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これの続き
「フーパ! また悪さをしたな!? おい、待て!」
パシオのメインストリートにライヤーくんの怒号が響く。
ワタッコと一緒にマラサダを味わっていた私は驚いて、ワタッコと顔を見合わせた。それに驚いているのは私たちだけじゃない。他のバディーズたちも目を丸くして「なんだ」「どうした」とざわめいている。
「待てと言っているだろうがぁぁ!」
ケタケタと笑うフーパとそれを必死の形相で追いかけるライヤーくん。その光景はパシオではすっかりお馴染みで。次第に「ああ、またか」と張り詰めていた空気はほぐれていく。みんな笑って彼らのおいかけっこを見守り始めた。
かくいう私もその一人。仲のいいライヤーくんとフーパに――ちょっとライヤーくんの一人相撲感は否めないけど――口元がゆるんでしまう。
彼の幼少期とそこからのいろいろを知っているからこそ今の光景が嬉しくなってしまう。ライヤーくんとしては、たまったものじゃないかもしれないけれど。
あとでおつかれさまと声をかけようかな、なんて思っていた矢先。逃げるフーパと目が合った。ぱちんと音が鳴るほどに。途端に小さな身体は方向転換。フーパが一目散にこちらめがけてやってくる。
「わ、わ!」
そしてフーパは私とワタッコの間に飛び込んで、そのまま背中に隠れてしまった。といってもその一部始終もばっちりライヤーくんには見られているから、隠れる意味はないのだけれど。現に彼は怒りに満ちた表情のまま、ずんずんとこちらに向かってきていた。
「おい、チクマの後ろに隠れるな!」
「まあまあ、ライヤーくん」
「チクマも何度もこいつを甘やかすなぁ!」
そう。何度も≠フ言葉通り、フーパがいたずらをして、私のところに逃げてくるのは今回が初めてではない。こうして追いかけっこの現場に遭遇したときは必ずといっていいほど、私の元にやってくる。最近はそれが特に顕著だ。私とライヤーくんが幼なじみなことをフーパはわかっているのかもしれない。私からそのことを言ったことはないから、ライヤーくんが話したのだろうか。
「フーパも反省しているよ。ねえ?」
そうでしょ? と背中に隠れるフーパに声をかければ、シュンと落ち込んだ表情を浮かべている。くちびるをとがらせ、瞳を潤ませていた。見るからに落ち込んでいる。そんな表情。
「ね、反省してるってさ。そうだ。ライヤーくんもフーパもマラサダ食べる?」
どの味にしようか迷って、選びきれず、私とワタッコが食べるにしては多い量を買い込んでいたのが功を奏した。「どれにする?」とフーパに尋ねれば、小さな指はカスタードクリームのマラサダを指さしたので、紙に包んで渡す。
「ライヤーくんは?」
「どれでもいい」
「じゃあチョコのにするね。ほら、立っていないでこっちに座ろう?」
「……フン」
どかりと隣に座るライヤーくんはマラサダを受け取ると、ぽそりと「怒鳴って悪かった」と謝った。
「頭に血がのぼっていた」
「大変だもんね、いつも。パシオの運営もそうだし」
「……確かに最近、根を詰めていたかもしれん」
一口、マラサダをかじると彼はわずかに表情を緩める。
その顔にほっとした。実は、先ほどからなんとなくフーパを怒る表情の端々に疲れが出ているように見えたから。きっとそれはフーパを追いかけっこしていたせいではないと思う。
私も同じように残ったマラサダをかじる。忙しいんだろうな、ライヤーくん。パシオの運営は簡単なものじゃない。ポケモンもトレーナーも楽しめるようなイベントの企画もさることながら、その出演交渉まで彼自ら行なっていると聞いた。
イベントに限らず、単純にパシオの日々が過ぎていくだけでも、たくさんの仕事が積まれるに違いない。トラブルだって舞い込んでくる。一人で運営をしているわけではないとはいえ、全ての最終決定権はライヤーくんだ。プレッシャーだってすごいはず。
現に私もこうやって二人だけで話すのは久しぶりだった。そもそもなかなか会えない。
実のところ、それがちょっと寂しかったりもするのだ。せっかくお互いに誤解が解けて、仲直りができたのに。おしゃべりする機会も、遊んだりする機会も全然なくて。こうしてフーパが私のとこに逃げてくるときぐらいしか、顔を合わせることしか――あれ? もしかして。
「……わざとなの?」
浮かんだ考えを思わずフーパに尋ねてしまう。
