この恋は長くは続かない。そう決まっている。
一応、タイムリミットまではあと半年あるけれど……その前に終わる可能性だって充分にあるから。もしかしたら明日、フラれてしまうかも。
とにかく私はいつこの関係が終わるとしても覚悟ができている。だってたった一日でも一時間でも一秒でも。この人の——ワタルの隣にいる権利をもらえるのなら。それでいい。それだけで嬉しい。



「好き! つきあって!」
「うん。ありがとう」

何度目かわからない告白。それにさらりと答えるワタル。こっちは毎度緊張して言っているというのに、向こうときたら。いつもこうだ。そこに同じ気持ちが乗っていないことは、誰よりも私がわかっている。現に彼は私の頭を軽く撫でて、屋敷の中に入っていく。縁側で項垂れる私を放って。頭を撫でていくなんて。好きです、と告白して、それをふった男がする行動ではない。
まあ、一番ダメなのは、その男にこんなにも惚れている私なのだけれど。

「飽きないわね、あなたも」
「イブキに言われたくない」
「ちょっと、それどういう意味よ」

イブキだって何度もワタルに挑戦しては負けているじゃない。
諦めきれないのだ。私も、イブキも。目的と手段は違っていても、ワタルという相手に対峙しているというのは同じ。なんとなく連帯意識を持ってしまう。
彼女は私を小突くのをやめ、代わりに表情を大きくゆがめた。

「一緒にしないで」
「うっ、イブキまで冷たい。少しは優しくしてくれたっていいじゃん! 通算13回目の告白と失恋だよ!?」
「正しくは14回だ」

いつの間に戻ってきたのか。
ワタルは軽く息を吐いて、私の隣にしゃがみこむ。やれやれ、と言わんばかりに向けられる視線から恋愛の色は感じない。
最初に告白したとき、彼は言った。「きみのことは妹にしか見えないよ」と。そしてフラれた。
正直、その気配があったことは否めない。ワタルにとって、私は妹にしか見えていないことをなんとなく察していた。
……でも逆を言えば。『妹』から脱却すれば、チャンスがあるのでは!? 前向きなのは私の長所だ。そこから私はマナーだって学び、おしゃれを磨き、メイクを変えた。我ながら結構成長できたと思う。その点はフラれたことに感謝。

けれどもワタルからの返事はいまだにノー。そういうところが妹にしか見えないんじゃない? とイブキは言ってくるけれど、少しは進展していると信じたい。たとえ14回連続失敗続きだとしても。

「なにを呼び出されていたの?」

イブキの何気ない問いにワタルはあっさりと答えた。

「見合いの話さ」
「お、お見合い!?」
「またなの?」
「ま、また!?」

なにそれ聞いていないんですけど! 初耳!
いまの口ぶりだとお見合いの話は今回が初めてではないらしい。そんなの全然知らなかった。でも同時にしっくりもくる。
なにしろワタルの立場を考えれば、そういうことがあってもおかしくはないのだ。むしろ今までよく独り身でいられたと思う。婚約者の一人や二人や三人ぐらい……やめよう、なんか心が痛くなってきた。
だって私はその中にも入れやしないんだから。
ワタルは苦笑しながら「なかなか断ってもな」と肩を竦めた。

――この人は一人でも生きていかれる人なのだろう。常々、そう思う。精神的にも肉体的にもとても強い人だから。支え合うパートナーはポケモンだけでいい。そんなことを思っているに違いない。
私の告白だってずっと断っているのもそういう理由だろう。彼に気持ちが無いのは大前提として。

でもだからこそ。私はこの人のそばにいたいと思うのだ。

「最近、頻度も高いわね」
「だからフスベによくいるんだ」
「おれにはまだ早いと言っているんだけどな」

浅く息を吐くワタルの横顔は少し疲れているように見えた。
やりたいことがたくさんある、と前に言っていた。だから自分の持てる時間をそちらに費やしたいのだろう、彼は。
それに大変そうだ。お見合いって。最近じゃなかなか聞かない言葉だし。立場的にも無下にするわけにいかなくて困っているのかもしれない。でもワタルとそういう場≠持てるのなら私もお見合い写真送ってみようかな、なんて。

