「体感温度狂ってるでしょ」
「……?」
「あんたのことだよ、あんたの。なにをとぼけた顔してんの」

今日も今日とてポーラエリアは寒い。陽に当たって輝く雪景色は綺麗だけど、それはそれ、これはこれ。吹雪いてきたときなんてもう目も当てられない。身体の芯が冷えるというのはまさにこのこと。抱えるアチャモのあたたかさだけが拠り所だ。湯たんぽのような優しいぬくもりを持つアチャモは、ぎゅうと抱きしめる私を目の前の男と同じようにきょとんした表情で見つめている。でもこの子のほうが断然かわいい。

「そのぺらぺらなジャージでよく平気でいられるね!?」
「ツバっさん的にはこの寒さにすっかり慣れちまったからなぁ。あ。チクマも着たら——」
「絶対に無理! 凍えて死ぬ!」
「そういうモンかねぃ」
「そういうもん!」

なんで「やれやれ」って呆れ顔で見られないといけないんだ。
ああ、もう。どうして私はブルべリーグ運営のポーラエリア担当になってしまったんだろう。寒いところは絶対にいや! とネリネにもタロちゃんにも訴えていたのに。……まあその二人から「カキツバタのいい加減さをフォローしてほしいんです! お願いします!」「チクマしか適任者はいないと判断」なんて頭を下げられたからに他ならないんだけども。

四天王二人にあそこまで頼まれたら断れない。なによりカキツバタの適当さは同じクラスの私もよく知っている。「先輩」だったのがいつの間にか同期になってしまったぐらいなのだから。こいつ今年も留年する気じゃないだろうな、とつい疑ってしまうほどには今期の授業の単位も危ういらしい。噂だけど。

それに二人がポーラスクエアの運営に他のエリアよりも人員を割くのもわかる。カキツバタは主にポケモン勝負しかやらず、事務仕事には手をつけないからだ。
ブルべリーグは学園公認とはいえ運営の主体は生徒。挑戦受付から始まり、バトルコートの整備なども全て自分たちで行なわないといけない。そして四天王はそこにリーグ挑戦者の相手や部員の指導なども加わる。よって自然に役割がわかれてしまうのだ。自然と四天王は対部員指導やポケモン勝負、空いた部員がリーグ運営と。

でもタロちゃんやネリネは両方ともこなしているというのに……! まだ一年生なアカマツくんはともかく、カキツバタはもうベテランだろうが……! 留年的な意味でも……!
当初こそ「年上の同期」ということで気を使っていたが、もうそんなもの吹雪と共にどこかへ行ってしまった。
挑戦者の人数や部員指導の予約、バトルコートの整備やその他施設の点検。それらを全てカキツバタは私に放り投げている。「こういうこまけぇのをやるのはオイラの性に合わんのよ」とか言って。ぺらぺらなジャージで今日も他の部員とポケモン勝負をしていた。……このときだけなんだよな。カキツバタが生き生きと自分から進んでいろいろとするのは。
ポケモン勝負のことは本当に好きなんだろうなと思う。手間も時間も惜しまないのがその証拠。扱いが難しいといわれているドラゴンタイプがこんなにも懐くところからもわかるし。
だるっとした様子とは真逆にカキツバタはポケモン勝負に関しては真摯に取り組んでいる。戦略も緻密だし、たとえ崩れてもそれを補うほど頭を回る。本当に勝負のときは別人だ。
……その反動が普段の生活に現れているのかもしれないけれど。

「それで、どうかしたの?」
「おぉ、そうだ。いちにのぽかんで忘れてたぜぃ」

そう軽口を言いつつカキツバタは私の抱えているアチャモを撫でる。
目を細め気持ちよさそうな鳴き声をあげるアチャモを見て、彼は楽し気に笑った。

「ちょうど時間も手も空いたしよ、チクマも一戦どうだ?」
「え!」

そわっと心が逸る。出た声は自分でもわかるほどに上ずっていた。
ブルーベリー学園にいて、リーグ部に所属している私だってもちろんポケモン勝負が好きだ。カキツバタぐらいの実力者と戦えるなら、なおさら。

