「また負けた!」

悲鳴と共にテーブルの上へと倒れ伏す。お行儀が悪いのは百も承知。でも気分的にこうしないとやっていられない。落ちた気分では脱力した身体を支えることはできないから。

重いため息を吐き出す私。向かいに座ったツツジちゃんは呆れた表情を浮かべ、アップルパイを食べる手を止めた。カミツレさんが審査し、マオちゃんが作ったという人気のアップルパイ。もちろん、私も同じものを頼んでいる。評判どおり、とっても美味しい。
道行く彼女を「なんでも奢るから愚痴聞いて!」と引き止めて、パシオでも人気のカフェに連れ込んだ。ツツジちゃんはセットで頼んだホットの紅茶を飲んで「チクマさん……またイツキさんですの?」とズバリ図星を当ててくる。ぐさりと心臓に突き刺さる。

ジョウト地方四天王イツキ。彼とは同じエスパーポケモンを使うトレーナー同士、このパシオで知り合って仲良くなった。イツキとは話も合って、勝負抜きでもよく遊ぶ。結構仲がいいほうだと個人的には思う。でもやっぱりというか、なんというか。さすがに勝負では負けっぱなし。
強いトレーナーとの勝負は楽しいし、負けたばかりでは悔しいから何度もリベンジをしているけれど――結果は正直芳しくない。さすがは四天王。パシオ式の勝負でも黒星ばかりだ。

「なんとかして勝ちたい! というか、イツキの焦った顔が見たい!」

一度、かなりいいところまで彼を追い詰めたことがある。興奮を抑え、必死に冷静になろうとする私と打って変わって、イツキはいつもの調子のままだった。仮面の下、静かな笑みを宿したまま。
結局、私が勝利を焦った故に生まれた隙を突き、一気に形勢逆転さてしまった。そこからガラガラと私の有利状況は崩れ、最後はやっぱり負けてしまった。私の中でもここ最近の一番の苦い記憶。

強いトレーナーはみんなそう。いつだって自分の隙も、焦りも見せない。こうかばつぐんの技を食らっても、急所に当てられても、手持ちが一匹だけになっても。いつだって「自分が勝つ」という余裕と自信を持っている。
目の前にいるツツジちゃんだって同じ。カナズミジム・ジムリーダーの名前は伊達じゃない。
だから多分、勝負でぎゃふん≠ニ言わせるのはだいぶ難しい。だから違うことでなら、きっと……!

「なので妥協します! ポケモン以外のことでも可! なにかいい方法無いかなぁ!?」

前のめりでツツジちゃんに詰め寄る。彼女は私のこういった言動にすっかり慣れてしまっているのか、なにも言わずに残りのアップルパイをさくりと響かせ「そうですわねぇ」と一緒に悩んでくれるようだった。でも思いつかなかったのか、無言の時間が続くだけ。まあ確かにこんなこと訊かれて、すぐに答えられるわけがない。私だって困ってしまう。真面目なツツジちゃんなら特に。

「――ずいぶんとおもしろい話をしているじゃないか。わたしも混ぜてくれないか?」

急に降ってきた声。驚いた私たちを尻目に、会話に入ってきた彼――イッシュ四天王のギーマさんは不敵な笑みを浮かべ、空いた椅子へと座る。そして流れるように足を組んだ。眼差しが私に向かう。思わずごくりと唾を飲み込んだ。



「ぎゃふん≠ニね……なんとも愉快な表現だ」

誤魔化す、なんてことは到底、無理で。
私が洗いざらい話した内容をギーマさんはお気に召したらしい。機嫌良さげに、追加オーダーしたコーヒーを味わっている。

「実はきみたちの勝負を何度か目にしていてね」

えっ、なにそれ聞いていない。ちょっと恥ずかしいな……。だってそれはイツキくんにぼこぼこにされる姿を見られているということになる。
でも状況がわかっているのならありがたい。なにかいいアドバイスはないでしょうか? と尋ねるが、彼はまたコーヒーを一口飲むだけに留めている。

「もったいぶりますわね……」

ぽそりと小声でツツジちゃんが呟く。つい同意してしまった。
でも相手はイッシュの四天王であくタイプ使い。ポケモンのタイプ相性的にはイツキに有利を取れるはず。なによりギーマさんは生粋のギャンブラーであると有名だ。人の表情や心を読むことに長けている。
この人ならたとえイツキの仮面の下を白日の下へ晒してくれるに違いない。そんな淡い期待が胸に宿っていく。

ギーマさんは含みのある声で「そうだな」と私に視線を向ける。細められた瞳についドキリとしてしまう。なにを言われるのか、つい身構えてしまうような気持ちさせられた。

「確認だが、勝負以外のことでも構わないと?」
「もちろんです。とにかくぎゃふんと言わせたいです! もしくは焦った顔が見たいです!」
「ならば作戦は一つだ」

カチャリとカップの音を響かせ、ギーマさんは人差し指を立てる。
――聞いた私たちは思わず顔を見合わせる。もっとこう……すごくて、準備が必要な、とびきりの作戦だと思ったからだ。でも授けられたその方法はまったく正反対。あっという間に実行できるし、特別な準備も全然必要ない。