「……あのさ、やっぱり私たち付き合わない?」
「チクマ」
「わかってる! 自分で言うのも悲しいですけど、ワタルくんにそういう気持ちがないことは重々承知です!」

彼の言葉を遮って、話を続ける。

「ワタルに恋人がいるなら、お見合い攻撃も多少やむと思わない?」
「…………」
「半年、とりあえず半年間どうかな? 結構いい提案だと思うけど……」

ちらりと顔色をうかがう。ワタルは渋い表情のまま、私をじっと睨んでいた。

「……きみを傷つける真似はしたくない。軽率に扱うことも」
「私から提案しているのに?」
「しているからこそだ。そうやって自分のことを顧みない行動をおれは好まない」

その言葉そっくりあなたにお返ししますよ。
向けられる視線もプレッシャーも、重たくて怯みかける。でもここで譲るわけにもいかなかった。

「ねえ、ワタル。私はあなたが好きなの。好きな人の力になりたいって思うのは、そんなにおかしいこと?」

しかもお金がつぎ込むとか、危ない目に遭うとか、そういうものじゃない。むしろ私にも嬉しい半年間になるはず。――寂しさはずっとつき纏うだろうけれど。

「半年間付き合って、そのあと私にフラれたとか……うん、フッたことにしてもいいよ。とにかくそれで終わりにすれば、しばらく恋愛はいいってことにもできるでしょう?」

付き合うフリなのだから、この期間に特別なこともしなくていい。……本音を言えばデートぐらいはしたいけど。
それでもなお、渋るワタルくん。引かない私。援護をしてくれたのは以外にもイブキだった。

「いいじゃない。半年、付き合ってみたら?」
「……イブキ」
「うちの事情も知っていて、あなたがポケモンにかまけていても、チクマは許してくれる」
「うん、許します!」
「ね? 付き合ってみたらいいのよ。それに付き合ってみないとわからないこともあるでしょ? お互いにね」

その一言が決め手になったらしい。
ワタルは悩んだあと「……わかった」と一言、答えた。私が飛び上がって喜んだのは言うまでもない。

彼と付き合うのは長くて半年間。場合によっては切り上げもある。こうなった理由はお見合い攻撃から逃れるためなのだから、致し方ない。

とはいえワタルは誠実な人だ。フリとはいえお付き合いするとしていると、ちゃんと恋人≠ノなってくれていた。恋人のフリをしてくれて……いたのだけれど。


「食べるかい?」
「う、うん。お言葉に甘えます」

いただきます、と添えて、彼が差しだしたスプーンを受け取ろうとする。
しかし彼は離そうとしない。え、先程の言葉は嘘だったのですか?

「ワタル?」
「恋人なんだからいいだろう? ほら」

なるほど。手ずから食べさせてくれると。……ちょっとハードルが高すぎやしませんかね!?
でもここで攻防していても、アイスはどんどん溶けていくわけで。いくらカップで地面に落としはしないとしても、溶けたアイスの一気飲みほど虚しいものはない。
諦めてぱくりといただく。さっぱりとしたオレン味のアイスだ。おいしい。おいしいのだけれど。どうにも先ほどの言動が気になって、素直に味わえないでいた。

なんか最近、ワタルはこういう――恋人っぽいことをすることが増えた気がする。
気まぐれでそういうことをする男じゃないのは知っている。だからちょっと期待しちゃう自分もいるわけで。いや、だめだ。私が知らないだけで、こうやって気まぐれる人なのかもしれない。もしくはこっちがときめいているのを見て楽しんでいるだけかも。

なにしろ半年。半年間だけなのだから。こうやって二人で出かけることを「デート」と称せるのは。
そしてそのタイムリミットもだいぶ近い。
ああ、もしかして。思い出作りをしてくれているのかもしれない。ワタルは。なら納得いく。この半年が終わったら、ワタルと私は別れる。元の関係に戻っても、たぶん私は今日のような日を思い出して、勝手に寂しくなって、気まずくなる。距離を置いてしまう。完璧に元通りなんていかない。そういう危険性をはらんだ関係性だ。

そのことを彼も気づいていて、その後が寂しくならないように思い出を作ってくれているのだろう。自分に付き合わせた埋め合わせとして。たまにこの人は残酷なほどに優しいから。

「チクマ?」
「ああ、うん。なんでもない」

溶け始めた自分のアイスをぱくりと食べる。せっかくポケスロンの観戦に来たのだから、楽しまないと。
でもやっぱり隣にいる人の様子が気になる私もいて。
あくまで私たちは恋人のフリをする関係。だから最初はデートだって数えるほどしかしなかった。周りを誤魔化せるぐらいの頻度で。そして誘うのも私から。せっかくだからワタルが今までふれてこなさそうなものをチョイスするために悩んだ日々が少し懐かしい。

