「·····っ」
首筋を噛まれ、立香は小さく鳴いた。
軽く歯を立てるだけとは言え鋭く尖ったそれは皮膚を突き破りそうだ、ヒヤヒヤする。
再臨し霊基も装いも新たにした道満に対して、獣っぽいねとは言ったことある。散り乱した髪に、輝きを増した眼光、並大抵の武者にも引けを取らない肉体を曝け出した姿を見た率直な感想だった。当の本人は意味ありげに笑うばかりだったが、実際のところ事実であると思い知らされた。
「マスター。そろそろ一休みしても宜しいのでは?お体に障りますし、拙僧は寂しゅうございます」
「もうちょい待って!」
先日から特異点での出来事を報告書に記していた。急ぎではないもののさっさと済ませたく、ずっと机に向かいっぱなしだった。もうちょっと待って。もうちょっと待ってと繰り返す立香に痺れを切らしたらしい道満は、
「マスターが拙僧を構ってくださらんのが悪いんです」
と言い放つとその巨体で組み敷くと、唐突に首筋に歯を立て甘噛みをし始めたのだった。制止するも駄目ですと突っぱねられ聞き入れて貰えないし、無理やり抜け出そうにも道満の腕から逃れるのは不可能に近い。
まあ息抜き(なのかは怪しいところだが)にいいかと報告書を諦め、甘んじて受け入れていることにしたが、やはり噛まれる度に肝が冷える。
ふと視界に道満の白い髪が入る。前々から気になっていた、量感を増した髪に気を紛らわすように指を通して梳く。予想通りふわふわとした感触で、毛髪というよりどことなく毛皮のような触り心地だ。
(フォウくん触ってるみたい)
求めていた触れ合いに気を良くしたのか道満が擦り寄り、言葉に出さずともさらに欲求をしているのが分かる。このまま甘えた猫のようにゴロゴロと喉を鳴らしそうな勢いだ。
そんな緩んだ様を見て緊張の糸が解れる。
悪逆非道を尽くした男を召喚し、外道で鳴らしていた異星の使徒がこのような素振りを見せるなど、少し前の自分に伝えたところで信じはしないだろう。今だってたまにこれは全て夢なのでは無いのかとすら錯覚する時はある。
ぼんやりと道満の髪で遊んでいると不意に鋭い痛みが立香を襲い意識を引き戻す。
「いった!?」
「ンン、失礼。昂ってしまったが故、加減を間違えてしまいまして」
離れた道満の口元が紅をさしたように赤い。首はじくじくと痛むし噛まれて出血したのだとすぐに理解した。
「どこにそんな昂る要素があったの!」
「マスターが構ってくださることが嬉しくて嬉しくてつい·····」
詫びれる様子など微塵もなく恍惚とした表情をうかべる道満に立香はげんなりとした。「もういいでしょ」立香は道満を押し退けようとする。
「ああお待ちくだされ!お詫びとして拙僧が治療して差し上げる!」
「自分で治すからいい、ひぃ!?」
ねっとりとした温かい物が傷口を濡らす。
治療するってそれかい、舐めるんかい。
擽ったさに近い感覚と傷口をした先で弄られる痛みが合わさる。時折何を考えているのか、患部に舌先を突っ込んできてすらいる。それがなかなかに痛くて、苦痛に悶える。
「マスター、そうも良い顔を為されると抑えが効きませぬ」
ああ、獣がこっちを見ている。
黒曜石の如く黒い瞳を輝かせながら、妖しく嗤いながら。
「お付き合いくださいねマスター?」
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