暑い!
もうその一言に尽きる。天気がいいのはありがたいけれど、こんなに暑いと「ちょっと休んでもらっても大丈夫です」なんて太陽に訴えたくなってしまうほど。ジリジリ降り注ぐ熱は私の肌を焼いていく。塗った日焼け止めクリームの効果に不安を覚えるほど、今日の陽射しは半端じゃない。

暑さで参っている私の周りでは野生のヒマナッツとキマワリたちが楽しそうにはしゃいでいる。それもそのはず。彼らは私が持つホースから出る冷たい水を浴びているからだ。水飛沫の中、ただでさえニニコニコな表情がさらに輝いている。

うらやましい。いいなあ、なんてことをついつい考えてしまう。一緒に水浴びしたい。かといって急に私がホースの水を被り始めたら、この子たちはドン引きするだろう。「えっ、なにしてるの……?」みたいな空気が流れたら、ちょっと……いやだいぶいたたまれない。つまり大人なので我慢するというわけです。

「ああ、ほら、喧嘩しないの。順番にね」

次々とやってくるヒマナッツたちに声をかける。この子たちはみんな、毎年、うちの庭に水を求めてやってくる。野生のポケモンが自分から家の庭にやってくるなんて……やっぱり暑さには敵わないんだろうな。そりゃあ、くさタイプやみずタイプはしんどいよねえ。今日もラジオでクルミちゃんが「熱中症には気をつけて!」と何度も繰り返していたぐらいだし。暑さや熱さに強いポケモンだって、これではきっと参ってしまう。うちの水でよければ倒れる前にたくさんお飲み。

「それはきみも、だな」
 
急に視界に入ってきたペットボトル。それと頭に被せられた麦わら帽子。それらに驚く前に過ぎったのは「やば、見つかった」なんて冷や汗。心臓がイヤな風に飛び跳ねる。錆びたギアルのように鈍く顔をあげれば、案の定。

「き、来てたんですね。ワタルさん」
 
呆れた表情で私を見下ろしていたのはワタルさん。前から水撒きをするときには帽子を被れ、とよく言われていたのだけれど……私は面倒くさくてそれをサボりがちにしてしまっていた。だからこんな形でバレるのはとてもマズイ。主にお叱りの方向で。浮かべている表情はすでに怒っているように見えた。ぽたりと汗が額から落ちる。彼の親指にそれが拭われた。

重いため息をつくワタルさんは、いつもどおりの格好なのに汗一つかいていない。いろいろ注意を受けたときに「ワタルさんだって暑そうな格好している」と反論し、「おれは鍛えているから」なんてよくわからない答えをもらったことを思いだす。見た目だけで言えば、ワタルさんのほうがずっと倒れそうだというのに。私も鍛えればなんとかなるのだろうか。

バキリ。強い音が響き、現実に戻される。気づけばワタルさんがペットボトルの封を開けているところだった。なかなか受け取らない私に業を煮やしたのだろう。手にしていたホースを強制的に奪われ、代わりに蓋の空いたスポーツドリンクが渡される。よく冷えたそれは私と同じように汗をたっぷりかいていた。

「ほら、早く飲みなさい」
「はぁい」
 
ヒマナッツたちに水をやるワタルさんを眺めながらスポーツドリンクに喉に流し込む。どうやら自分が想像していたよりずっと喉が渇いていたらしい。爽やかな甘さがするスポーツドリンクはおいしくて、一度に半分近くを飲んでしまった。冷えた水分のせいでわずかにキンと頭が痛む。でもそれさえも心地いい。

「チクマ、この子たちにも水を?」
 
いつの間にかヒマナッツたち以外のポケモンも集まってきていた。ナゾノクサやニョロモ、ウパーたちがホースの先から流れる水を物欲しげに見つめている。どうやら我が家は彼らのドリンクバーとして盛況のようだ。

