「なあ、いい加減訊いてもいいか?」

なんでそんな距離を取っているんだ、きみ。
そう尋ねるとソファの端に座っていたチクマが盛大に肩を揺らした。帰ってきてからずっとコレだ。なぜか一定の距離を保ったまま近づこうとしない。どことなく様子がおかしいと思っていたが……。避けらているというわけではなく、なぜか一定の距離を保っている。

それだけならまだ許せ――いや、許せないな。前言撤回。なにせ距離を取っていることに加え、視線を合わせようともしないのだ。すぐに彼女の瞳は明後日の方向へ目線が泳ぐ。

「おれ、なにかしたか?」

正直なところお手上げだ。チクマは決して意味もなくへそを曲げるようなことはしないから、何か理由があるに違いない。だが、おれはまったくといって思い当たるものがないのだ。ならば彼女に訊くしかない。「察してよ」と怒るタイプでもないから、正攻法といえるだろう。
しかし、彼女から返ってきたのは否定の言葉。

「してないです」

気まずそうに首を振る。無駄に空いた距離が恨めしい。おれはチクマとたっぷりくっつき合う気分だった。風呂にも入って、彼女お気に入りのアイスだって用意していたというのに、これだ。しかも理由も言ってくれない。おれの機嫌も下がるのも当たり前ことだろう。

「ならなんでこんな距離取って、目も合わせてくれないんだ。おれだってそろそろ我慢の限界ってものがある」

少しだけ怒気を混ぜた声を響かせれば、彼女は「ひっ」と小さく悲鳴をあげる。
ちょっと待ってくれ、そんなに怯える必要があるか? 何もとって喰おうとしているわけではないのに。……いまのところは、だけれど。
縮こまったイーブイのような姿は愛らしいが、それが自分に対してだと思うとやっぱり気に食わない。おれに見せてくれるのならばもっとこう――上目遣いに見上げる姿とか、癒されるような笑顔が見たい。

仕方ない。ここは実力行使といかせてもらおう。ゆらりと動いた自分にチクマは逃げようとするが、そうはいかない。その前に彼女の身体に覆い被さる。彼女の手を両手で抑え、足を絡ませる。少しだけ体重をかければ、チクマはあっという間に檻の中。

「逃げないで、教えてくれ」

ダメ押しとばかりに耳元で囁やくと、彼女はようやく観念したのか震えた声を絞り出した。

「…………くて、」 
「ん?」
「かっこよくて困ったんです!! ワタルさんを直視できなくなったんです!!」
「………………は?」

堰を切ったかのように喋りだす彼女曰く、今日おれがホウエンのチャンピオンと話してる姿を目撃したとのこと。そのとき、並んでいたおれと彼の体格差があまりにも異なっていて、とても動揺したとのこと。そのほかいろいろと連ねているが、そのうち同じことを繰り返すだけになっていった。ああ、なるほど。混乱しているのか。

「今までも体格いいなとは思っていたんですけど、ダイゴさんが比較的華奢な方だから余計にその……」
「?」
「かっこいいな……って思って……」
「え」

今、なんて言った?
チクマは真っ赤にした顔を必死に反らして「見ないでくださいぃ……」と涙声で懇願してくる。そんな恋人の姿に加虐心が疼かないわけがなかった。
つまりこの子はおれとダイゴくんの体格差を見て、おれのほうに「男」を感じたということだろう? そんなの、たまらないじゃないか。
わきあがる欲を必死に抑えながら、羞恥で震える彼女にわざとらしく身体を寄せる。体温が触れた瞬間、チクマの口から小さな悲鳴が漏れた。

「へえ、知らなかった。きみはおれの身体が好きなんだな」
「ひぃっ」
「だったら、存分に触ってくれ。きみにはその権利があるだろ?」
「む、無理です」
「どうして? 大歓迎だというのに」

そう言ってさらに身体を密着させる。もうお互いに間に空間は無い。おれが彼女のやわらかさを感じているということは、逆も然りだろう。現にか細い声で「勘弁してください」と泣いている。

どうしようかなぁ、と口ではからかいながらも、身を起こすと彼女はわかりやすくほっとした表情を浮かべる。彼女は気づいていないのだろうか。おれは一言も「やめる」なんて言っていないことに。

なにせ、今日は最初からチクマとの時間をたっぷりと取るつもりだった。出だしこそ挫かれたが、まだ取り返せる。なにより、おれが我慢できない。これ以上はベッドに移動させてもらおうか。

気を緩めて油断した彼女にひょいと持ち上げる。「へ」と声があがり、自分がおれの腕の中にいることに気づき――そしてどこへ向かうのかを察したのか「ワタルさん!」と悲鳴をあげた。しかしおれはそれを無視して、寝室へ向かう。

それにやだやだと言いながらも、彼女も自分と同じように欲に飢えた熱っぽい表情をしている。これから行う行為に対して満更でもないことが伺えた。もしかしたら、おれの身体を見たいとずっと思っていたのかもしれない……これはさすがに都合がよすぎるか。

さて、数時間とはいえ、距離を置かれたのはなかなかに堪えたのだから、その埋め合わせをしてもらわないと。もちろん、身体で。



ご勘弁を!
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