「やる!」
「そうこなくっちゃな。オイラもチクマとのポケモン勝負、楽しみだ」
「次は勝つからね」
「おうおう。お手並み拝見だねぃ」

バトル用のポケモンを揃えるためにアチャモをボールに戻す。まだこの子は調整中。早くバシャーモまで育てたいけど、このほかほかとしたジャストサイズのぬくもりもなかなか捨てがたくて……やっぱり足元ストーブとか申請しようかな。この寒さだと焼け石に水な気もするけど。

さて今回はどういった戦略で挑もうか、とボールを選ぼうとした矢先、冷たい風が辺りを吹き抜け、新雪の欠片を運んできた。私はもちろん、他の生徒たちからも悲鳴があがる。
先ほどまであたたかなアチャモを抱えていたうえにダイレクトにその冷気を浴びてしまった私は、余計に寒さが増して、身体の震えが止まらない。

「っくしゅん!」

耐え切れなかったくしゃみが出る。しかも連発して。すぐそこにカキツバタがいるのに。
さすがにちょっと恥ずかしい。結構盛大にくしゃみしちゃったし。なんなら鼻まで啜ってしまった。羞恥で体温が上がっていきそう。
誤魔化すように「もうちょっと待って」とボールから顔をあげず、パーティーに悩むふりをする。もうとっくにメンバーも戦略も決まったというのに。

「……時間かけるのはいくらでもって感じだけどよ」

その声がいつもより真面目なように聞こえて、思わず彼に視線を向けてしまった。
気だるげに鈍く光る金色の瞳がわずかに揺れているような気がする。なんだかいつものカキツバタらしくない。

「貸そうか?」
「……見てるこっちがさらに寒くなるからいい」

それにぺらぺらなジャージの上着で防寒になるとは思えない。
防寒というのなら厚手のコートやダウンジャケットがほしい。もしくはカーディガンとかマフラー。
私の言葉(というか文句を)をカキツバタ「ふぅん」と、聞いているのだか聞いていないんだかわからない反応の相槌を返してくるだけだった。

「カキツバタもせめてマフラーしたら?」
「そうさなぁ」

ほら、やっぱりいい加減な返事。
腰に巻いたマントがあるから下半身はあたたかそうだけど、上半身の半そではもうちょっとこう考えてほしいところ。見ているこっちが寒いので。
これで風邪を引いたことがないらしいのだから不公平だなぁ。ひっそりとため息を吐きながら、私とカキツバタはバトルコートへ向かった。


***


「チクマ」

テラリウムドームへ向かおうと部室を出ようとした直前、私を引きとめたのはカキツバタだった。今日は挑戦者もいないしカキツバタはずっと部室にいるのだと思っていたけれど。一緒に行きたい――なんて殊勝なことを言うわけもないだろうし。どうかした? と尋ねても、首の後ろを擦っているだけで明確な返事はない。ああ、もしかして。

「今日はリーグ部、手伝えないよ?」
「知ってる。さっきタロから聞いた」
「ならいいけど」

課題のためにチラチーノを見つけておきたい。ちょうどポーラエリアにいるからそこまで時間はかからないと思うけれど、念のため今日の部活はお休みの申請を出してある。
だから余計にわからない。部活の類いじゃないなら、いったい何の用事で彼は私に話しかけたのだろう?

「これ、チクマにやるよぃ」

ずっと何かを抱えていたのはわかっていたけれど、まさかそれが私宛のものだったなんて。
不織布の包みは深い藍色をしている。その中からカキツバタが取りだしたのはオレンジとベージュのチェック柄のマフラーだった。見るからにやわらかそうでふわりと布が踊っている。

「チクマにゃいつも世話になってるからな。これで少しは寒さを凌いでくれや」
「え、ええ? そんな悪いよ」
「いつもの礼だって言ってンだろ? あとこれからも迷惑掛けるつもりだからよ。前払い、前払い」
「前払いって……」
「ちなみにツバっさんのお手製。夜なべして、手縫いしたんだぜぃ」
「それはうそ」
「ありゃ、バレたか」

カキツバタは笑いながら一歩、私に近づく。そしてそれが当たり前なことだと言わんばかりにマフラーを巻いてきた。マフラーは軽いのにしっかりとあたかかい。やわらかくて心地いい。色も鮮やかで、なんだか元気がわいてくるようだった。