「ぜひぜひ。あげちゃってください」
「ああ、わかった」
 
私たちの会話が聞こえていたのか、ポケモンたちは我先にとワタルさんに飛びついてくる。彼はそれを受け止めながら、水を撒きはじめた。「順番にな」なんてやわらかな声と共に。

……なんだか珍しい光景かも。なにしろ、こんな風にワタルさんが小さなポケモンたちに囲まれている姿はなかなか見ない。カイリューたちが進化前のときもそうだったのかな。でもミニリュウって以外と大きいし、やっぱり滅多に無いかもしれない。

水を独占するマダツボミを優しく諫めながら順番を守らせ、待たせていたハネッコへ手招きをする。念願の冷たい水をたっぷり飲んだハネッコは嬉しそうに彼の周囲をくるくる飛んだ。その笑顔につられたのか、ワタルさんも口元にゆるく笑みを浮かべている。
 
リラックスしたその表情を見て、じんわり温かな多幸感が胸に満ちた。ワタルさんの笑顔が見られるのなら、この険しい暑さも悪くないかも、なんて思ってしまうほどには。――でも、そんな考えはすぐに消えった。暑いものはやっぱり暑いので。じゅわっと太陽光に身体が焼かれていく。ほのおタイプのポケモンだってもうちょっと手加減してくれるというのに。
……あ、そうだ。

「ワタルさん」
「なんだい?」
「飲みますか?」
 
ちょっとぬるくなってしまったけれど、喉の渇きを潤すには充分はなず。先程渡されたペットボトルを掲げて尋ねれば、彼はいつもより多い瞬きを繰り返すばかりで返答は無い。その反応に首を傾げていると、なぜか「耐えきれない」といったようにワタルさんは肩を揺らし、声を震わせて小さく笑いはじめた。ますます訳がわからない。

「すまない。ちょっと思いだして」
「?」
「少し前までは間接キス£度でも大騒ぎだったのにな、とね」
 
ずいぶんおれに慣れてくれて嬉しいよ。
その言葉の意味を理解するのには数分ほどかかってしまった。あ、と声が漏れる。そして今までワタルさんとしたいろいろなこと≠フ記憶が一気に襲いかかってきた。甘い言葉と笑み。キスをするときの表情。仕草の一つ一つから伝わる感情。

「――っ!」
 
どう考えても気温だけじゃない理由で身体が熱くなっていく。力んだせいで握っていたペットボトルがベコリと悲鳴をあげた。でもそんなことを気にしている間もない。

「冷蔵庫に新しいものがあるから持ってきてくれないか? もちろん、それをいただけるのなら、おれはとても嬉しいけれどね」
「持ってきます! 新しいの!」
 
食い気味にそう答えれば、ワタルさんこそ隠さずに声をあげて笑いはじめた。そんな彼をきょとんした表情でポケモンたちが見つめる。次第にその瞳が私に向いた。「なにかしたの?」と問いかけてくるポケモンたちを前にして、余計に身体が熱くなる。もう耐えきれない。私は逃げるように部屋の中へ駆けていく。新しい、冷えたペットボトルを取りに行くために。背中からさらにワタルさんの笑い声が追いかけてきた。これはもう、私の反応を見てさらに楽しんでいるに違いない!

やっぱりそれは案の定で。冷たいペットボトルを持ってきた私に彼は「手が塞がっているからね。開けて、飲ませてくれないか」と意味も無くねだってくる始末。

「ひどいな。恋人に甘えているだけだよ」
「甘え方が問題です!」
「でもチクマは叶えてくれるだろう?」
 
ね? と顔を覗き込んでくる。まるで私が「そうしてくれる」と確信したような表情だ。――いつだってこの人はずるいんだよなぁ。胸の中でごちりながらも、ワタルさんが甘えてくれるのは嬉しくて。私は言われるがままにペットボトルの蓋を開けるのだった。



水やり、ごくん。
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