そのおかげか次第にデートの頻度も増えたし、ワタルも楽しそうに――していたと思う。だけど、こんな風に思い出作り≠始めたのは最近だ。やっぱりタイムリミットが近づいているから、だろうか。そうだろうな。

もう一口アイスを食べる。冷たい甘さが、今はなんだか心に痛かった。


***


いつ終わりになっても構わない。その覚悟があった。明日かもしれない別れの言葉を私はずっと待っていた。
しかし予想に反し、私たちの恋人関係は期日の半年を満了した。最後のデートはアサギの港であげられる花火大会。盛りの季節より少し先に、漁の無事を祈って花火があげられる。あくまでお祭りではないから出店は並ばないけれど、それでもジョウトの風物詩の一つとして楽しまれている。私も小さいころ、連れてきてもらったことがあった。

久しぶりに見る打ち上げ花火は、海上に反射してとてもきれいだった。輝く花が咲いては、散っていく。それらが凪いだ海に映る。空だけでなく海からも花火があがっているように見える光景は、なんともロマンチックだ。

きれい、と小さく呟いた声をワタルは拾っていたらしい。そうだな、と返ってくる。
たったそれだけのやりとりになんだか泣きたくなってしまった。この花火が終われば、私たちの関係も終わるから。まだ終わらないでほしい、と思っていても、どんどん花火は打ちあがる。

「チクマ、泣いているのか?」
「ちょっと潮風が目にしみたのかも」

ハンカチどこにいれたっけー、なんておどけて見せても、ワタルには全部私の気持ちなんてお見通しなんだろう。向けられる優しい眼差しに、ぼろぼろと涙がこぼれてやまない。

「……好き」

半年間で諦められると思った。フリとはいえ恋人になって、それでお別れすれば。もう我慢できると、諦められると思ったのだ。でもそんなことは全くなくて。好きの気持ちは増すばかり。恋心が消える様子はまったくなかった。

「好きなの。ワタルのことが……」

せっかくの花火なのに、これではなにも見えない。
私と過ごす時間は少しでも楽しいと思ってもらいたい。笑顔で一番かわいい私を見せていたい。そう考えていたのに。最後の最後で、これじゃだめだ。

「……きみの言うとおり」

ワタルが言った。静かな声は花火の音にかき消されることなく、私に届く。

「付き合うフリをすることで、見合いが来なくなればいいと思っていた」
「うん」
「チクマを利用した」

すまない、と下げられた頭に慌ててしまう。
そうしてほしいと唆したのは私だ。彼が罪悪感を抱える必要はまったくない。

「むしろ、謝らなきゃいけないのはこっち。利用したっていうのなら、私だって同じだもの」

少しでも甘い時間を味わいたいと思って、彼の状況を利用した。

「お互いさまってやつだよ」
「……そうか」
「だから謝らないで。私も謝らないから。――さ、花火、見よ! もうすぐ終わっちゃうし! 最後がこんな寂しい思い出なんかで、終わりたくないもの」
「……終わらないさ」

ドン、と花火の音が響く。

「もう一度、始めさせてくれないか。チクマが許してくれるのなら」
「……えっと、それは」
「きみが好きだよ」
「うそ。冗談?」
「まさか」

最初はフリだった。利用した。
でもいつからか。きみの隣が心地よくなっていた。一緒にいると楽しい。別れ際に拭えない寂しさを感じた。会いたいと、思う回数が増えた。

「何度、おれがチクマを引き留めようと思ったか、知らないだろう?」

ワタルはそっと目を細めて、私に近づいた。
夢を見ているのかもしれない。だって、ワタルがそんな。

「おれと付き合ってください」

この半年間、ついぞワタルとは手を繋がなかった。それが一線だと思っていたから。ふれてはいけないと決めていたから。
でも、いま、私たちの指先は絡まっている。体温で痺れるようだった。

「返事は?」
「……わかっているくせに」

楽し気に笑うワタル。悔しくて、でも愛おしくて、たまらない。好きだから。大好きだから。
最後の花火があがったらしい。でも私は見逃した。隣にいるこの人だけを見ていたかったから。



やり直しは何度でも
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