「……ありがと」
「ん。これからもヨロシク頼むな、チクマ」

課題がんばれよー、とカキツバタはひらりと手を振ってリーグ部を出て行ってしまった。
ポーラエリアに行くならやっぱり一緒にいけばよかったのに。でもわざわざ引き止めるのもなんだか恥ずかしくて、私はぼうっとその場で立ちすくんでしまった。巻かれたマフラーを無駄にいじってしまう。ちょうどタグが目に入った。あれ、このロゴって――

「チクマさん」
「うわっ!」

後ろから話しかけてきたタロちゃんの声に飛び上がる。心臓が口から飛び出るかと思った。バクバクとうるさくて声が震えた。びっくりさせないでよ、と文句を言おうとしたけれど、ごくんと飲み込む。なにしろタロちゃんの頬は赤く染まり、前のめりで私に迫ってきていたからだ。その迫力に圧され、つい後退ってしまう。

「いまのなんですか!?」
「なに、って」
「あのカキツバタがプレゼント! チクマさんに!」
「ちょ、声が大きいよ……!」

部員たちの注目は私たちに集まっている。目が合った部員はさっと顔を逸らす始末。抑えて抑えて、と訴えてもタロちゃん的には「さっきからずっとそうでしたよ」と取り合ってくれない。
つまりカキツバタのやりとりからみんなに見られていたということ!?

「そんなことよりも、そのマフラーです!」
「は、はい」
「それガラルブランドのウールーマフラーですよ。しかもこのホリデー限定のデザイン!」
「そうなの?」

ウールーの顔がデザインされているロゴは私も見たことがある。
ガラル地方を代表するブランドのロゴだ。でもホリデー限定とか、そういうのは知らなかった。

「間違いありません。カキツバタがこの前、訊いてきたんですから」
「なにを?」

タロちゃんは続けて言う。
先週、カキツバタは彼女にいろいろと相談したらしい。人気の防寒グッズはないか、と。タロちゃんは訝しげに思いながらも、ちょうどこのマフラーが発売されたことを伝えのだという。名のあるブランドでシンプルながらもおしゃれなデザインだから万人受けするに違いない。プレゼントにはもってこいだとも。

「オレンジ色っていうのがカキツバタ的に気に入っていたようですけど……そっかぁ、チクマさん宛かぁ」

向けられるゆるりと温度のある眼差しにたじろぐ。あらぬ誤解をされていることがありありと伝わってきた。途端に先程の行為を思い出してしまう。近づくカキツバタの顔、首元にわずかにふれた指先。気怠げだったけれど真剣な眼差し。金の瞳が揺れていた。
ヒュッと喉が鳴る。どんどんと顔が熱くなり、心の奥がくすぐったくなっていく。

「や、で、でも他意はないと思うし? だってあのカキツバタだよ? 言葉以上の意味は無いって」

むしろそうであってほしい。「そうですよね。勘違いでした」の言葉を彼女から出てくるのを待つのだけれど、その期待を砕いたのは私たちのやりとりを聞いていたであろうアカマツくんだった。

「そうかな? カキツバタ先輩がわざわざリサーチしてプレゼントした時点で、なにも考えてないことないと思うんだけど。スグリのときもそうだったしさ」
「…………っ」
「あれ? オレ、ヘンなこと言った?」
「…………勘弁して」

いやもう本当に勘弁してほしい。これでは次にカキツバタと会うとき、私が無駄に意識してしまう羽目になる。なによりカキツバタがシンプルに厚意としてマフラーをプレゼントしてくれただけだったなら、私は一人で勘違いすることになってしまうのだ。それだけは避けたい。カキツバタを意識してしまうなんて……本人に知られたらなんと言われるかわからない。
タロちゃんやアカマツくんがなんと言おうと、これはただのプレゼント! 寒がる私にくれたただのプレゼント!

――なんて決意したのだけれど。後日、ポーラエリアではマフラーを首元に巻いたカキツバタが現れた。もちろん私も彼からもらったマフラーを身につけていて。彼はそれを指差し、笑って言った。

「おそろい、だな」



勘違い?
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