか!?」

まさに今、頭に浮かんでいた相手。ショウである。
彼女はなにか袋のようなものを腕に抱え、あわあわと混乱しているようだった。

「め、メール! 電話! ああ、どうしてここにはないんですか! ……あっ!」

慌てふためいていた様子はどこへやら。彼女はハッと何かを閃いたようで、ぐっと身を乗り出し、一歩また一歩と近付いてくる。思わず後退りかけるが、その分彼女は距離を大きく縮めた。勢いにのまれ、足が止まる。ショウのほうが私より背が低いはずなに、圧の強さに負けてしまった。

「チクマさん!」
「は、はい!」

急に名前を呼ばれ、思わず背筋がのびる。どきどきと鼓動が早くなる。
ショウは手に持っていた袋を突き出し、言った。

「これをコンゴウ団に持って行ってくれませんか!?」
「え、ええ!?」

それはコンゴウ団に届ける予定のコダックたちの頭痛薬。医療隊のキネさんにから頼まれ、これからコンゴウ団に向かう直前、たったいま私の姿を見て、急用を思い出したらしい。。

「なので、チクマさんに頼みたいんです!」
「ど、どうして……? テルは?」
「彼も急用です! えっと……二人で凍土のほうに行かなくちゃいけなくて! もう今すぐに! ラベン博士も一緒に、駆け足で!」
「そ、そうなの?」
「そうなんです! なので代わりに頼みたいんです! 警備隊のチクマさんならポケモンも連れているし、紅蓮の湿地にも行き慣れていますよね? なによりコンゴウ団への道もばっちりですよね!?」
「は、はい。大丈夫です……」
「ならよかった! ペリーラさん、チクマさんに依頼してもいいですか!?」

急に話を振られたペリーラさんもショウの勢いに気圧されたのか「あ、ああ、構わないよ」と頷いている。

「よかったです! 押し付けるような形になってしまい、ごめんなさい! よろしくお願いしますね、チクマさん!」

私が薬袋を受け取ったのを確認したショウは、嵐のような勢いで表門へ駆けていく。
残されたのは私とペリーラさん。そして薬袋だけ。薄い布に入ったそれは、心許なさげに私の手の中にある。

「……とりあえず、行ってきます」
「……気をつけていっておいで」



なにもこれといった問題もなく、無事にコンゴウ団に着いてしまった。
ここでポケモンに襲われたとか、いまだに出没する盗賊たちに狙われた……とかなら、コトブキムラに戻る理由ができたのに。大きな障害は一切起きず、私は無事にコンゴウ団についてしまった。

セキさんに会うのはきまずいな。
心に宿っている想いは嘘ではなくて。でも、無意識に彼の姿を探してしまっている自分もいる。あんなに落ち込んだというのに、まだ私の恋心はセキさんを諦めきれていないらしい。会いたいけれど、会いたくない。矛盾し気持ちを宿したまま、遊ぶ子供たちに声をかけようと一歩を踏み出す。コンゴウ団の誰かにこの薬袋を渡せばお使いは完了なのだ。さっさと帰ろう。

「チクマ?」

……なんて、うまくいかないのが人生で。
聞こえてきた声にギクリと身体が飛ぶ。こちらに向かってくるのは、何を隠そうセキさんご本人だ。小走りで駆けてくる彼はクスリソウの入った小脇に抱えている。ちょうどいま、帰ってきたのかもしれない。

「あ、あの。セ、セキさん」

久しぶりに二人きりで話すものだから、諦めきれない恋心が私の中で優勢になっていく。ドキドキと身体のうちから響き、緊張で口が回らない。
一仕事終えてきたセキさんの額には、わずかに汗がにじんでいた。なんだかそれが妙に色っぽく感じてしまって、またドキリと胸が鳴る。
セキさんは私が持つ薬袋を見て合点がいったのだろう。「わざわざ悪いな」とはにかんだ。