「そんなんでいいんですか?」
「いいとも。きみが彼の仮面を外すことはかなり難しいだろうさ。それでも嘘をつけないところが、誰しもある。そして今の作戦はきみでしか実行できず、有効では無い」

回りくどい言い方の意味がわからず、首を傾げてしまう。助けを求めツツジちゃんを見るが、彼女も肩を竦めているだけ。

「信用できていないみたいだね?」
「そりゃあ、まあ」

だって教えてもらったそれは誰にでもできる内容で、かつ私がやったところで本当に効くかも半信半疑にしかならないから。ギーマさんの言葉を疑うわけではないけれど、かといって信憑性も感じない。

「こう見えてもわたしは彼とチームを組んだこともあるんだぜ?」
「だからイツキさんのことがわかると?」
「そうとも。背中を預けた仲間だからね」

仲間だからこそ、次の機会では勝負をしてみたい。そう思ってしまうのはバトルトレーナーの性である。だから共に戦いながらもイツキの心理を盗んでいた――とのこと。

「賭けてもいいぜ。今回のコインは必ず表≠ノなる、とね」
「そ、そこまで言うのなら……」

その言葉に重みを感じ、ついたじろぐ。
それに失敗したら私と組んでイツキとバトルをしてくれるという約束までしてくれた。ここまでされたのなら、試してみるしかない。たとえ不発だとしても。ちょうど明日もイツキと会う約束があるし……実行してみよう。


***


――恒例のポケモン勝負は負けた。結構いい勝負ができたと思ったけれど、やっぱりイツキの余裕さは変わらなくて。ここぞという場面でいつも競り負けてしまう。
原因はなんとなくわかっている。ポケモン勝負のときのイツキについ見惚れてしまうのだ。彼の身振り手振りは芝居がかっていて、演技めいている。けれどそれが嫌味じゃない。自分とてもちのポケモンに自信を持っている人の動きだ。勝つ≠ニいう強い意志が全面に押し出されるような――

私は結構、イツキのこういうところが好きだったりする。たくさんの努力をしてきて、それでもなお上を目指そうとする姿とか。クールに見えて、結構熱いところとか。だからイツキといるのは楽しいのだ。

「あーっ、また負けた!」
「まだまだそう簡単に白星はあげられないさ。ヒヤリとはさせられたけど」
「そうは見えなかったよ?」
「前にも言っただろう? そう簡単に自分の弱点は見せられない。たとえチクマ相手でもね」

座り込む私に近づいたイツキは手を差し出してくる。立ち上がるのを手伝ってくれるみたいだ。
別にそれが無くても立てるのだけれど――せっかくならギーマさんが言っていた「作戦」を実行させてもらおうか。これを利用して。

手を重ねればイツキは案の定私を立ち上がらせるべく力を入れて引っ張ってきた。その優しさに謝罪しつつ、わざと私はバランスを崩したフリをした。事故を装ってイツキに抱きつく。「きゃぁあ」なんてわざとらしい悲鳴をあげながら。……ちょっと棒読み演技すぎたかもしれない。

――彼に抱きついてみればいい。正面からね。

正面から抱きつく。なんとも簡単なそれがギーマさんから授けられた作戦だ。
こんなことで本当に効果があるのだろうか? イツキは別にスキンシップに不慣れな性格では無いはずだし。

ぎゅうとイツキに抱きついたのはいいけれど、私としてもちょっとこれは恥ずかしい。
イツキの華奢に見えてちゃんと厚みのある身体がわかったり、なんだかいいにおいもする。香水だろうか? そもそもこんなに密着したことって無いなと気づき、羞恥はさらに増していく。歓喜のあまりハグする……なんて年齢でもないし。

つまるところ、我に返った。今更ながら、なにしているんだ、私。こんなんでイツキの仮面は崩せるわけが無いというのに。それどころかドキドキして心臓がうるさいような――ってあれ?

「イツキ?」

なんとなく覚えた違和感。揺れる不安を抱きながらも彼の顔を覗き込む。
ぎゅっとくちびるを結んだイツキがそこにいた。やっぱり仮面で表情の大半は見えないけれど、なんとなく頬のあたりが赤くなっているような……?

「ねえ、イツキ」

どきどき、してるの?

このうるさいほどの響いている鼓動の高鳴りは、もしかしてイツキから?
探るようにわきあがった疑問を口にした瞬間、彼は私を引き剥がした。先ほどまでの優雅さが嘘のように、動きのひとつひとつに焦りが見える。

「…………きのせい、だよ」

その声がわずかに震えていたものだから。
なんだかつられて、私までドキドキしてしまう。耳の奥に響く鼓動の音が、ずっと消えない。
私までドキドキしてしまって、まともにイツキの顔を見られなくなった。ふわふわとした空気まで流れだす始末で――どうしよう! ツツジちゃんーっ! 助けに来てーっ!





「お二人とも全然動かなくなってしまいましたわ」
「賭けはわたしの勝ちだな。それにしても彼もまだまだ青い、といったところか。好きな女性に抱きつかれただけで、あんなにも狼狽えるだなんてね」
「……チクマも限界のようですし、そろそろわたくしは助けに行きますわね。からかうのもほどほどに頼みますわ」
「ああ。努力しよう」



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