フーパは夢中になっていたマラサダから顔をあげて、ニシシといたずらっ子のような笑みを返してきた。本心はわからない。偶然かもしれない。でももしかして≠セって完全に否定はできなくて。
もしそうだったら。――とても嬉しくて、恥ずかしい。
私の隠していた寂しさがフーパにすっかりバレてしまっていたことが恥ずかしい。でも同じくらい嬉しくなってきてしまった。せめてライヤーくんに私の気持ちの変化が気づかれないようにと祈るけれど、うまくはいかなかったみたい。
「チクマ? どうかしたか?」
その問いかけを無視するわけにもいかず、私は「あのね」と自分でもおどろくほど震えた声で答えた。
「……私のせいかも」
「なにがだ?」
「フーパがライヤーくんにいたずらするの」
赤いサングラスの奥、彼の目が瞬く。
「私、ライヤーくんに会えなくて寂しいなって思ってたから」
フーパにそれをこぼした記憶はない。だから最初は偶然だったかも。
けれど何かの拍子に気づかれてしまった可能性はおおいにある。だってフーパはそういう感情の機微に聡い子だったからこそ、ライヤーくんと友達になれたわけだし。
私の、私自身が、気づかないでいた寂しい気持ち。それをフーパは感じ取っていた。だから行動に移した、とか。
「ありえるなぁって……」
空いた時間を埋めるようにたくさんの、とまでは言わない。でも、かといってまったくそういう機会がないのも寂しい。少しでもライヤーくんとおしゃべりができたらなんて、ずっと心の片隅で思っていた。
我ながらなんともわがままだと思う。それを本人に言ってしまったところまで含めて。まるで構ってもらえなくて拗ねている子供みたいだ。
ちらりと隣を伺う。ライヤーくんはいつの間にか食べ終わっていたのか、マラサダを包んでいた紙をクシャリと丸めた。そしてパチンと指を鳴らす。
「ドリバル!」
「はい、若!」
「わぁ!?」
突如、うしろの茂みから現れたドリバルさんに驚いているのは私だけ。ライヤーくんは当たり前のように、葉っぱにまみれたその人に指示を出す。それを受け、今日の予定を暗唱するドリバルさんも動じていない。
「よし、それならどうにかなるな。全てリスケだ」
「え?」
「承知いたしました」
「ええ!?」
この流れでのスケジュールの組みなおしの意味しているところは一つしかない。さすがに私はそこまで鈍感じゃない。
無理しないで、と言いかける私だったが、それさえも遮られてしまう。
「貴様が気にすることなんてない」
「そんなわけにも……!」
「ちょうど休暇を取りたくなっただけだ! オレさまの実力ならこれぐらいのスケジュール調整など、わけもない!」
それに、と続ける。
「寂しいのはいやだ。チクマが寂しいというのなら、オレは一番にそれを優先する」
「…………」
「優先、したいんだ。――させてくれないか」
今はチクマと一緒にいるほうがよっぽど大事だ。
その声が真剣で、私にまっすぐ向けられていた。伝わってくる気持ちを裏切ることなんてできなくて。
そしてなにより。私はとても嬉しく思ってしまっているのが質が悪い。
「じゃあ、お言葉に甘えます……」
「そうしておけ」
ライヤーくんはドリバルさんにまたいくつかの指示を出す。その間に急いでマラサダを食べきっていると「急ぐ必要はないだろう」とあきれた声が聞こえてきた。
「ゆっくりでいい。なにせ時間はたくさんあるのだからな」
「時間があるからだよっ」
時間があるからこそ、一秒でも無駄にしたくないのだ。
ワタッコもフーパもすでに食べ終わっている。あとは私だけ。
最後の一欠けらを飲み込んで、ごちそうさま! と手を合わせる。
「お待たせしました」
「フン、待ってなどいないな」
ライヤーくんは包み紙をとりあげると近くのごみ箱へ捨てる。懐から出したハンカチで軽く自分と私の手を拭うと、そのまま繋いだ。なんともスムーズで驚いたけれど、指先がわずかに震えているのに気づき、考えを改める。
――ライヤーくんも実は結構背伸びをしているのかも、なんて。
「いくぞ、チクマ」
「うんっ!」
行ってらっしゃいませ、若! となぜか涙声のドリバルさんに見送られ、私たちはライヤーくん自慢のパシオの街へ歩き出す。つないだままの手はなんだかくすぐったい。
「ありがとうね、フーパ」
こそりとお礼を言えば、フーパはくるりと宙返りし、ニシシと笑った。
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