「茶でも淹れる。休んでいってくれ」
「え」
「大丈夫だって。少し休んでいったところで、デンボクの旦那も怒りはしないだろうぜ」

セキさんは私の返事を待っている。それにつられ、頷きかける。けれど寸前で思い出した。
彼にはもう、特別な人がいることに。

「せっかくですけど、今日はやめておきます」

私の言葉にセキさんは目を丸くして驚いている。「なにか急用か?」とまで心配してくれた。
その気遣いが逆に刺さる。

「そういうわけではないですけど……」
「なら休んでいけって。ここからコトブキムラは距離があるのはチクマもわかっているだろ?」

セキさんの心配ももっともだ。コトブキムラからコンゴウ団は決して近いとは言えない距離である。行きのように、帰りは何も起きないという保証はない。ただ行きは幸運なだけだったのだ。いくらポケモンがいるとはいえ、私自身も身体を休め、体力も気力も回復しておいたほうがいいに決まっている。
――けれども私の心には拭えない躊躇いがあった。

「ショウに申し訳ないですし……」

思わずその名前を口にしまっていた。

「ショウ? なんでまたショウが?」

セキさん、ひどい。失恋したことを突きつけてくるなんて。よりによって私に言わせるんだ。
恋心がずきずきと痛む。息ができないほどに、苦しくなる。
でも言わないと。ここで伝えないと、私はこの恋を終わりにできない。

「セキさんとショウは、恋人なんですよね?」

ひとつ言ってしまえば、あとは流れるようだった。

「クラフト屋さんで二人が仲よさそうにしているの、何度も見ました。二人はすごくお似合いだし、セキさんはよくショウと、い、いつも、いっしょに、いて……」

あ、だめだ。涙、でてきた。止めなきゃ。これ以上、セキさんにみっともないところは見せられない。
けれど私の意志に反して、涙はぽろぽろと出るばかり。拭っても拭っても、溢れ出てくる。次第に、しゃくりあげるほどにまでなってしまった私の様子に気づいたのか、遊んでいた子供たちが「どうしたの?」と近寄ってきた。

「お姉ちゃん泣いているの?」
「大丈夫? どうしたの?」

心配されているのがまたどうにも情けなくて。
泣き声で震えながらも「だいじょうぶ」と繰り返す。けれども涙は止まらない。

「悪いな。これ、頼むぜ」

そんな声が聞こえてきたかと思うと、ぱさりと頭に何かが被さった。
え、と顔をあげれば、視界に入るのは濃紺。
私を隠すように、セキさんが上着をかけてくれている。それに気づいたのは、彼に手を引かれ、歩みだしたときだった。

「あと、オレの天幕には誰も入るなって伝えておいてくれや」

子供たちの元気な返事が聞こえる。
セキさんは持っていた荷物を子供たちに託したようで、空いた両手で泣き続ける私の肩を、引いた手の勢いのまま抱いた。抵抗を試みるがびくともしない。有無を言わない力を持った彼に、私は連れられていく。

セキさんの天幕は広かった。彼は私を座らせたあと、彼は手ぬぐいを差しだしてくる。それを私が受け取ったのを確認し「茶を淹れるから待っていてくれ」と一言だけ言って、お湯を沸かし始めた。
その姿を呆然と見つめていると、ふいに身体に温かなものがふれる。

「リーフィア……」

草色の尻尾をゆらし、リーフィアは私の膝に乗ったかと思うと、ぺろりと頬を舐めた。……慰めてくれているのだろうか? それとも肩にかけたままのセキさんの衣が気になった? 真実はわからないけれど、今はぬくもりがひどく心地いい。リーフィアが動くたびにふわりと優しい草の香りが届く。その香りに心が緩む。気づけば涙は止まっていた。

「いいとこ、取られちまったな」

湯呑からは熱い湯気が漂っている。気をつけろよ、との声と共に湯呑を受け取った。促されるように一口飲めば、苦みのあるお茶が身体の奥に落ちていく。じわじわと温かさが広がった。

「すみません、迷惑かけて……」
「いや、オレのほうこそ悪かった。泣かせるつもりはなかったんだが……」

私の隣に座ったセキさんは湯呑に口をつけることもなく、言葉を続けた。

「ショウとはそういうのじゃねぇんだ」

バツの悪そうな声。セキさんは額に手を当て、瞳を彷徨わせている。そして言葉にならない呻き声をもらしたかと思うと、意を決したように言った。

「相談に乗ってもらっていた」

なんの相談を? と尋ねる前に答えが返ってくる。

「おめぇを口説くにはどうしたらいいか、って相談だ」
「…………え?」
「チクマが、オレに惚れるにはどうしたらいいかって話を――」

していたんだよ、の呟きは掠れて聞こえにくかった。
気づけばセキさんは頬から耳まで真っ赤にしていた。あのセキさんが照れている。途端にドキドキと空の奥が騒ぎだす。え、え? と混乱をするのに、胸の高鳴りは期待を押さえられない。
その意味を知りたい。声を、言葉をもっと聞きたい。少しの欲が、どんどんと広がっていく。

「ショウと二人で、よくいたのは?」
「おめぇに懐いているだろ。ショウを間に挟めば、自然とチクマと話ができるって考えたんだよ」
「クラフト屋さんで二人でいたのは?」
「あの学者さんの話で聞いたんだろ? 『好きな相手に指輪を贈る』ってのが、他の地方にはあるらしいじゃねぇか。チクマがそれを興味深そうに聞いていたってショウに言われて……」

セキさんは「あー! もう!」と自棄になりながらも教えてくれた。
指輪の話を聞いて、ならそれを贈ろうと思いついたところで、私の指の大きさも好みの装飾わからない。なら同じ女で、私と仲が良く、自分の想いを知っているショウを巻き込むのは当たり前のこと。
けれど指輪は、作るたびにショウにダメ出しをされ、まだ完成には至っていないという。

「ったく、計画が狂っちまった。本当はちゃんと指輪を用意して、おめぇを口説くつもりだったんだぜ。ヒスイいちの色男がこの体たらくたぁ、情けない」

悔し気に奥歯を噛みしめるセキさんとは裏腹に、私は頭からつま先までゆであがるようだった。だって充分口説かれているのだから。こんな口説き文句を聞かされたら、どうにかなってしまいそう。私の場合には、とっくに惚れているわけだから余計に。

確かにラベン博士の話に食いついた覚えがある。だって素敵だなと思ったから。でもまさかそれがショウからセキさんに伝わっているなんて。それよりもなによりも。
セキさんが私のことを好きだなんて。私たちの気持ちはずっと前から同じだった。ちょっとすれ違っていただけで、同じ想いを抱いていた。
握りしめていた湯呑を置く。その音はやけに響いたような気がした。

恋心が、痛いほどに震えている。

「私は」

肩から落ちかけそうになる衣に気を配りながら、セキさんと距離を詰める。彼の切れ長の瞳が揺れたのを間近で感じた。

「指輪が無くても、口説いて、ほしい……です」

次に勇気を出すのは私の番。
息を大きく吸って、心の内をはきだした。

「そもそも、もうとっくにセキさんに惚れていますので。口説く必要もありません」

セキさんの目が見開かれる。はくりとくちびるが動いた。誰がどう見ても、驚いているとわかる表情だ。
先ほどの言葉は嘘ではないと示すため、また少し彼と距離を近づけた。これが私の精一杯。でも絶対に伝わるはずと信じている。

「……チクマ」
「はい」
「これからの時間、このセキと共に過ごしてくれるか?」
「もちろんです」

瞬間、ふっと空気が緩んだ気がした。
セキさんの纏う空気が変わったのだ。同時に直感する。私たちの関係もまた変わったのだと。変えることができたから、私たちの間にあった線引きも消えたのだと。

そっと腰に回る腕に気を取られていると、ちゅ、とこめかみにセキさんのくちびるがふれていた。慌てて顔をあげれば、色気に濡れた瞳が私を見つめている。初めて見る甘い表情の奥には、燻る欲の焔が垣間見えた。息が止まりそうになる。しかし、それを許さないのがセキさんだ。

「しくじったな」
「なにをですか?」
「誰かに見られてもかまわねぇから、コトブキムラで口説くべきだったぜ」
「ど、どうして?」
「簡単なことだ」

せっかく口説いた女を帰したくない。それだけのこと。



その恋、超加速にて
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